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【8分】エロ妄想に御用心【ラブコメ】



 どこにでもある高校に通う私、小坂菜々美は一応テレパスである。

 半径百メートルぐらいの思考がランダムに、勝手に流れ込んでくるのだ。


 気合を入れれば遮断もできるけど疲れるので、普段は半分くらい垂れ流し状態だ。

 たぶん修行不足なんだと思う。


 他人の思考が読めると便利?

 まあ便利な場面もあるけどね、ランダムで流れ込んでくる思考は困ったものが多い。


{腹減った}

{今日の小テスト無理}

{昨日の動画おもろかった}


 こういう雑音ならまだいい。


 困るのはエロい妄想だ。

 男子はたいてい、クラスの可愛い子を使ってエロい妄想をしている。


 クラスに可愛い子は三人ほどいて、たいてい妄想の常連となる。

 つまりその三人が男子には人気あるということ。


 男子に人気がある女子に対して嫉妬をする人もいるが、私は嫉妬より可哀想という感想のほうが強かった。

 いつも男子に変な妄想されて気の毒だなあ……と。




 ……………そう思ってた時期が私にもありました。


 いやね、最近ちょっと困ったことになってるんだ。


(ちょ、また!?)

(だから)

(なんで)

(私なのよ!?)


 また来た。

 男子のエロ妄想。


 男子のエロ妄想は人気女子の三人が多く、たまに他の女子になることもあるが───最近、私が登場するようになったのだ。


(うげー! キモイ!)


 最初は知らない学校のブレザー制服姿という妄想だった。

 しかし問題なのは、その制服が少しずつ薄着になってることだ。

 冬の制服姿から夏の制服姿に変わり、次は体操着で、今日は水着姿になってる。


(おいやめろバカ!)

(私でエロい妄想すんな!)

(毎日少しずつ薄着にしてんじゃねえ!!)




 そして私は決めた。

 絶対にこの、エロテロリストの犯人を見つけてやると。


 これ以上妄想を許すわけにはいかない。


(もう許さん。犯人、絶対特定してやるからな!)


 家に帰って、ノートに書く。


『私に対する妄想エロテロリストのリスト』


(……字面が最悪だなこれ。早口言葉かよ)




 翌日、さっそく犯人捜しを始める。


 他人の思考はランダムで入ってくるが、私は一人の人間に集中すればピンポイントで思考が見えるのだ。

 あまり他人の頭の中など見たいとも思わないので、普段はほとんどやらないが、犯人を見つけるまではやることにする。


 怪しそうな男子を順番に調べてみる。


{唐揚げにレモンを勝手にかけたら懲役十年ぐらいはほしい}


(いや、重すぎだろ)


{救急車のサイレン音ってうるさいよな。代わりに『蛍の光』でも流せばいいのに}


(そんな救急車はイヤだ)


{電車は、ドアが閉まります→閉まりますよ→閉まるって言ってんだろ!→もう知らん、挟まれても閉めるしそのまま出発する、という段階式の機械音声にしたほうがいいと思う}


(良くねええ!)


{この間行ったバーガー屋の店長らしき人が、双子レベルでカーネルサンダースにそっくりだったのはわざとなんだろうか?}


(それは偶然でしょ───ってか、よく雇われたな!)




「ふぅー」


 私はため息をついた。


 他にも{消しゴムって最後どうやって使い切るんだろ?}とか{条件は揃った。領域展開……!}とか、あとは{眠い}とか{ダルい}とか、よくあるくだらない思考がたくさん。


 なかなか犯人が見つからない。

 というか気づいた。


 そもそも男子高生といえども二十四時間エロ妄想してるわけじゃないんだから、ピンポイントで思考を覗いても犯人が見つかる確率は低いじゃん!───って。


 ……うん、まあ、思いっきり無駄な時間を過ごした気がする。


 なんだよ{領域展開}って。

 お前は何と戦ってるんだと、小一時間問い詰めたい。




 この日は私へのエロ妄想はなかったが、またいつ来るかわからない。


(どうやって犯人見つけようかな……)


 帰り道、悩みながら駅ビルの中を歩いてると、衝撃的なものを見つけた。


 駅ビル内にある本屋。

 その雑誌コーナーに置いてある青年漫画誌。

 その青年漫画誌の表紙の、グラビアアイドルが着ていたブレザー制服。


 そのブレザー制服が、私へのエロ妄想に出てきた制服と同じだったのだ。


(どういうこと!?)


