第五章 藁(二)文冴クラウド
土曜の昼に、日間ランキングから『文冴クラウドをふた月使った』を開いた。商業作家が書いていた。瀬名彰久の話題を扱うエッセイは、上位から減っていた。
書き出しはこの春の判決の話だった。判決のあと、生成AIを使わないとうたう執筆サービスがいくつも出たらしい。文冴クラウドはその中でいちばん人気なのだという。中身は改稿の話で、直したい原稿とどう直したいかの指定を入れると、直した出力が返ってくる。出力には自分で手を入れる必要があるが、それでも締め切り直前には助かったと書いてあった。
公式のサイトを見に行った。一番上に、生成AIのサービスではありません、とある。説明のページも判決に触れていた。判決で認められた生成のない工程と、同じ考え方で作られています、とある。料金のページに月額一万二千円とあって、そこで閉じた。いま使っている校正ソフトは、四千九百円でずっと使える。
週が明けても、第四話は止まったままだった。所感のメールを読み直して、数えてみた。今日までの日数と、締切までの日数。書けた量を考えると、この調子では間に合わない。それに、締切までにまた忙しい時期もある。
残業から帰った夜、文冴クラウドのサイトをもう一度開いた。締め切り直前には助かった、というあのエッセイの一行が、他人の事ではなくなっていた。締切までのひと月だけにしておけば、月額の一万二千円で済む。
申し込む前に、説明のページを読み直した。あの裁判で認められた工程と同じ考え方で作られているのなら、生成AIではない。そう納得して、申し込んだ。
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改稿中の『鍵のない棺』ではなく、書きかけの短編の一場面で試してみた。容疑者の姉が弟を庇って嘘をつく、姉は自分の嘘に気づいていない。手帳の書き付けを写して、姉が刑事に嘘をつく場面、と指定した。
少し待つと、結果が出力された。姉が刑事に嘘をつく場面が、ひと場面分できあがっている。読むと、姉の言い訳は自然だった。本人が嘘を本当だと思い込んでいる感じも、ちゃんと文章になっていた。付箋を貼ったまま、何か月も決められずにいたものだった。
この短編はいまは休止中で、時間ができたら再開するつもりでいる。出てきた文章は保存せずに閉じた。どういうものが返ってくるのかは、これでわかった。
翌日の夜からは、『鍵のない棺』の第四話の改稿に使った。話を読み込ませて、どの場面のあいだに何を足したいかの方針を入れる。返ってきた出力では、依頼人の家に置かれている品物が第五話の中身と食い違っていた。そこは自分で差し替えた。画面の出力を見ながら、言い回しを自分の好みに直して、原稿のファイルに打ち込んでいく。その夜のうちに、ひと場面を書き足し終えた。
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金曜の朝、手記の第九回が出た。
『第九回。お知らせが出てから、刊行が中止になるまでを書く。
書籍化のお知らせは、文なろの公式の一行だった。すぐ後に『あの書籍化、おかしくないですか』という題のエッセイが出た。一週間で、私は文なろのAI作家と呼ばれるようになった。編集部に電話をかける人がいることは、担当の編集者から聞いた。
ひと月ほどして、霜月書房に呼ばれた。会議室にいたのは編集長だった。刊行を見送りたい、いまの状況では出せない、という話だった。騒ぎが理由であることは、その言い方で分かった。生成AIを使ってないという話は、させてもらえなかった。
数日して書面が届いた。諸般の事情により、『椿の坂』の刊行を中止することといたしました。これまでのご協力に深く感謝申し上げます。何卒ご理解のほどお願い申し上げます。――それだけだった。書面に、理由と呼べることは書かれていなかった。
次回は、裁判を起こすまでを書く』
瀬名彰久の書籍化は、『椿の坂』を読んで夜を明かした編集長が決めて、同じ編集長が止めていた。
手記の感想欄は閉じられている。読んだ人の反応は、それぞれが書くエッセイの形で日間ランキングに上がってくる。いくつか開くと、編集長を責めるものと、中止は仕方なかったというものに割れていた。どちらも、暴露の週ほどは読まれていない。
机の端には、契約書がまだ置いてある。
『鍵のない棺』の第四話の改稿は、その週末のうちに終わった。




