【6分】このまま誰にも価値を理解されないまま終わってもいいんですか?【カルト問題】
直美とカズオが出会ったのは、自殺掲示板だった。
『カズオさん。このまま誰にも価値を理解されないまま終わってもいいんですか? 世間はあなたの価値を正しく理解してない。私なら、あなたの本当の価値を理解できます』
送信して、少し待つ。
やがて返ってくる言葉は、いつも同じだ。
縋るようで、どこか安堵している。
直美はほくそ笑んだ。
───この言葉は、よく効く。
カズオとの距離はすぐに縮まる。
そうなると直接会うのも自然な流れだった。
褒めそやし、良い気分にさせた所で、更なる幸福があると匂わす。
あなたの価値がわからない社会の連中と違って、セミナーの人間はあなたの価値を正しくリスペクトします。
セミナーは半分以上が女性で、あなたのような優れた人間は必ずお手本になります。
カズオは俄然、セミナーに興味を持った。
幸運のペンダントやサプリメントにも乗り気。
(ちょろいわね)
直美はたしかな手応えを感じていた。
「今はお金がないけど、明日には用意したい」
カズオがそう言ったので、直美は翌日も会う約束をした。
翌日。
直美は待ち合わせ場所でカズオを待っていた。
ちょっと遅刻するという連絡がくる。
『ごめん。あと三十分』
『あと二十分』
『もうすぐ着く』
メッセージが何度も届く。
直美は『構いませんよ、ゆっくり来てください』と余裕たっぷりに返信した。
急いては事を仕損じる。
このあとに訪れる狩りを楽しみに思うと、待つのはさほど苦にならない。
だがカズオが最後に送ってきたメールは意外なものだった。
『ありがとう』
ありがとう?
どういう意味なんだろうか?
まさか自殺?
いや、それは考えにくい。
カズオは”慈悲深い”自分の言葉によって救われたはずなのだ。
メールを送ってみるが返信はなく、なぜかブロックされたらしい。
わけがわからないまま帰宅すると、すぐに異変に気付く。
綺麗に掃除したはずの部屋が荒らされていたのだ。
物が散らかり、通帳などの貴重品が消えている。
テーブルの上に紙きれが一枚。
『君のような人間はありがたい。なぜって?
君みたいな人間からは盗んでも、心が全く痛まないからさ m9(^Д^)』
顔文字がムカつく。
手書きなのに、わざわざ顔文字を書いたという事が怒りを倍増させる。
直美は空き巣被害を警察に届けたが、担当した警官はさも面倒そうな顔をした。
「あの団体の人か……はぁあ……こういうカルト絡みは面倒なんだよなあ……」
ため息混じりのその声が、直美には『面倒な案件を押し付けられた』とでも言いたげに聞こえた。
(なんなのよアイツ! 私は被害者なのよ!)
───本当に?───
一瞬だけそんな言葉がよぎったが、すぐに頭を振って打ち消した。
そんなわけない。
自分は被害者なのだ。
一週間後。
教団からの連絡は、日に日に苛立ちを帯びていた。
『結果を出せ』という短い文面が続く。
直美が次に選んだのはマッチングアプリである。
ツールは同じものばかり連続で使うなと教団に教えられているのだ。
さっそく適当な男を見繕い、会う約束を取り付ける。
ホテルのラウンジ。
対面には隙のないスーツ姿の男、ユウキ。
直美がいつも通り言葉を紡ぐ。
「ユウキさん。このまま誰にも価値を理解されないまま終わってもいいんですか? 世間はあなたの価値を正しく理解してない。私なら───」
「───“あなたの本当の価値を理解できます”───だろ?」
遮られた。
直美が言葉を失う。
ユウキは、整いすぎた微笑を浮かべていた。
「そのセリフ、うちの教団なら研修初日にやるやつだよ。句読点の位置まで古いマニュアル通りだ。うちのマニュアルはもっと洗練されてるよ」
グラスを指先で回しながら、淡々と続ける。
「君、自分にその言葉使ったことあるかい?」
息が詰まる。
「自分の価値も分からないクセに、他人を査定するな。中身が空なのに、それを見ないふりしてる」
視線が逸らせない。
「君みたいなのが一番扱いやすいんだよ。自分を信じてないくせに、誰かを導いてるつもりでいる」
限界だった。
椅子を引き、立ち上がる。
