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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
魔王国編
157/185

魔王国創世(5)

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



時は流れた。


村には、新しい命の産声が響くようになった。


一人ではない。


二人、三人と。


新たな命は次々と生まれ、小さな村に笑い声が満ちていく。


その光景を見届けると、初期から旅を共にしてきた仲間たちは、役目を終えたかのように静かに旅立っていった。


誰も泣き言は口にしなかった。


「ここまで来られた」


その事実だけで十分だった。


第一使徒もまた、その例外ではない。


仲間を一人、また一人と見送り続け。


最後には、自らも静かに生涯の幕を閉じた。


――母の願いどおり。


息子は父の眠る墓の隣へ、その亡骸を葬った。


二人は再び寄り添うように並び、長い旅を終える。


葬儀を終えると、残された家族は遺品を整理し始めた。


質素な家だった。


贅沢な調度品など何一つない。


その中で、机の引き出しの奥だけが、不自然なほど丁寧に整えられていた。


封書と、一つの魔法道具。


「……俺宛て?」


首を傾げながら封を切る。


中には、さらに一通の封書と、母の筆跡で綴られた手紙が入っていた。


そこには最初に、こう記されていた。


――これは願いです。


――決して、果たさなければならない義務ではありません。


――あなたが幸せに生きているなら、それだけで私は十分です。


その一文から始まり、これまで隠されてきた出来事が静かに綴られていく。


始まりの災厄。


人を捨てた者たち。


そして、人の姿のまま未来を託すことを選んだ友。


第三使徒という、一人の男の存在。


彼が最後まで抱き続けた願い。


母は、本当なら自分自身がその願いを叶えたかったこと。


しかし、それができなかった理由も記されていた。


外界の呪いは、なお人間が生きられる濃度ではない。


無理に向かえば、この村そのものが滅びる危険すらある。


だからこそ、今は繁栄を優先してほしい。


それこそが、第三使徒自身の願いでもあった、と。


だが――。


もし、いつの日か。


人が外へ進める時代が訪れ。


もし彼らが、あの術式を完成させたまま待ち続けているのなら。


それだけが、心残りだった。


最後の一文を読み終え、男は小さく息を吐いた。


「……まったく。不器用な人たちだな」


思わず苦笑が漏れる。


父も。


母も。


誰かに命令することだけは、最後までしなかった。


「こんなもの残して……行動しないように育てた覚えなんて、ないだろ」


その時、小さな足音が部屋へ駆け込んできた。


「おかたづけ、おわったの?」


幼い我が子が、無邪気な笑顔で見上げてくる。


男は手紙を丁寧に畳み、そっと封書へ戻した。


「いや」


「どちらかというと――始まったばかりだよ」


そう答えると、手紙と魔法道具を大切に箱へ納める。


これは自分一人のものではない。


次の世代へ。


さらに、その先の世代へ。


受け継ぐべき願いなのだ。


男は子供を抱き上げ、穏やかな笑みを浮かべた。


「俺たちが必ず果たす。だから、安心して眠っていてくれ」


「父さん。母さん」


その誓いは、小さな村の空へ静かに溶けていった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



時は流れた。


幾つもの季節が巡り、幾つもの命が生まれ、そして消えた。


それでも、あの日交わされた約束だけは、人から人へと受け継がれていた。


深くフードを被った一人の少女が、古びた地図を何度も見比べながら山道を歩いていた。


木々は生い茂り、人の手が入った形跡はない。


獣道さえ途切れそうな場所で、少女は立ち止まった。


「ふぅ、やっと来たぁ」


額の汗を拭いながら辺りを見回す。


地図が示す場所は、間違いなくここだった。


だが、そこには森しかない。


「しかし、ここなんだよね」


首を傾げ、周囲を何度も見渡す。


隠し通路でもあるのか。


それとも、長い年月の中で失われてしまったのか。


「うーん、どうしよう。困ったな」


そんな独り言を漏らした直後だった。


「おーい、待てよ!」


背後から少年の声が響く。


振り返ると、同じように深くフードを被った少年が息を切らせながら駆け寄ってきた。


「おそーい」


「そんなわけあるか。お前が早すぎるんだ」


少年は肩で息をしながら苦笑し、蒸し暑そうにフードを脱いだ。


現れた頭には、銀色の狼耳。


人狼族の青年だった。


少女も嬉しそうに笑う。


「やっと着いたね」


「ああ……ここが、始まりの地か」


少年は懐から、小さな魔法道具を取り出した。


代々、第一使徒の血筋に受け継がれてきた宝具。


長い年月、一度も使われることのなかった遺品である。


静かに魔力を流し込む。


すると中央にはめ込まれた宝珠が淡く輝き始めた。


やがて一本の光が森の奥を真っ直ぐ照らす。


「わぁ! こんな仕掛けがあったんだ。気が付かなかった」


少女も慌ててフードを外す。


こちらも狼耳を持つ人狼族だった。


「本当にあるか半信半疑だったけど……本物なんだね」


