【6分】とても倫理的な戦争【ブラックユーモア】
戦争にはルールがある。
それは時代や地域によって違う。
人類は昔から『ただの殺し合い』にならないための作法を作り続けてきた。
例えば現代。
赤十字のマークを付けて奇襲するのは禁止。
降伏した兵士を撃つのも禁止。
捕虜を拷問することも、毒ガスを撒くことも制限されている。
理由は単純だ。
そうしないと、戦争が完全な地獄になるからである。
もし医師団を偽装に使えば、誰も医師団を信用しなくなる。
もし降伏しても殺されるなら、誰も降伏しない。
もし捕虜を虐待すれば、相手も同じことを返してくる。
だから人類は、殺し合いの最中ですら『最低限の秩序』を維持しようとしてきた。
もっと昔になると、さらに奇妙だ。
「やあやあ我こそは!」と名乗ってから斬り合った時代もある。
名乗りなんかせずに、後ろから忍び寄って斬ったほうが、どう考えてもラクに敵武将を倒せるのに。
敵に塩を送った武将。
決闘前に礼をする騎士。
本質は暴力なのに、人間はそこへ妙な礼儀を混ぜたがる。
ある学者はこう言った。
『人類は、暴力を完全に正当化できない。だから作法で包む』
別の学者はこう反論した。
『逆だ。作法があるから、人は安心して暴力を続けられる』
どちらが正しいのかは分からない。
ただ一つ確かなのは───人類は、戦争を"文明的"にしようとしてきた、ということだ。
そして二十一世紀末。
その努力は、ついに極限へ到達した。
第三次停戦協定から十五年後。
世界最大軍事機構・国際戦争倫理機構(IWEO)は、新たな指標を導入した。
まず毒ガスや核兵器など“国際的に不快感の強い兵器”を明確に禁止とした。
一方で通常爆撃・焼夷弾・貫通弾などは『倫理的使用が可能』として認可された。
そして戦争倫理スコア制度を導入。
各国の軍隊を、
・捕虜待遇
・民間人被害率
・礼節遵守
・降伏受理率
・遺体返還率
・非暴言指数
などで採点するシステムだった。
スコアが高い国は、
国際市場で優遇され、低い国は制裁。
世界は歓喜した。
『ついに戦争も文明化される』
『野蛮な時代は終わった』
『これからはクリーンな戦争の時代だ』
だが数年後。
人類は気付き始める。
どうやら我々は、
"戦争をやめる方法"ではなく、
"感じの良い戦争のやり方"を進化させてしまったらしい、と。
開戦は、かつてより遥かに丁寧になった。
国際法により、先制攻撃を行う国家は、攻撃三時間前までに『開戦理由説明配信』を行わなければならない。
各国首脳は高解像度カメラの前で、穏やかな表情を作る。
『このたびは誠に遺憾ながら、貴国への限定的軍事行動を実施させていただきます』
『民間人への被害を最小限に抑えるべく努力いたします』
『今後とも建設的な敵対関係を築ければ幸いです』
コメント欄には国際評価AIによる礼節スコアが表示される。
《謝罪誠意:A+》
《威圧性:低》
《感情制御:良好》
戦争は以前より、ずっと感じが良くなっていた。
ミサイルにもマナー機能が搭載された。
着弾三十秒前。
対象地域の全端末へ通知。
《いつも大変お世話になっております》
《間もなく貴地域へ精密攻撃を実施いたします》
《安全確保のほどよろしくお願い申し上げます》
さらに十五秒前。
《攻撃理由アンケートはこちら》
《皆様のご意見を今後の軍事品質向上へ役立てます》
地下シェルターで泣きながら、人々は評価ボタンを押す。
【攻撃警告は十分でしたか?】
★★★★★
【不快な表現はありませんでしたか?】
★★★★★
【次回も当国の攻撃をご利用されますか?】
★☆☆☆☆
兵士たちも礼儀正しかった。
無線が飛ぶ。
『そちらの狙撃、大変失礼いたしました』
『いえ、お気になさらず。こちらも先ほど貴官の部隊へ砲撃しておりますので』
