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【5分】マイフレンド【ハッピーエンド】



 ぼくが初めてサミールと話したのは、昼の時間のことだった。


 ランチ時のカフェテリアはいつもざわざわしていて、みんなプラスチックのトレーやランチボックスを持って席を探している。


 どこに座るかで、だいたい誰と仲がいいかがわかる。


 サミールは、いつも窓ぎわの端の席にいた。

 銀色のランチボックスを開けて、ひとりで食べていたのだ。


 珍しい見た目の子だなと、ぼくは思った。

 このアメリカ南部の小さな町には、サミールのような見た目の子がほとんどいなかったのだ。


 ぼくはその日、席が見つからなくて、少し迷ってから彼の向かいに座った。

 ふと見ると、彼のランチが気になった。


「それなに? カフェテリアのメニューにそんなのあったっけ?」


 ぼくはカフェテリアでサンドイッチやマカロニチーズを買うことが多い。

 でもサミールのご飯は見たことのないものだった。

 茶色くて、少し赤くて、スパイスの匂いがする。


 彼は少し驚いて、それから言った。


「家から持ってきたランチだよ。ウチはお母さんが作ってくれるんだ」

「へえ」


 考えてみれば、ランチボックスがあるのだから、家から持ってきたというのは当たり前の話だ。

 もしかしたらぼくは、話すきっかけがほしかっただけなのかもしれない。


「ぼくはイーライ。よろしく」


 自己紹介をして、サミールと一緒にランチを食べる。

 この日以降、ぼくは次の日も、その次の日も、サミールの向かいの席に座った。


 あとで知ったけど、サミールの家族はこの町の人じゃなかった。

 遠くの国から来たらしい。

 宗教も違うって、誰かが言っていた。


 だから食べるものも、少し違う。

 でもそんなことはどうでもいい。


 話してみるとサミールは良い奴だった。

 ぼくと同じ日本のアニメが好きという共通点もあり、サミールとの話は楽しかった。




 ある日の昼、近くのテーブルにいたタイラーがサミールに言った。


「なあ、これ食べてみろよ。美味いぜ」


 トレーの上の肉を、サミールに差し出す。


「……」


 サミールは少しだけ困った顔をした。


「……ごめん。食べられないんだ」

「なんで?」

「宗教で、食べちゃいけないものがあるんだ」

「へー……めんどくさ。クリスマスは七面鳥の代わりにカレーを食べるのか?」


 みんなが笑う。

 ぼくも、つられて笑ってしまった。


「……」


 サミールは何も言わなかった。


 ……胸の奥が、ちくっとした。




 その日以降、カフェテリアの空気が少し変わった。


「なんかスパイシーな匂いする」

「たぶんサミールのランチだよ」


 そんな声が、ぼくの耳にも入るようになった。


「イーライ、お前なんであいつと一緒に食ってんの?」

「臭くねえか?」

「モノ好きなやつ」


 ぼくは笑ってごまかした。




 ある日の授業のこと。

 先生がこう言った。


「次の授業は共同でやってもらう。三人グループを作りなさい」


 みんなすぐに立ち上がって、友だち同士で固まっていく。

 名前を呼び合って、席が埋まっていく。


 サミールは、少し離れたところに立っていた。

 まだ、どこにも入っていない。


 ぼくは動けなかった。

 声をかけようとしたが、何も言えない。

 目が合った気がしたけど、すぐにそらしてしまった。


 最後まで一人ぼっちのサミールに先生が気づいて、サミールを無理やりグループに入れた。


「……」


 胸の奥が、ちくちくとした。




 それから、ぼくとサミールはほとんど話さなくなった。

 カフェテリアも別の友達と過ごした。


 サミールはまた窓ぎわの端の席に、一人ぼっちでご飯を食べるようになった。

 ぼくはなるべくサミールと目を合わせず、彼を見ないようにした。


 だって一人ぼっちの彼を見ると、また胸の奥がちくちくと痛んでしまうから。


 大好きだったはずのカフェテリア。

 いつの間にかそこは、学校で最も辛い場所になってしまった。




 ある日、ちょっとした事件が起こった。

 図工室の道具が壊されたのだ。


「おい、見ろよ! これやったの誰だよ!」


 タイラーの声に、みんなが集まる。


「クレヨンも絵の具も、グチャグチャじゃん」

「やべーだろ、これ」

「誰がやったんだ?」


 ざわざわと声が広がる。

 そのとき、誰かが言った。


「昨日、この辺に誰かが居た気がする」

「誰だよ?」

「……イーライっぽかったけど、よく見えなかった」


 一瞬で空気が変わった。

 みなの視線がぼくに集まる。


「お前、昨日ここにいたのか?」

「ほんとかよ?」


 みるみるうちに血の気が引いていく。

 ぼくは下を向いた。


 そう……やったのは、ぼくなのだ。


 最近、学校が前みたいに楽しくない。

 カフェテリアに行くのも気が重い。

 なんだかイライラして図工室の物に八つ当たりし、壊してしまったのだ。


 でも、そんなこと言えない。

 言ったら終わる。

 嫌われる。

 ひとりになる。


「おい、どうなんだよイーライ!」


 みなの視線が突き刺さる。

 どうしよう。

 どうすれば。

 息が苦しい……。


 すると、ふいに声がした。


「……ボクだよ」


 声のしたほうに、みなが振り返る。

 声の主はサミールだった。


「ボクがやったんだ。みなを困らせるために」


 ざわっと空気が揺れた。


「……やっぱりな」

「オマエがやったなら納得だ」

「なんかやりそうだったもん」


 みなはサミールを責めた。


「……」


 ぼくは何も言えなかった。




 騒動のあと、外に出るとサミールがいた。

 スクールバスを待っているのだろうか。

 カバンを持って、ひとりで立っている。


 彼はぼくに気づいて、少しだけ笑った。

 最初に会ったときと同じ笑い方だった。


「……なんで」


 やっと、それだけ言えた。

 サミールは少し考えてから言った。


「最初に話しかけてくれたから」


 胸が痛くなる。


「でも、ぼく───」

「いいよ」


 さえぎられた。


「知ってるよ。見てたから」


 心臓が止まりそうになった。


「……」


 ぼくが何も言えずにいるとサミールはやってきたスクールバスに乗り、いなくなってしまった。




 次の日、サミールは学校にいなかった。

 出席停止処分になったらしい、と誰かが言っていた。

 ぼくの胸だけが、ずっと重かった。


 ……このままでいいはずがない。


 ぼくは先生に全部話した。

 こわかったけど……。


 先生はもちろん怒った。

 でも最後にこう言った。


「言ってくれてありがとう」




 サミールの処分は取り消された。

 代わりに、ぼくが出席停止になった。


 当然だと思う。

 むしろ、ほっとしたまである。


 出席停止の間、ぼくはずっとサミールのことを考えていた。




 処分明けの日。

 学校へいくと皆の空気は、前より少し冷たくなった。


 ……でも、前より楽だった。




 サミールは今日もカフェテリアで一人だった。


「……」


 ぼくはサミールに向かって歩き出した。

 足がふるえていたけど、止めない。

 止めてはいけない。


 何人かが、こっちを見ている。

 でも、そんなの関係ない。


 勇気を出してサミールのところまで歩いた。


「……ごめん」


 ちゃんと言えた。

 サミールは少し驚いて、それから笑った。


「またここに座ってもいい?」


 ぼくがそう聞くと、彼は笑ってうなずいた。


「いいよ」


 カフェテリアで、また向かい合って座る。


 あのスパイスの匂いがした。

 前と同じ匂い。

 でも、前より少しだけ、いい匂いに感じた。

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