【14分】文化祭の強制観覧、やめるべき?【思想実験系】
その学校の文化祭における体育館のイベントは、全員観覧が原則だった。
途中で離席することは基本的に禁止。
用事がある場合のみ教師の許可で退出できる仕組みになっている。
体育館の中には、係の割り当てが無い生徒全員が集められていた。
ジロウは後方の席にいた。
彼は演奏が始まって数分で退屈そうにし始めた。
天井を見たり、体を揺らしたりしている。
隣の生徒にたずねる。
「これあと何分あるんだっけ?」
「三十分ぐらいだったと思う」
(ハァ……)
そんなにあるのかと思うと、内心ため息が漏れる。
スマホを取り出しゲームを始めるが、すぐに教師に注意されてしまう。
ジロウはその後も退屈そうな態度を続けていた。
あまりに退屈なため、注意されたにも関わらず、スマホをこっそり見ていた。
ミカは前方の席にいた。
ミカは演奏を見て「今の曲はさっきより良い」と友人に話していた。
しかし、曲が変わると関心が薄れ、視線が別の方向に向くことも。
完全に集中しているわけではなかったが、面白い部分ではちゃんと反応している。
ステージ上ではトウマがギターを弾いていた。
トウマは観客を見ながら演奏していたが、観客の反応が薄いことに気づいていた。
教師の目を盗んでスマホを触ってるジロウの姿が見える。
心の中で小さく(コイツらちゃんと聴いているのかよ……)と不満そうに呟く。
サオリは後方から全体を観察していた。
観客の姿勢。
視線の方向。
反応の差。
それらを見て『全員が同じ空間にいるのに、感じているものは恐ろしいほどバラバラ』と考えていた。
演奏終了後、拍手が起きたが、やはり拍手の熱量は一定ではない。
アキトは中央付近に座っていた。
ステージでは軽音部の演奏が始まっている。
観客の大半は前を向いていたが、集中している人とそうでない人の差がはっきりしていた。
後方では姿勢を崩している生徒が多く、スマホを取り出そうとして教師に注意される始末。
拍手のタイミングは揃っていたが、観客の表情や拍手の強さにはバラつきがある。
アキトはその様子を見て思った。
(楽しめた生徒と、楽しめなかったであろう生徒との温度差よ……)
文化祭終了後、それぞれはこんな事を考えていた。
ジロウは(とにかく長くて疲れた)と不満が大きめ。
ミカは(全部は面白くないけど、良いところもあった)と一定の満足感。
トウマは(手応えがイマイチだった)と小さな不満。
サオリは(同じものを見てるはずなのに、ここまで心がバラバラでいいのかな……)と悲しい気持ちに。
アキトは(そもそも、今の文化祭の仕組みが良くないのか?)と疑問が湧き上がっていた。
それから約一年後。
また文化祭の季節がやってきた。
アキトは文化祭実行委員長になっていた。
どうしても実行委員をやりたかったのだ。
実行委員への熱意を買われて、委員長にまでなることが出来た。
彼は前年の文化祭の問題点を整理し『観覧強要が問題』と結論づけた。
それを踏まえて観覧方式を変更する案を提出。
内容は三つに分けられた。
一つ目は交流モード。
ここでは自由に移動でき、展示や軽い出し物を回遊しながら見る形式になる。
教室展示への観覧は強要ではないので、要するに今までの文化祭と同じ。
二つ目は体育館での発表モード。
これは観覧を目的とする人だけが入るエリアで、見る意思がある人だけ入場。
その代わりイベント中の入退場は制限される。
観覧への集中を保証する代わりに自由度を制限。
三つ目は体育館での教育モード。
見る意思がある人だけ入場は発表モードと同じだが、途中の入退場が完全自由というのが違う点。
つまり観客はつまらないと感じたら席を立つことが出来るのだ。
どれだけ集客できるかは演者の能力次第。
観客という『聞き手』をいかに惹きつけるか。
実社会におけるプレゼンテーションさながらの、シビアな表現力が試される場でもあった。
発表モードと教育モードは時間によって分けられる。
演者は発表モードと教育モードの、どちらか好きな方にエントリーできる。