 気になって雑誌を買って、駅ビルにありがちな適当な椅子に座って雑誌を読んでみる。


 私へのエロ妄想と、グラビアページの内容がほぼ同じ。

 ブレザー制服はもちろん、ご丁寧に体操着や水着のデザインまで瓜二つ。


 違うのは、妄想内で顔だけ私に差し替えられたこと。


(これだ)


 同じ衣装。

 同じ構図。

 同じポーズ。

 同じ順番。


 違うのは、顔だけ。


 つまり、あの妄想は“オリジナル”じゃない。

 この雑誌のグラビアを、そのまま頭の中で再生してるだけだ。


(ってことは───)


 犯人を見つける方法を思いつき、私はゆっくりと顔を上げた。


(妄想のトリガーを引けばいいんだ!)




 翌日、昼休み。

 私は例の雑誌を机に広げた。


 よりによって教室で。


「小坂、なにそれ?」

「何読んでんのアンタ」


 友達から即ツッコミが飛んできた。


「マンガ雑誌だよ。電車の網棚にあったから持ってきた」


 休み時間に青年漫画誌を読んでる女子高生など滅多にいないので、適当に嘘をつく。


「普通、持って帰るかねえ?」


 ごもっともなツッコミありがとう。


「このマンガ面白いよ。読みたいなら後で貸すよ」

「いや、いいわ」


 視線を本に戻し、読書に集中したいというのを暗に示すと、友達は離れていった。


 さて、ここからが本番だ。

 私は例のグラビアページを開いた。


 ページを開いたまま、さりげなく角度を調整する。

 周りから見えるように。


(さあ来い)


 近くの男子に意識を向ける。


{購買にテスト対策用のコロコロ鉛筆が売ってたら俺は買う}


(買うな)


{この席、狙撃されにくいな}


(されろ。いっそ狙撃されてしまえ)


{酢豚にパインは無期懲役でいいよね}


(良いわけないだろ。ってかお前、昨日は唐揚げで今日は酢豚かい)


{この消しゴム、最後どうやって使い切るんだろ}


(お前は他に考えることないのか!)


{あれ? 小坂さんが読んでる本って……}


(お! コイツか!?)


 その瞬間、頭の中に水着姿でポーズをとってる私の映像が流れ込んできた。


(来た!?)

(犯人の目星はついた。でも───)

(ここからどうする?)

(どうしたら?)


 私でエロ妄想してた男子は早見という、美術部のクラスメイトだった。


(うーん。しかし、早見君か……)


 胸の中に複雑な思いがよぎる。

 なぜなら早見君は女子の間で秘かに人気のある、文系のイケメンだったからだ。


 かくいう私も彼のことは嫌いじゃないというか、もし彼氏ならけっこう嬉しいかも、という感じで見てる。




 私は雑誌を閉じた。


(いやいやいや、落ち着け私)

(相手が誰であれ、エロ妄想はエロ妄想だし? 普通にアウトだし?)

(……でも、早見君か)


 思考がぐるぐるする。

 さっきまでの『絶対許さん!』とか『妄想エロテロリストは死すべし!』が、微妙に勢いを失っているのが自分でもわかる。


(……いや、だからダメだって。そこはブレるな)

(もう妄想しないよう、うまく誘導する。うん)




 放課後。

 私は美術室の前に立っていた。


(来ちゃったよ)


 中からは、かすかに鉛筆の音がする。

 コンコンと軽くノック。


 ドアを開けると早見君がいた。

 イーゼルの前で何かを描いている。


(うわ、絵になるな……じゃなくて)