「ああ。母さんたちが守ってきた約束は、本当に存在していた」


少年は光の先を見据える。


その瞳には、不安よりも期待が宿っていた。


「行くぞ」


「うん!」


二人は導かれるように歩き始める。


森の奥へ。


誰にも知られることなく眠り続けた場所へ。


数歩進んだ、その瞬間だった。


「「わぁ!?」」


思わず二人の声が重なる。


森が途切れた。


視界が一気に開け、その先には巨大な宮殿が姿を現していた。


自然の中へ巧妙に隠されていた白亜の建造物。


長い年月を経てもなお、その威容は失われていない。


驚きに息を呑む二人の周囲へ、瞬く間に武装した兵士たちが現れた。


槍と剣を向けられ、完全に包囲される。


「何者だ!」


鋭い怒号が響く。


「選ばれた者以外、この地へ立ち入ることは許されていない」


少年は慌てて両手を上げた。


「ま、待ってくれ! 俺たちは怪しい者じゃない!」


敵意がないことを必死に示す。


「約束を果たしに来たんだ!」


兵士たちの表情は変わらない。


少年は胸に抱えていた魔法道具を掲げる。


「俺は、人狼族のライガ。第一使徒の子孫というやつです」


少女も一歩前へ出た。


「私は、人狼族のシュライ。第一使徒の子孫です」


そして二人は、何世代にもわたって受け継がれてきた言葉を、静かに告げた。


「俺たちは――第一使徒と第三使徒の約束を果たすためにやって来ました」


長い時を越えて。


第一使徒が未来へ託した願いは、長い時を越え、ついにその約束を果たす時を迎えた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



重厚な扉がゆっくりと開いた。


案内されたライガとシュライは、大きな広間へと足を踏み入れる。


高い天井。


左右に整然と並ぶ柱。


壁には見たこともない紋章が刻まれ、静寂だけが空間を支配していた。


そして、その最奥。


まるで玉座に座ることが当然であるかのように、一人の男が待っていた。


ライガとシュライは思わず息を呑む。


緊張していた。


いや、この場へ来たこと自体を後悔し始めていた。


目の前の男を前にすると、本能が「死」を予感してしまう。


(……ちょっと、絶対まずいよ、ライガ)


シュライが唇を動かさず囁く。


(今更言うな。腹をくくろう)


ライガも小声で返すが、額には冷や汗が滲んでいた。


(自分より強い奴なんていないって、ずっと豪語してたでしょ!)


(お前だって「私に任せろ、伝説を終わらせてやる」って言ってただろ!)


互いに責任を押し付け合いながらも、視線だけは男から逸らせない。


やがて二人は同時に天を仰いだ。


(……ごめん、調子に乗ってました)


(……大口を叩きました。すまん)


(いざとなったら、一目散に逃げるわよ)


(一人で逃げるなよ)


そんな小さなやり取りすら、震える心を誤魔化すためだった。


男が放つ威圧感は、それほどまでに異質だった。


まるで巨大な山を前にしているような圧迫感。


敵意を向けられているわけではない。


それでも、呼吸をするだけで精一杯になる。


ライガたちがこれまで出会った誰とも違う存在だった。


ふと、シュライが口を開く。


「あの……あなたは、私たちが探しに来たヒト族なのでしょうか?」


男は静かに首を横へ振った。


(……だよね)


二人の心の声がぴたりと重なる。


伝承では、ヒト族は深い眠りについているはずだった。


このように当然のように目覚め、玉座へ座る人物などいるはずがない。


男は小さく息を吐いた。


その仕草だけで空気が揺らぐように感じられる。


「お前たちが、ここへ来たことは間違いではない」


低く重い声が広間へ響く。


「第一使徒の子孫たち」


「えっ!?」


思わず二人は声を上げた。


男は白い瞳で二人を見据える。


「俺もまた、約束を託された者の一人だ」


その一言に、ライガとシュライは息を呑む。


「第三使徒から、お前たちへ伝えるべき言葉がある」


「第三使徒……?」


「謝罪だ」


「謝罪?」


予想もしなかった言葉だった。


何世代にも渡って守り続けてきた約束。


その果てに待っていたのは感謝でも歓迎でもなく、謝罪。


二人は思わず顔を見合わせる。


何を謝るというのか。


疑問だけが胸に積み重なっていく。


その時だった。


ディアボロスが静かに指を鳴らす。


乾いた音が広間へ響いた瞬間、重い石床が低い音を立てながら左右へ開き始めた。


その下には、闇へと続く長い石階段が姿を現す。


冷たい空気が地下から吹き上がってきた。


「こっちだ。ついてこい」


それだけ言うと、ディアボロスは迷いなく階段を下り始める。


ライガとシュライは立ち尽くした。


(どうする?)


ライガが小声で尋ねる。


(このまま帰ったら女が廃るわ)


シュライは苦笑しながら肩をすくめた。


(だよな。このまま帰ったら笑いものだ)


二人は小さく頷き合う。


恐怖は消えない。


だが、ここまで来て引き返す理由もなかった。


第一使徒から受け継がれた約束。


その答えを知るために。


二人はディアボロスの後を追い、静かに地下への階段を下り始めた。


胸に、「謝罪」という言葉への疑問を抱えたまま。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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