アキトはこれらを「目的ごとに時間を分けることで、全体の無理を減らす方法」と説明した。
生徒への観覧強要を一切無くした点が、これまでの文化祭との最も大きな違い。
ただ、委員会では反対意見も出た。
トウマである。
「観客の自由度を上げ過ぎると、一体感がなくなるだろ」
アキトが答える。
「去年だって一体感は局所的で、全体での一体感なんてなかったじゃん」
「そうかもしれないけどさあ……」
アキトの脳裏に、バンド演奏してる最中にこっそりスマホを見てるジロウの姿が浮かぶ。
これはいま思い出しても腹立たしい出来事だ。
「例えば通行人を百人連れてきて、何を見せれば一体感が出るのかって話だよ。今の文化祭の仕組みって、これに近いでしょ?」
トウマが不満そうに反論する。
「それはさすがに極端だろ」
「構造的にはその辺の通行人を百人連れてくるのと同じだよ」
アキトが言うと、今度はミカが遠慮がちに反論してきた。
「でも文化祭って、もともと“知ってる人たちの集まり”だし……完全に通行人とは違うと思うけど……」
アキトは少し間を置いてから言った。
「だが全員が同じものを同じ温度で見てるわけじゃないだろ? 『一体感を出すべき』って発想がそもそも間違ってるんだと思う」
アキトの言葉にサオリが同意を示す。
「それは私も感じる。同じ空間にいるのにバラバラなのよね、観客の心が」
「………」
反対意見がないのを確認して、アキトが言う。
「つまりだな、通行人の例でもわかるように、人によって趣味嗜好が違うのは当たり前なのに無理やり観覧を強要するからシラけた空気が出てしまうんだよ。これって文化祭が逆に盛り下がるんだよね。問題だと思うよ、これは」
結局アキトの三つのモードで構成するという案は一部に不満を残しながらも最終的には承認された。
そしてその年の文化祭が始まる。
その年の文化祭は、前年と明確に違う構造になっていた。
教室棟では『交流モード』が展開されている。
これは例年の文化祭と同じ。
違うのは体育館での出し物。
時間によって『発表モード』と『教育モード』が変わるのだ。
発表モードは離席禁止だが、観覧へのモチベが高い客が集まるので盛りあがりは上々。
教育モードは途中の離席が自由な分、かなり演者の工夫が試されていた。
生徒は事前に配られたスケジュールと説明資料をもとに、どの出し物を見るか選ぶことができた。
トウマは発表モードで、体育館のステージに立っていた。
演奏中の入退場は不可。
それは観客の盛り上がり方に顕著な違いとして表れた。
トウマはギターを奏でながら、客席を確認する。
(去年より人数は少なくなったが、演奏中にスマホ見る奴がいないのはいいな)
曲が終わると去年とは違い、全員の拍手に熱がこもっていた。
(人数が減ったのは不満だが、これはこれで悪くないのかも。……だがなんかスッキリしない気も)
トウマは熱のこもった拍手をもらって、ある程度は満足しつつも、これでいいのかという何かスッキリしない迷いも抱えていた。
ミカは自由に過ごしていた。
体育館での出し物は、見たいものだけ見るというスタンス。
「体育館で興味ない出し物を見なくて済むの、普通にありがたいね」
友人も同意する。
「去年のあれ、正直きつかったしね」
ミカは興味のある出し物だけ見に行き、興味のないものはスルーした。
「見なくていいって分かってるだけで気が楽」
ミカはそう言いながら、自然なペースで移動を続けた。
サオリは教育モードに切り替わったタイミングで体育館に来ていた。
そこでは発表モードの抽選に外れたバンドの演奏や、劇やコントなどのパフォーマンスが試験的に行われている。
観客は多くない。
しかし、その代わりに観客の反応は正直だった。
気に入らなければすぐ出ていく。
興味があれば残る。
サオリはその様子を見て心の中で呟いた。
(楽しくなければ離席自由なのはいいね。楽しめてる人だけが残れば、心のバラつきは以前よりもずっと抑えられる)