「ちょっといい?」

「小坂さん? なに?」


 顔を上げる。

 相変わらず整ってる顔だ。

 なんか腹立つ。


 私は彼に意識を集中させた。

 思考がクリアになる。


{今の光の入り方、いいな}

{影はもう少し柔らかく……}


(………あれ? これは……うん、美術へ魂を捧げるような、超ガチモードだわこれ)


 完全に美術のことしか頭にない感じ。

 あのとき教室で感じたような“濁り”がない。

 むしろ、すごく綺麗な思考。


「早見君って、絵を描くとき雑誌を参考にしたりする?」

「する時もあるよ」


 あっさり認めた。


(やっぱりか)


 なんであのグラビアなのか。

 なんで顔が私なのか。


 でも───


(……待てよ)


 私はふと気づく。

 さっきの思考。


 あれは“エロ”じゃなかった。

 完全に“デッサン”だった。


(え、じゃあ何)

(あの妄想、ただの練習?)

(美術的な意味の?)

(……それはそれで)

(ちょっと、いや、だいぶ……)

(ガッカリするんだけど)


「小坂さん、美術部に興味があるの?」

「ええっと……」


 本音を言えば無いけど、そうは言いにくい。


「無きにしもあらずというか、まだわかんない」

「そっか。入りたくなったらいつでも歓迎だよ。見学もOKだし」


 早見君は笑顔で言った。


(うぐぐ……)

(そんな笑顔で言われたら、美術に興味なくても入ってしまいそうになるじゃんか)


 その時だった。


{昨日の構図、もう一回やるか}


 ふいに、あのイメージが立ち上がる。


 同じ流れ。

 同じポーズ。


 でも今回は、線と形だけをなぞるような、冷静な再生。

 顔もグラビアアイドルになってる。


(あ、やっぱりデッサンだこれ)


 私は肩を落とし俯いた。

 彼の顔がまともに見られない。


(なんだよ……)

(ただのデッサンの練習かよ……)


 その奥で、ふっと思考が揺れる。


{この顔だと、少し印象が弱い}

{やっぱり───}


 一瞬の間。


{───小坂さんの方が、自然だ}


 顔がまた私になる。


(……は?)


 私は顔を上げて彼を見た。

 早見君は何も言わず、普通に鉛筆を動かしている。


 でも頭の中では、はっきりと選んでいる。

 グラビアアイドルじゃなくて。

 私を。


(ちょっと待てよ)

(デッサンなら、そのままでいいじゃん)

(なんでわざわざ私の顔にするの?)


「……どうしたの?」


 私の様子が不審だったのか、早見君が不思議そうな視線を向けてきた。


「いや、別に。なんでもないよ」


 私は適当にごまかした。


(聞けばいいじゃん)

(ここ最近、早見君からの視線を感じることがあるんだ)

(もしかして私をモデルにしてない?)

(私をモデルに使ったことある? ってさ)


 でも───


(なんだろう……聞きにくい)

(いろんな意味で)

(嫌われるのが恐い?)

(いや、その可能性はないはず)

(でも自惚れだったらどうしよう)

(でもでも勘違いの余地なくない?)


 思考が雑多になり、まとまらない。

 なんか顔が熱い。


「……ゴメン、もう帰るね。お邪魔しました」

「うん?」


 不思議そうな顔をしてる早見君を残し、私は美術室を出た。





 校舎の外に出ると、夕方の風が少しだけ冷たかった。

 校門の辺りでまた早見君の思考を拾う。


{構図は悪くない}

{バランスも問題ない}

{ただ───}


 私は足を止めた。


{顔のバランスじゃなくて、なんか小坂さんの方が落ち着くんだよな}


(……やっぱそうなのか)


 ヤバい。

 また顔が熱くなる。


(デッサン“だけ”なら、ガッカリするところだった)

(でも、それじゃ説明つかないじゃん)

(だから困るんだって)


 小さく首を振って、また歩き出す。


(キモいというより、エモいかも……)

(まあ、なんていうか……)

(妄想も……)

(……ちょっとだけなら、許す)


 そう思ってしまった自分が、一番厄介だった。

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