【6分】明治の純愛男、令和に現れる【コメディ寄り】
明治四十年の帝大生・敬之助は、恋文を届けに走っていた最中、突如落雷に襲われた。
次に目を開けたとき、そこは見知らぬ光の洪水――令和のスクランブル交差点だった。
「な、なんだここは! 馬車が鉄の塊となり、街灯が太陽のごとく輝いておる……!」
敬之助は一瞬考え、すぐに結論を出した。
「……そうか。これぞ福澤先生の仰った文明開化の極致か!」
周囲の人々は距離を取りながらひそひそ話す。
詰襟学生服に学生帽、肩掛けマント。
敬之助の姿は、令和でも異様に目立つ。
彼は周囲を見回し、女子高生の集団に目を留めた。
「ほう、これが新時代の袴か。足を出して歩くとは……なんと破廉恥で独占欲を刺激する装いか。早く保護(監禁)してやらねば」
そして一人の少女を見つけ、叫んだ。
「あなたは!? は、花子様……! まさか貴女までもが新時代の袴を身に付けなさるとは、なんと大胆な!」
「は? 花子? 誰……?」
少女が困惑する。
敬之助は懐から五メートル超の巻紙を取り出し、ドンッと押し付けた。
「この誠意を受け取っていただきたい! 貴女の登校を三時間待ち伏せ、後ろを歩き、その歩数を数え、足跡の土を小瓶に詰めて持ち歩く私の、偽らざる情熱のすべてだ!」
「ちょ……待ち伏せ!? 怖っ……!」
少女が後ずさると巻紙が地面に落ち、ほどけ、スクランブル交差点を横断する巨大な紙の川となった。
「うわ、なんだこれ!」
「なんかの広告か?!」
敬之助が叫ぶ。
「愚民ども! その紙に触れるでない! それは恋の聖典であるぞ!」
そこへ警官が駆け寄った。
「そこのコスプレのお兄さん、ちょっと交番まで来ようか」
「コス……プレ? 愚弄するな! 私は帝大の──」
「はいはい、話は交番で聞くからね」
巻紙は証拠品として回収された。
最寄りの交番で若い警官が話を聞く。
「で、何やってたの?」
「何をやっていたかだと? 愚問も甚だしい! 私は一人の女性に対し魂の全質量をぶつけていただけだ。野暮な官憲にはわかるまい! この崇高な愛の情を!」
敬之助はパイプ椅子をガタつかせ、机を叩いた。
警官が溜め息をつく。
「……うん。とりあえず、机は叩かないでくれるかな」
「なぜだ! 情熱とは叩きつけるものだ!」
「机は備品だから」
敬之助は腕を組み、鼻で笑った。
「ふん。官憲はいつも些事にこだわる。だが聞け! 私は昨夜も、花子様が寝静まるまで窓の外でその吐息を数えていたのだ! この情熱が野暮な貴様にはわかるまい!」
「わからないよそんなもの。というか、それ敷地内に入ったってこと? 不法侵入だよ?」
とがめられ、大声で言い返す。
「何を言うか! 窓の外で待つのは愛の試練だ! 冷たい夜露に打たれ、体温を奪われながら、ただ一筋の愛にすがる……これほどまでに無垢な、純粋な、自己犠牲的な情熱が他にあるか! むしろ花子様は私の体調を案じて涙すべき場面だろう!」
警官は一瞬、絶句した。
「……いや、普通に通報案件だから。あなたのやってること気持ち悪いよ?」
「気持ち、悪い……だと?」
敬之助も一瞬、絶句した。
『気持ち悪い』という言葉は、彼の辞書には存在しないのだ。
「失敬な! 私は帝大生だぞ! 鴎外を読み、漱石に心酔し、愛に生きるエリートだ! 私の行動は文明開化が生んだ究極の『自我』の表出なのだ! 彼女を四六時中監視し、その思考のすべてを我が支配下に置きたいと願う……この美しき独占欲が理解できぬとは、貴様はよほど野暮な人間と見える!」
警官が呆れたように言う。
