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【9分】人生終わってたので神社で五円払ったら変なラブコメが始まったんだが【コメディ寄り】



 四月某日、午後十一時四十分。


 多部倫昭は、コンビニで買った百二十八円のおにぎりを片手に、自分の人生について考えていた。

 正確には、自分の人生がかなり終わっている件についてである。


 二十九歳。

 彼女いない歴二十九年。


 勤務先は社員を雑巾より雑に扱うことで有名な中小企業。

 残業代は先月から怪しくなり、今月は給料そのものが危うい。


 口座残高は七千四百二十六円。


 アパートの家賃は二か月滞納。

 スマホ料金は明日停止予定。


 冷蔵庫には賞味期限切れのマヨネーズと、二年前から居座る梅干しが一粒だけ。


 友人はいない。

 家族とも疎遠。

 部屋は汚い。


 さらに先ほど、初恋相手の結婚報告をSNSで見た。


『学生時代から付き合っていた彼と結婚しました(ハート)』


 最後のハートマークが妙に腹立たしかった。


(……人生って、こういうものなんだな)


 深夜のコンビニ前で、おにぎり片手に小声でブツブツ呟く男。


 近寄りたくない人種ランキング上位である。


 通行人が少し距離を取った。

 当然だ。


「はぁ……」


 倫昭はため息をつき、そのまま歩き出す。

 気づけば小さな神社の前に立っていた。


 恋愛成就で有名らしい。

 最も縁のない場所だ。


 だが、もはやどうでもいい。

 なんでもいいから福が欲しい。

 ワラにもすがる思いで神社に立ち寄る。


 財布には十三円。

 そのうち五円を投入する。かなりの大勝負である。


 鈴を鳴らし、手を合わせる。


「神様」


 切実に願う。


「もう何でもいいので……人生に何か良いイベントをください」


 沈黙。


「このままだと、本当に何もないまま終わりそうなので」

「承りました」

「うわっ!?」


 真横から声がした。

 いつの間にか白装束の女性が立っている。


「だ、誰?」

「当神社担当の者です」


 妙に整った顔立ち。

 神々しいのに、口調だけは役所の窓口である。


「神様って担当制なんですか」

「ご要望に応じ、人生イベントを増量いたします」

「イベントって?」

「当神社は恋愛成就が得意なので、御利益も『ラブコメの加護』となっております」

「いえあの、そんなものよりご飯を───」

「人生のピンチに陥るほど、ラブコメイベント発生率が上昇します」

「話聞いてた?」

「なお、イベントは原則回避不可です」

「不可避って……」


 嫌な予感しかしない。


「では、よきラブコメライフを」

「待って───」


 消えた。


「……」


 倫昭はしばらく固まった。


「……疲れてるんだな」


 そう結論づけて帰宅した。




 翌朝。

 寝坊してしまう。


(終わった!!)


 慌てて飛び起きる。

 駅までダッシュの曲がり角。


「きゃっ!」

「うわっ!」


 誰かと激突した。

 しかも相手はパンをくわえていた。


「……なんなんだ!?」


 学生ではないが、若いOL風の女性だった。

 なかなかの美人。


 だが問題はそこではない。


 本当にパンをくわえていた。


「す、すみません!」


 女性は顔を真っ赤にして走り去った。

 食パンを落として。


「……もしかして昨日のやつ、夢じゃないのか!?」


 倫昭は嫌な予感がした。




 会社ではさらに悪化した。


「悪いけど今月も厳しいから」

「何がですか」

「給料」


 上司がこともなげに言う。


「未払いは犯罪では?」

「ははは」


 上司は笑ってごまかした。


(笑ってごまかすような問題かっての)




 昼休み。

 席でグダーっとしていると声をかけられた。


「あの、大丈夫ですか?」


 総務の後輩、真琴である。

 席が遠いので、あまり喋ったことのない後輩。


「顔色悪いですよ」

「人生が終わりかけてるので」

「これ、よかったら食べてもらえませんか?」


 差し出されたのは弁当。


「作りすぎたので」


 なぜ作りすぎになったのか?