前年と違って空気の歪みが少ないのは、良いことに感じた。
ジロウは人の少ない展示室で、友人とダラダラ過ごしていた。
(去年よりずっと快適だわ)
アキトは各エリアを巡回していた。
交流モードでは参加の自由度が機能していることを再確認。
発表モードでは観客のイベント集中度が段違いであることを確認。
教育モードでは試行錯誤が成立していることを確認。
しかし同時に、まだ改革が十分じゃないことも感じていた。
アキトがメモを取る。
『観覧強要に意味があると感じる人間もいる。全員満足は不可能。だが、無理に同じ状態にする必要もなく、盛り上がりに関しては去年より改善された』
演奏後、トウマはステージ裏で楽器を片付けていた。
仲間のバンドメンバーがトウマに言う。
「去年よりは良い客だったな」
「うんまあ、人数が減ったのは不満だが……」
「そうか? 演奏中にスマホを見るような不届き者がいなくなったのは良いことじゃね?」
「まあね。たださ、本当は興味ない奴にだって一瞬でも顔上げさせるぐらいの曲を作りたいんだよな」
「……そんなこと思ってたん?」
「なんていうかね、そういう不届き者にもさ、魂を振るわせるような音楽を届けてステージに目を向けさせたい───そういう機会が失われたと感じるのは、演者のエゴなのかね?」
「………」
バンドメンバーは何も答えなかった。
ミカに対し、一緒に回ってた友達が言う。
「見たいところだけ見れるのは楽だったね」
ミカが答える。
「うん。ただ、全部が面白いわけじゃないのは変わらないけどね」
概ね満足だったが、(これでいいのかなあ……)という思いもちょっとある。
「自由は大事だけど、完全に分断されるのは少し寂しい気もするかな。客が少ないイベントは”客が少ないことが可視化”されてしまって、少し気の毒というか残酷な気も……」
ミカがそうこぼすと、友人がミカに言った。
「残酷なのは仕方ないんじゃない? 客を楽しませたり集客の努力するのは演者の義務であって、客が少ないのは、それってただ実力不足なだけでしょ」
「辛辣だねえ……」
「そう?」
「プロを目指してるなら、それは正しい意見だよ。でも文化祭という学生のお遊びイベントで、そんなプロ意識って求めるべきものなのかな?」
「………」
言い過ぎたと思って、慌てて付け足す。
「あ、自由を否定してるわけじゃないよ! 自由はいいと思うんだけど……なんか、見られてないのが可哀想って思っちゃう時もあって……でもそれ言うと結局また前に戻るのかなって思うと、よくわかんない」
ミカは自分でも何が正解なのか、よくわからなかった。
ジロウはいつもつるむ友達と楽しく談笑していた。
「去年みたいに興味のないモノを見せられるのは苦痛だったから、こっちの方が断然いいわ」
今回の文化祭、ジロウは完全に満足していた。
そこへミカが通りがかる。
客の少ない展示室で友達とダラダラしてるジロウを見て、ミカが友人に小声で言う。
「ああいう楽しみ方もあるんだね……私はちょっと寂しいと思うけど」
文化祭が終わる。
ジロウとその友達は文化祭が終わったら、まっすぐ帰るタイプの人間である。
ジロウが帰る途中、トウマと廊下ですれ違う。
「………」
ジロウはなんとなく、トウマから目を逸らした。
トウマはトウマで気まずい思いがある。
ジロウのような人間に、無理やり自分たちの自己顕示欲をぶつけるのは果たして許されることなのかと。
(ヒトの演奏中にスマホをいじるジロウは不届き者だと思う───思うが、そういうジロウのような人間の不満こそ、音楽で届けるべきメッセージなのかもしれないな……)
トウマは次回の作詞のヒントを得た気がした。
最後の出し物を見届けた後、サオリは心の中で思った。
(心のバラつきが減ったのは良かった。困ってる人が減ったのもいい)
その一方でこんな事も思う。
(……でも、去年のあの“めちゃくちゃな感じ”が少しだけ懐かしい気もする……。心がバラバラなカオスな空間はそれはそれで面白い、みたいな? こんな考えは間違ってるのかしらね……?)
