第四章 白状(一)私用
第二話の改稿は、第一話の半分の速度も出なかった。
第一話は直す場所が多かった分、どこを足せばいいかもすぐに見えた。第二話はWeb版のままでも十分に読めてしまう。そのままで読める話は、どこを厚くするかを決めるのが難しい。依頼人の兄の出番を増やす案をいくつか書いてみて、結局、遺品が出てくる前に場面をひとつ足すことにした。決めるまでに二晩かかった。
会社の忙しい時期と締切の週が重なるのは最初から分かっていたので、まだ余裕のある来週の水曜に有休を入れた。執筆のために有休を使うのは初めてだ。申請の理由欄には私用と書いた。嘘ではない。
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金曜の朝、電車で文なろを開くと手記の第六回が出ていて、先週の第五回を読んでなかったことに気づいた。ましろさんのエッセイを見つけた週は、手記を開く気になれなかったからだ。第五回から読んだ。
『第五回。『椿の坂』をどう書いたかを書く。
まず下書きを準備する。下書きといっても、草稿未満の雑なものだ。誰が何をして、何を言うかを並べるだけで、最小限の労力しか必要としない。この下書きを積字TRACERに入れると、文ごとに候補が並び、いちばん上の候補が原稿の文になっていく。下書きの終わりまでそれが続いて、一つの話の原稿ができる。下書きの文字列が、そのまま原稿として出力されることはない。
途中で私が手を入れることはない。二番目の候補のほうがいい、とその場で私が決めると、なぜ二番目なのかが記録に残らないからだ。だから常にいちばん上の候補を採ると決めてある。
なぜこう作ったか。記憶から出てきた言葉は、なぜその言葉なのかを説明できない。生成AIの学習でも、人間の記憶でも同じだ。だが、積字TRACERの候補に並んだ言葉は、どこから来て、なぜその順に並んで、いつ原稿になったかを説明できる。『椿の坂』の本文に、私が直接入れた言葉は一つもない。
操作は全部記録してある。どの一文を指されても、その文になった理由を、文法ルールや統計で示すことができる。
次回は、積字TRACERをどう作ったかを書く。まだ書いていないことが一つある』
瀬名彰久のやり方は、下書きが原稿に入らないところが意外だった。下書きの文字列がそのまま原稿に出力されることはなく、原稿に並ぶのは積字TRACERが組み立て直した文になる。そして、全部が記録に残る。
私の改稿には記録がない。書いては消した跡はどこにも残っていないし、残す必要を考えたこともなかった。
予告された次回は、もう出ている。乗り換えまでの残りで開いた。
『第六回。積字TRACERをどう作ったかを書く。
積字TRACERを作る途中で、確かめなければならないことがあった。読み込ませた文章から、統計が正しく取れているかどうかだ。確かめるには、答えの分かっている文章が要る。言葉の傾向をわざと極端に偏らせた文章を読み込ませて、その偏りが統計に反映されるかを見るためだ。ただ、そういう文章は都合よく存在しないし、手で書いて用意できる量でもない。
だから、テストのための文章は生成AIに作らせた。傾向のはっきりした文章を、種類を変えて大量に出させて使った。
つまり、積字TRACERの開発には、生成AIの文章が使われている。
これが、まだ書いていなかった事実だ。これをどう考えるべきかは、次回書く』
弁明が書かれていなかった。理由も、これが何を意味するのかも書かれないまま、次回に回されている。読む側がいちばん続きを知りたくなる一文を最後に置いて、そこで切ってある。ミステリを書く人間には分かる。全体の構成を先に決めて書いている。
会社に着いて、仕事で夕方までが消えた。夜にエッセイの日間ランキングを開くと、もう始まっていた。『白状した』『第四回を信じた人へ』。上位の題名が半日で入れ替わっていく。
ましろさんの連載は、昨日も更新されていた。もう、次の感想は書けない。




