第五章 藁(一)場面を足す
早坂からの所感のメールは、月曜の昼に来た。
第一話から第三話までは、方向はこのままでよいとあった。細かい指摘は別添にまとめられていた。数は多かったが、ほとんどは一行で直る種類だった。人物の呼び方の揺れ、日付の計算が合わない箇所、同じ言葉の近い繰り返し。私の原稿を、私より細かく読んでいる人がいる。
メールの最後が次の注文だった。第四話から第六話までで、締切は来月末。中盤は、主人公の遺品整理業者に来る依頼と依頼の間隔が空くのだという。あいだをつなぐ場面を足していただけると読みやすくなります、と一行あった。
別添の直しは週末にまとめてやると決めて、先に第四話に掛かった。
場面を足すのは、直したり厚くしたりするのとは別の種類の作業だった。第四話と第五話のあいだに、業者の日常の場面を書いてみて、読み返して、使うのをやめた。会話に出した遺品の話が、第五話で明かされる事実を匂わせてしまう。完結した話に新しい場面を足すと、あとの話の内容に影響する。何も起きない場面なら影響しないが、それでは足す意味がない。
月が変わって、会社は締めの週に入った。持ち帰った仕事のある夜は改稿まで手が回らず、ない夜も第四話は進まなかった。
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金曜の朝、通勤の電車で手記の第八回を開いた。
『第八回。書籍化の話が来た日から、契約までを書く。
打診は文なろのメッセージで来た。差出人は霜月書房の文芸編集部で、『椿の坂』を書籍にしたい、とあった。面談は霜月書房の会議室だった。担当の編集者の隣に編集長が座っていた。編集長は『椿の坂』を印刷して机に置いていた。最初に読んだ週は夜を明かした、この歳でそんな読み方をするとは思っていなかった、と言った。書籍化は編集長が決めた、とも聞いた。
契約の前に、私は使っているソフトウェアについての説明を申し出た。いつでも時間を取るとメールに書いた。返事には、生成AIを使っていないのであれば問題ありません、とあった。説明の場は設けられないまま、契約書に判を押した。
次回は、書籍化のお知らせが出てからのことを書く』
瀬名彰久の面談には編集長が出てきて、書籍化も編集長が決めていた。契約の前には、積字TRACERを見せると自分から申し出ている。執筆に使ったソフトを見る必要はない、と担当者が判断したのも無理はないと思った。まさか積字TRACERのようなものだとは想像できないだろう。
私のときは、面談は早坂と二人だった。同じ霜月書房でも、純文学の単行本とミステリの連作では違うのかもしれないし、一昨年と今とでも同じとは限らない。
会社は締めの時期で、帰りは遅かった。その夜も、第四話の改稿は進まなかった。寝る前に見た日間ランキングに、『文冴クラウドをふた月使った』という題のエッセイが上がっていた。何の話だろうと思ったまま、寝てしまった。