 それはあえて気にしない。

 とにかく腹が減ってるのだ。


「ありがたく頂くよ」


 弁当を受け取ると、真琴はニッコリ微笑んだ。




 夜、ようやく仕事が終わり、帰る準備をする。

 駅まで歩く前に、転職面接の応募メールを送ろうとスマホを出した瞬間、雨が降ってきた。

 突然の豪雨。


(嘘だろ)


 しかも傘なし。


「入りますか?」


 横を見ると真琴がいた。

 相合傘イベントである。


「いや、今ちょっと取り込み中───」

「───どうぞ」


 傘をグイと差しだしてくる。

 有無を言わせない圧のようなものを感じる。


 よくわからないが断れない。

 その結果、応募締切に一分遅れた。


「……」


 倫昭は空を見上げた。




 三日後。

 滞納の件でアパートの管理会社から最後通告。


 こんな時に風邪をひいてしまった。

 高熱で苦しい。


 部屋で倒れていたら隣人が乱入してきた。


 可愛い感じの女性である。

 名前を由美と名乗った。

 見たことはあるが話したことはない。


「あの、大丈夫ですか?」

「な、なに!? いきなり入ってきて!?」

「すみません。鍵開いてたので」

「そんなはずはないが……」


 だいたい、鍵が開いてるからといって、普通入ってくるだろうか?


「風邪ですか?」

「まあ……」

「それは大変ですね。おかゆ作ります。私、得意なんですよ」


(昨日からイベント雑すぎないか? なんだこのご都合主義は)


 十数分後。

 おかゆが出来あがる。


「おかゆ作りました。体だけ起こしてください。私が食べさせるので。はい、あーん」

「………」


 抵抗する倫昭。

 しかし由美が全くひるまず追撃する。


「あーん」


 これ以上の抵抗は無駄と思った倫昭は『あーん』攻撃に屈した。


「美味しいですか?」

「はあ……ありがとうございます……」


 助かっている。

 だが、このイベント雑さはホントなんなんだろうか?


(ベタな展開すぎるだろうよ……)




 一週間後。

 倫昭は転職活動を始めた。


 昼休みに真琴が言う。


「知り合いの会社、人探してます」

「早っ! 俺、君に転職のこと言ったっけ?!」




 よくわからないまま紹介された会社の面接へ向かう。

 途中で転びそうになった女性を抱きかかえて助けるイベントが発生。


「ありがとうございます! 今急いでるので!!」


 女性はそのまま走って行った。

 遅刻しかけたが、女性が偶然その会社の人事担当者だった。


「先ほどはありがとうございました!」


 当たり前のように好印象。

 おそらく、採用されるのだろう。


(助かることは助かるが、ベタな展開をやらないと死ぬ病気なのか?)




 転職初日。


「本日から配属されました多部倫昭です。よろしくお願いします」


 頭を下げて挨拶をする。

 しかし、顔を上げた瞬間、妙な声が飛んできた。


「あっ! あなたはあの時の!」


 そう叫んだ女性に見覚えはない。

 だが、すぐに思い出す。

 思い出されてしまったのだ。


 彼女はいつか、パンをくわえてぶつかった女性だった。

 関係ない社員が口々に言う。


「運命の再会?」

「やーん、ドラマチック!」

「朝からパンくわえて出会うとは、恋愛待ったなしだな」


(誰がそこまで説明したよ!? なんか怖いぞ)


 倫昭の心情をよそに社員たちは勝手に盛り上がった。


「君は桜庭クンの知り合いなのかい?」

「知り合いというかなんというか……」

「二人が知り合いなら、席も隣がよかろう。仕事は彼女に教えてもらうといい」


 先生役と思われる社長が妙な気を利かせ、その女性の隣の席に配属となった。


「こんな偶然あるんですね。私は桜庭美玖といいます。今日からよろしくお願いします」


(なんだこの会社……。んで、いつまで続くんだこれ……)




 だが、ここで倫昭はあることに気づいた。


(……もしかしてこれ、他人にも使えるのでは?)


 自分はかなり困惑している。

 わざわざベタ展開をしなければならない煩わしさがあるからだ。

 だがその一方で、人生が改善されてるのも事実だ。


 ───ならば

 他人に適用したらどうなるのか?




 最初の被験者は、失恋して落ち込む同僚だった。


「最近つらそうですね」

「え?」

「五円あります?」

「あるけどなに? 怖いよ。催眠術?」


 適当にごまかし言い包めて、神社へ連行。




 その翌日。


「聞いてくれ!」


 同僚は興奮していた。


「曲がり角でぶつかった相手と連絡先交換した!」


(早っ! 雑っ!)


