【3分】熊を殺すな? お前の家に熊を送るから住所を言え【不思議系ホラー】
「クマを殺すな? ならお前の家にクマを送るから住所を教えろ!」
あまりにしつこい『クマを殺すな』という苦情の電話に、担当者の伊藤はついキレてしまった。
周りの市役所職員が青ざめた表情で、ブチ切れた彼を見ている。
(やってしまった……!)
伊藤は焦った。
いくらしつこい苦情とはいえ、市役所の人間がこんな事を言うべきじゃない。
だが、受話器の向こうから聞こえてきたのは意外な言葉だった。
「ええ、構いませんよ」
あまりにもあっさりとした返答だった。
「住所を言いますね───」
受話器の向こうの男が本当に住所を言う。
伊藤は眉をひそめた。
上司に相談すると、こちらも意外な言葉が。
「いいじゃないか。送ってやろうよ。実際に飼ってるのかもしれないし、ハッタリだとしてもしつこいクレーマーに灸を据える意味にもなる。だから記録係を伴ってクマを届けてやろうじゃないか」
数日後。
夜、秘密裏に捕獲されたクマが、檻ごとその家に運ばれた。
夜なのはマスコミに気付かれないため。
こんな事が公になったら大問題になってしまう。
そこは郊外の古い家だった。
広い庭と高い柵。
門柱には、木製の看板がかかっていた。
『保護の家』と。
インターフォンを鳴らすと、出てきた男は電話の声と同じく穏やかだった。
「お待ちしていました」
檻の中でクマが唸る。
「かなり危険です。絶対に近づかないでください」
「ええ、もちろん」
男は頷いた。
「ここでは、“守られます”から」
どこか妙な言い方だったが、伊藤は気にしなかった。
檻を庭に置き、鍵の扱いを説明する。
男は熱心に聞き、何度も頷いた。
「ありがとうございます。これで、誰も傷つかない」
その言葉に、伊藤はわずかに違和感を覚えた。
市役所に戻り切らないうちに通報が入る。
「叫び声がする」
「助けてって聞こえた」
「動物じゃない」
警察と一緒に、責任者として伊藤も”保護の家”に向かう。
門は開いていた。
庭に入ると、檻が見える。
檻の中にいたのは───人間だった。
あの男が、檻の中で顔を伏せてうずくまっている。
全身が土と血で汚れている。
喉を潰したような声で、何かを繰り返していた。
「出してくれ……違う……こんなはずじゃ……」
伊藤の頭が真っ白になる。
「クマはどこだ!?」
男が顔を上げて伊藤と目が合う。
その瞬間、伊藤は理解した。
理解してしまった。
“目の奥に、さっきまで檻にいたものがいる”
言葉にはできないが、それだけは確信できた。
背後で足音がする。
振り向く。
そこには森を背に、クマが立っていた。
この家に届けた、あのクマが。
クマは妙に落ち着いていた。
じっとこちらを見ている。
それは何かを悟ったような目だった。
警官が銃を構える。
「動くな!」
警官は自分でもなぜこんな事を言ってしまったのかわからなかった。
反射的に言ったのかもしれないし、”通じると思って”言ったのかもしれない。
クマは動かない。
ただ、ゆっくりと首を傾げた。
まるで言葉を理解しているかのように。
その仕草が、何よりも気味が悪かった。
檻の中で、男が叫ぶ。
「やめろ! 撃つな! そいつは───」
次の瞬間。
クマが、一歩だけ前に出る。
それだけで、誰も動けなくなった。
理由はわからない。
ただ『逆らってはいけない』と理解してしまったのだ。
「………」
「………」
クマと人間たちの緊迫した睨み合い。
時間にして数秒だったが、その場にいる者たちには何時間にも感じられた。
やがて睨み合いに飽きたのか、クマが視線を逸らし、悠々と森の方へ歩いていく。
止める者はいない。
警官も既に銃を下ろしている。
森に入る直前、クマは一度だけ振り返った。
その場に駆け付けた全員の背筋が凍る。
『ここでは守られる』
クマが喋ったわけではない。
そう喋ったように、感じられてしまったのだ。
いったい何が守られるのか?
答えなど知りたくないし考えたくもない。
凍り付いてる人間たちを見て、クマはかすかに口を動かした。
まるで、笑っているかのように。