そのまま直美は振り返らずにその場から離れていった。
「逃げるなよ」
背後からべっとりした”善意の声”が追いかけてくる。
「君こそ理解されるべきなんだ。うちに来れば救われるぞ!」
その言葉は、かつて自分が使っていたものだった。
外の空気は、妙に重かった。
人混みを避けるように歩く。
ユウキの言葉が、頭の奥で反芻する。
───自分の価値も分からないクセに。
「……」
足が止まる。
それ以上は考えなかった。
さらに数日後。
直美は、また別の男と会う約束をしていた。
名前はハルオ。
地域SNSで知り合った年配の男。
喫茶店の窓際。
落ち着いた空間が、かえって息苦しい。
それでも直美は口を開く。
「ハルオさん。このまま誰にも価値を理解されないまま終わってもいいんですか? 世間はあなたの価値を正しく理解してない。私なら、あなたの本当の価値を理解できます」
最後まで言い切った。
ハルオは、静かに聞いていた。
それから、ゆっくりと目を細める。
「……その一節、第3章の第2節だね」
「!!」
直美の呼吸が止まる。
「それは僕が書いたんだよ」
「え!?」
一瞬、何も理解できなかった。
「僕は昔、君がいる教団の幹部だったんだよ。だからマニュアルはよく知ってる。君みたいな子は何人も見てきた。……そして、何人も見捨ててきた」
声は穏やかだった。
「僕はいま、そういう団体から抜けたいって人の手伝いをしてるんだ。……たいしたことじゃないけどね」
直美は無意識に一歩引いていた。
「助けられなかった奴もいる。だからね、君を見てると、昔の自分を見てるみたいで苦しい」
直美の指先が震える。
「“本当の価値”なんてものは、誰かに査定してもらうものじゃない」
それ以上、聞けなかった。
椅子がわずかに音を立てる。
直美は立ち上がり、そのまま店を飛び出した。
「待って───待ってくれ!」
ハルオの声に構わず外に出ると、空は暗くなっていた。
人通りを避けるように曲がる。
気付けば、小さな駐車場に入り込んでいた。
数台分の白線。
端には古びた自販機。
ぽつ、ぽつ、と雨が落ちる。
すぐに強くなる。
心がグチャグチャの直美は、放心したようにその場に立ち尽くした。
「……良かった。追いついて」
振り返ると、ハルオが傘を差して立っていた。
さっきと同じ、穏やかな顔。
「……どうして」
声がかすれる。
ハルオは、少しだけ距離を詰める。
「最後まで聞いてほしかっただけだよ」
雨音が強くなる。
「“本当の価値”なんてものは、誰かに決めてもらうものじゃない。……君が一番、その言葉に縛られていたんだろう?」
胸の奥が、ひどく痛んだ。
誰にも必要とされていない夜。
仕事でミスして怒られた帰り道。
家に帰っても電気をつける気力がなかった日。
───褒められた日は、生きていい気がした。
───必要と言われると、それだけで安心した。
───自分の価値は、いつも他人の言葉で決まった。
ずっと、気づかないふりをしてきた。
だけど、もう……。
「……もう、自分に嘘をつくのはやめたほうがいいと思うよ」
その一言で、限界が来た。
直美は顔を両手で隠すように、その場にしゃがみこんだ。
堰を切ったように涙が溢れる。
嗚咽が、雨に紛れていく。
騙すはずだった相手に、すべてを見透かされる。
張り詰めていたものが、ほどけていく。
それは敗北だった。
そして同時に、初めて触れる救いでもあった。
数ヶ月後。
地方の小さな図書館。
ハルオの紹介で直美は新しい仕事を始めた。
休憩中、スマホが震えた。
かつて使っていたアプリからの自動通知。
『このまま誰にも価値を理解されないまま終わってもいいんですか?』
直美は、その画面をしばらく見つめた。
かつて自分が使っていた言葉。
迷いはない。
『通報』を押し、そのままアプリを削除する。
「直美さん、ちょっといい?」
同僚が声をかける。
「あの利用者さん、何か言いたそうで……お願いできる?」
直美は頷く。
作り物ではない、柔らかな笑みを浮かべる。
「……はい。行ってみます」
もう誰かの価値を測ることはしない。
ただ、ゆっくりと───
その人のもとへ歩いていった。