 倫昭は心の中で突っ込んだ。


 どうやら効果あったようだ。

 雑なところもそっくり。




 二人目。


 友人の弟の大学生。

 なんでも就活に苦戦で全滅中らしい。


 さっそく神社へ案内。


 数日後。


「面接官の娘さんと偶然仲良くなって、紹介で内定出ました!」

「採用経路おかしくない?」


 また効いた。

 雑さもレベルアップしてる気がする。




 三人目。


 ひいきにしてた定食屋の店主。

 閉店するという話を聞いてしまったのだ。


「なぜ店を閉めるんですか?」

「単純だよ。客が来なくて。常連なのはあなたぐらいのもんだよ……」


 寂しいことを言う。


(悪気はないのだろうが、言われたこちらも凹むぞ、それは)


「五円あります?」




 数日後。


「昔、家を出てった娘が戻ってきて、看板娘として店を手伝い始めて客が増えた! しかも友達まで連れてきてくれて店を手伝ってくれるんだ!」


 また効果あり。

 このシステムって、雑にしないと気が済まない病なのか?




 ラブコメの加護。


 雑だが効く。

 かなり雑だが、効く。


 倫昭は半ば確信していた。


(人生問題のほとんどをラブコメで何とか出来るのでは?)


「出来ません」


 横から声。

 心を読まれたのだろうか。


 白装束の女性が立っている。


「なんでダメなの? どんな問題もラブコメで解決できるんじゃない?」

「無理です。重い問題は制度改革や法的手続きが必要です」

「そこだけ急にまともなのかよ」




 その夜。

 妹から電話が来た。

 珍しい。


「どうした?」

『べ、別にお兄ちゃんを心配して電話したわけじゃないんだからね!』

「なんで急にテンプレみたいな話し方なの?」

『ちゃんとご飯食べてる? 作りに行こうか?』


 いつもは俺が話しかけるとイヤそうな顔をするクセに、急になんなんだろうか。


(お前誰だ? ホントに妹か?)




 翌日。


 母から荷物が届いた。

 中身は栄養ドリンクと恋愛運アップのお守りだった。

 メモつき。


<最近モテ期らしいじゃない。ついに主人公補正が入ったのね>


(母親から『主人公補正』という言葉を聞く日が来るとは思わなかった……)


 さらに祖母からは、見合い写真が大量送付された。

 またメモがついている。


<若いうちは選り好みできるよ>


(こんな大量の見合い、無理だろ)


 倫昭は青ざめた。


(影響範囲広くない? 家族までラブコメ界の住人みたいになってるんだが?)


「人生改善には周辺環境の最適化も必要です」

「うわあ!?」


 また神様がいた。

 いつもいきなり現れる。

 倫昭が神様に言う。


「最適化の定義がおかしいだろ」

「何もおかしくありません。むしろこれが常識まであります」


(意味がわからん……)


「ベタな展開には長年培われた信頼性があります」

「……そんな実績ベースで語るな」


 倫昭が更に問う。


「展開が古いのはなんなん?」

「ラブコメの加護は現在昭和版だからです」

「令和版にしろよ」

「予算がおりませんでした」

「……なんかもう、突っ込んだら負けのような気がしてきたわ」




 数日後。


 神社の前に、新たな相談者がいた。


「人生終わってるんです……」


 暗い顔の青年だった。

 かつての自分そっくりだった。


 倫昭は少し考えた。

 ため息をつく。


「……財布に五円あります?」

「え?」

「いいから。たぶん効く」


 青年は戸惑いながら頷いた。


 倫昭が神社を見上げる。

 人生は確かに改善した。


 方法論がだいぶ狂っているだけで。

 その代償として、世界中の雑さを集めたようなラブコメに巻き込まれ続けている。




 スマホが震える。

 真琴からメッセージ。


『お弁当作りすぎました』


 桜庭美玖から。


『今度パンのお詫びしたいです!』


 隣人の由美から。


『カレー作りすぎました』


(作りすぎが多いな……)


 倫昭がまた神社を通りがかる。


 人生が助かるのはありがたい。

 だが、いちいちベタなラブコメ展開やらないと気が済まないのだろうか。

 あと雑すぎるのも、なんとかしろ。


 鈴の音が鳴る。

 たぶん、あの神様が今もまた何かしてるのだろう。

 とびっきり雑な何かを。

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