「いや、独占欲っていうか、ただの支配欲だよね。あの女の子、震えてたよ?」
「震える? それは武者震いだろう。私の巨大な愛に直面し彼女の魂が共鳴したのだ。花子様はかくも素直に反応を示すものか……。ああ、やはり彼女は運命の人だ! 早く私を解放しろ! 彼女が次に吸う空気を、隣で私がすべて回収しなければならないのだ!」
(やべえコイツ……本格的に頭がおかしいのかも……)
警官は頭を抱えた。
こんなもの、どう報告すればいいのか。
その時、交番に飛び込んできた人が慌てたように言った。
「お巡りさん! ちょっと来てください! 『自殺してやる』と叫んでる人がいるんです!」
「自殺?」
「ええ、『この愛が叶わぬなら華厳の滝に飛び込んで死んでやる!』とか、なんとか」
警官はとても嫌な予感がした。
数分後。
同僚が変な男を交番へ連れてきた。
その男も詰襟学生服と学生帽。
肩掛けマントのようなロングコート。
その恰好を見ただけで、警官はげんなりした。
「やや!? 貴様は敬之助!」
「そういうお前は清太郎!」
「敬之助、さては貴様、花子様を追ってきたな! だが無駄なこと。私の巻紙の長さには叶うまい!!」
「なにを! こっちは花子様の家の前で三日三晩、風雪に耐え、ただ花子様の影を慕い続けたのだぞ! これを愛と呼ばずして何と呼ぶ!」
「三日程度でいい気になるな! 私は五日も見守ったぞ!」
「ぐぬぬ……!」
(なんでコイツらは『気持ちの悪いストーカー』行為を自慢しあってるんだ?)
警官はわけがわからなかった。
もはや目の前のやり取りは理解を超えている。
交番の外で、ぼふんという妙な音がした。
警官が顔を上げる。
「……今度はなんだ」
扉の前に、白い煙が立ちこめている。
煙がゆっくり晴れると、そこには狩衣姿の男が立っていた。
烏帽子。
長い袖。
手には扇。
明らかに、ザ・平安時代という恰好。
烏帽子の男は周囲を見回した。
「ここは……どこぞの都か? 見渡す景色、まことに奇怪なり」
敬之助と清太郎が同時に振り向く。
「誰だ貴様」
「なんだその格好は」
烏帽子の男はゆったりと一礼した。
「我は藤原の長詩と申す者。月の満ち欠けに合わせ恋歌三百六十首を詠み、香を焚きしめた枝を姫君へ絶えず遣わす、いとあはれなる恋の徒にて侍れば───」
「なに言ってんだかわかんねーよ!」
そう警官が言うと、敬之助が口を挟む。
「野暮な官憲め! この御仁は『三百六十通ものラブレターと香水をたっぷり染み込ませた木の枝を休む間もなく意中の令嬢に送り続けている、それほどまでに深く、救いようのない、恋の熱病に侵された男なのだ』───と言ってるのだ! なんと素晴らしい情熱!」
「どこがだよ! そんな大量のラブレターなんてキモいわ!」
また交番の前でぼふんという音がする。
白い煙が晴れると、やはり男が立っている。
襟の大きなシャツ。
パンタロン───現代風に言うならフレアパンツやベルボトムと呼ばれる裾の広いジーンズ。
今度はザ・昭和の恰好である。
「そなた、何者ぞ?」
長詩がたずねる。
「俺か? 俺は竜二。愛する者に電話で愛を三年間ささやき続け、さらには自作のポエムやギターの弾き語りを録音したカセットテープも送り続けてる、愛の戦士だぜ!」
敬之助が感心したように言う。
「ううむ……細部はわからぬが、皆一様に魂の燃焼を捧げておるのだな! 時代は変われど恋に殉ずる士の志は不変。あな、感銘至極! これぞロマンの真髄なり!」
警官が叫ぶ。
「どこがロマンだよ! 全員やってることはストーカーなんだよ!!」