「サオリ、ここにいたんだ」
途中から一人で見てまわってたミカがサオリを見つけて話しかける。
一緒に回ってた友達は、部活の付き合いに顔を出しに行ったのでミカは一人になってたのだ。
「教育モードで見たい出し物があったんで」
「お客さんの数、どうだった?」
「少なかった」
その言葉を聞いてミカの胸が少し痛む。
「お客さん少ないと悲しい気分にならない?」
「なる」
「だよねえ……」
ミカが寂しそうに呟く。
その様子を見てサオリが言う。
「でもまあこれは、仕方ないことなのかもねえ」
「サオリも『仕方ない』って立場なんだ? お客さんを集めるのは演者の義務であって、本人の実力不足が悪いと?」
「そこまで厳しくは言わないよ」
サオリは笑った。
「教育モードは演者側が辛い思いをしたけど、観覧強要で辛い思いをする人もいるからねえ。結局、トレードオフの関係なんだと思うよ」
「それって解決策がないってこと?」
「それは感じ方次第じゃない? 満足できる部分と不満を感じる部分が演者側にも観客側にもあって、それを妥協点とみるか、問題のある状態とみるかは人によって分かれると思う。ミカは後者の側だね。優しい視点だと思うよ」
「そんなことないけど……」
優しいと言われて、なんだか照れてしまう。
アキトは文化祭全体を振り返っていた。
前年と比較する。
強制は無くなった。
移動は増えた。
何より『去年より盛り上がりがやや改善された』ことを実感。
トウマの姿を見つけ、声をかける。
「どうだった? 今年の文化祭」
トウマは少し考えてから答えた。
「発表モードは良かったよ。客が少なめという点がやや不満だけど、総合的には満足かな」
「客が少なめなのはねえ……前みたいに観覧強要にしたほうが良かった?」
「いや、そうは思わんよ。興味のない人間にも、自ら足を運ぶほど興味をもってもらえるような音楽を作りたいって思ったんで」
「前向きだな」
「新たに届けたいメッセージも見つかったしな」
「よくわからないが、満足してくれたなら嬉しいよ」
総合的には満足してくれたようで何よりである。
続いて、帰ろうとしていたジロウを見つける。
感想を聞こうと、アキトはジロウに声をかけた。
「今年の文化祭、どうだった?」
「良かったよ。観覧強要を廃止して完全自由にしたのが最高。こういうイベントっていつも、俺らみたいな人間は貧乏クジを引かされる側だが、今回はそれがなかったので嬉しい」
「そう言ってもらえて良かった。打ち上げはどうする?」
「行くわけないじゃん。嫌味かそれ?」
「そんなつもりはないよ。悪かった」
申し訳なさそうにアキトが苦笑すると、ジロウも少し申し訳なさそうな顔をした。
「まあ今回の文化祭は良かったよ。自由最高。改革ありがとう」
ジロウは友達と満足そうに帰っていった。
(自由最高は同意。でもカオスも悪くなかった気がする……)
二人の会話を聞いていたサオリは、心の中でそんな事を思った。
「実行委員長、お疲れ様」
ジロウと入れ違いで、サオリとミカがアキトの元にやってきて労いの言葉をかける。
アキトは二人に感謝を述べた。
「ありがとう。今回の文化祭はどうだった?」
「去年より困ってる人は減ったと思う。良いことだよ」
サオリがそう言うと、ミカが遠慮がちに言った。
「……うん。でも、なんか複雑でもあるよね」
「複雑?」
アキトがミカに聞き返す。
「自由はありがたいよ。でも“自由だからこそ見えちゃうもの”もあるというか……お客さんが少ないステージを見ると、ちょっと胸が痛くなる時があった」
サオリが説明するように付け加える。
「自由は優しいけど残酷でもあるのよね」
「……残酷、か」
二人にそう言われ、アキトは噛みしめるように言葉をなぞった。
続けて、こんな風に言う。
「たしかに客が少ないのが可哀想って気持ちはわかるよ。でも『見られないのが可哀想』を理由に観覧強要したら、今度は見たくない人が可哀想じゃないのかって話になる」
困ったようにミカが言う。
「……うん、それはわかるよ。去年みたいに“興味ないのに座らされる”のが辛かった部分もあるし……どっちが正しいのか、私にはよくわかんない」
サオリがミカに言う。
「正しいかどうかじゃなくて、どこに重心を置くかの問題なんだと思うよ」
「うーん……」
サオリがアキトに言う。
「アキトがやったのは“選べるようにした”ってこと。それは大きいよ。……まあ、去年のカオスも嫌いじゃなかったけど」
悪戯っぽく笑うサオリ。
「カオスって面白い視点だね」
ミカは楽しそうに笑った。
そんな二人を見て、アキトが苦笑する。
「みんな違うんだな。本当に」
「だから文化祭は面白いのかもね。正解がない事も含めて」
「来年も悩むね、委員長」
「……もう委員長は卒業だっての」
三人は笑った。
アキトが総括する。
完全な満足は存在しない。
しかし不満は確実に減っている。
その状態は、この学校における『改善』として扱うべきなのかもしれない。
……ただ、こうも思う。
観覧強要に意味があると信じていた人間だけは、最後まで満足させることができなかった。
それは本当に『改善』なのかもしれないし、ただ単に『何かを切り捨てた結果』なのかもしれない。
アキトには、それを判断する材料がまだ足りなかった。