『恐れ入ります』
ドローンが上空を横切る。
『これより貴陣地へ焼夷弾を投下いたします』
『ご丁寧にありがとうございます』
『なお、本攻撃は国際倫理基準適合済みですのでご安心ください』
『承知いたしました』
数秒後、陣地が燃え上がった。
捕虜収容所は、ホテルのようになった。
清潔なベッド。
栄養管理された食事。
週一回の心理ケア。
そして毎月実施される捕虜満足度アンケート。
【尋問時の威圧感はいかがでしたか?】
非常に満足
やや満足
普通
やや不満
非常に不満
【暴行・侮辱行為は適切に配慮されていましたか?】
【また捕虜になりたいと思いますか?】
収容兵たちは乾いた笑いを漏らしながら記入した。
不満評価が増えると、国際戦争倫理機構から指導が入る。
逆に高評価なら、
"人道的交戦国家"として表彰される。
戦死通知も進化した。
遺族へは、感情ケアAIが自動生成した謝罪文が届く。
《このたびは、貴重なご家族を適切に殺害してしまいましたこと、深くお詫び申し上げます》
《故人は国際基準に準拠した極めて倫理的な爆撃により死亡されました》
《苦痛指数は平均値を下回っております》
《今後とも戦争品質向上へ努めて参ります》
通知文の最後には、必ずこう書かれていた。
《本戦死対応について、五段階評価へのご協力をお願いいたします》
もちろん、最初から全員がこの世界を笑って受け入れていたわけではない。
『狂ってる』
『言葉遣いだけ綺麗にして何になる』
『感じ良く殺してるだけだろ』
そう批判する声もあった。
だが国際世論は概ね好意的だった。
なにしろ数字が改善していたのである。
戦争倫理スコア導入以前と比べ、
・捕虜虐待 六十二%減少
・降伏兵殺害 七十四%減少
・民間人巻き込み率 三十一%減少
・兵士による暴言 九十一%減少
ニュース番組は専門家を呼び、誇らしげに語った。
「人類はついに、暴力を文明化し始めたのです」
キャスターが頷く。
「昔の戦争映像は本当に酷いですからね。怒号、憎悪、差別表現……」
「現代兵士は非常に理性的です。相手国への敬意教育も徹底されています」
画面には最前線の映像。
若い兵士同士が、無線を通して頭を下げあっている。
『本日は攻撃いただき、誠にありがとうございました』
『こちらこそ、迅速な反撃に感謝申し上げます』
その直後、片方の兵士の頭が吹き飛んだ。
静まり返るスタジオ。
だが数秒後、キャスターは穏やかな笑顔へ戻った。
「……失礼しました。センシティブ映像フィルターが遅延したようです」
前線では、敵軍との定時砲撃が定着していた。
毎日同じ時刻。
事前通知済み。
双方とも了承済み。
『本日も定刻通り砲撃を開始いたします』
『いつも円滑な敵対関係に感謝いたします』
砲声。
土煙。
悲鳴。
肉片。
十五分後。
雨の中に、さっきまで手を振っていた通信兵の腕だけが落ちていた。
『本日も滞りなく完了いたしました』
『ありがとうございました。また明日』
数週間後。
国際戦争倫理機構は、歴史的快挙を発表した。
《世界戦争倫理指数、過去最高を記録》
会見場は拍手に包まれた。
司会者が誇らしげに読み上げる。
「今年度は、暴言を伴う殺害が前年比九十八%減少しました」
「素晴らしい!」
「また、"感情的憎悪に基づく攻撃"も大幅減少しております」
「人類は成熟しましたね」
大型モニターにはグラフ。
右肩上がりの倫理スコア。
右肩上がりの戦死者数。
誰も戦死者には触れなかった。
翌年。
国際戦争倫理機構は二度目の歴史的快挙を発表した。
《戦争倫理指数、二年連続で過去最高を更新》
同年の世界戦死者数:四百二十万人。
前年比:十七%増。
会見場のスクリーンには笑顔のマスコットキャラクターが映っていた。
《これからも、快適な戦争体験を!》




