無慈悲
■ 本作について
本作は 世界観設定・アイディア構築・プロット立案・執筆の大半を著者自身が行っており、執筆の補助ツールとしてAIを活用しています。
■ 活用の具体的な範囲
AIを活用しつつも、自己規範にのっとり、執筆であることは放棄しない方針です。
興味があればこちらをご覧ください→ChatGPT活用の具体的なイメージ[https://note.com/makenaiwanwan/n/nc92cf6121eb3]
■公開済エピソートのプロットを公開中
「主体性・創造性・発展性・連続性」を確保している事の査証が目的です。
https://editor.note.com/notes/n52fb6ef97d70/edit/
■ AI活用の目的とスタンス
本作は 「AIを活用しつつ創作性を確保する」を模索する試みでもあります。
ただし、創作の主体はあくまで自分であり、物語の本質やキャラクターの感情表現にはこだわりを持っています。
また、すべてを自身の手で執筆される方々を心から尊敬しており、競合するつもりはありません。
「せんせー! 離してっ! マスターを助けなきゃっ!」
「落ち着きなさい! あなたが行って何になるの⁉」
「やだやだ! はなしてっ! マスターぁ!」
「あなた! あなたもボーッと見てないで手伝いなさいっ!」
「お、おう……ねーちゃん! 先生の言うとおりだぞ、怪我するだけだ! やめとけ!」
公式チャンネルで配信されるライブ映像には、月乃の一撃を受け、だらりと頭を下げる世羅の姿が映し出されていた。
配信画面には各個人の情報が添えられ、ゲーム画面のようでもある。
その中には欲望強化の出力値も含まれていて、全員が上限である300%を計測していた。
人の欲望にかぎりはないが、ブーストの数値には端がある。理由を知る者はいない。ただMONOLITHがそう決めている。
「世羅くんの数値が下がり始めてるわね」
画面越しの世羅は意識を失っているように見える。出力値の低下もそれを裏付けているがソフィアは冷静だった。
「はなせぇ! はなせってばぁ!」
「世羅くん……あなたこのまま終わるつもりなの……?」
ヤミ子はバット男に羽交い締めにされたまま暴れている。
ソフィアはその様子を見守っているが、配信から目を放してもいなかった。
彼女の機械化した両眼は、ネットに直接のアクセスが可能だからだ。
「それなら今後の立ち回りを考えなくちゃね……」
決闘に敗れれば世羅はすべてを失い、配下を含めてアイアンメイデンに取り込まれることになる。
飢えた男どもの巣に放り込まれる。想像するだけで恐ろしいが、ひとつ希望もある。アイアンメイデンのトップが女性だったことだ。
絶対命令の権限はクランマスターにしかなく、配下同士は対等である。つまり、新たにクランマスターとなる小鳥には逆らえないが、他の男どもは実力で黙らせることができる。
世羅は暴虐非道のリーダーというわけではないが、かといって紳士でもない。人使いは荒く、気遣いが得意でもなく、当たり前のように奉仕(性的な意味で)を求めてくるのでたまらない。
ソフィアは、リーダーが変わればむしろ平和になるのではないかと思った。
「はーなーせー! マスター! まけるなぁー!」
しかし、少なくともヤミ子はそう考えていない。
「……世羅くん……手放したくないなら勝ちなさい。それがこの島のルールでしょ?」
画面を隔てた向こう側。四人が争う戦場に、その言葉が届くはずもなく、静寂が降りている。
「……」
月乃は無言で見下ろしていた。
「……」
見下ろされる世羅も無言だった。
「おい! 副会長なにやってんだよ? チャンスだろ? はやくやれよっ!」
多胡が月乃に駆け寄り、背後から肩をつかんだ。
「気安く触るなっ‼」
「うぉ⁉」
放たれた裏拳に手加減はなく、とっさに固めたガードごと吹き飛ばされた。
「おいっ! あぶねぇなぁ! なんのつもりだよ!」
「うるさいっ!」
月乃の荒々しい口調に反して、角にまとった炎が陰りを見せている。世羅を見下ろし続けているが、それ以上はなにもしない。
「ちっ……! おいMONOLITHっ! 終わった? 終わってんじゃねーの? 俺の勝ちってことでいいんだよなぁ⁉」
多胡は唾を吐き捨て、左腕のR.I.N.Gを掲げた。
《決着はついていません》
「なんでだよ! 終わってんだろがっ⁉」
《警告します。多胡弘樹。あなたに審判権限は付与されていません。越権行為は処罰の対象になります》
「ちょっ、まてよ! そんなつもりねーよ! わかったよ、ちゃんと止めをさせばいいんだよな⁉」
憎い世羅をまだ痛めつけられる。彼にとっては願ったり叶ったりだった。
「聞いたか副会長⁉ 終わってねーってよ! さっさと決めてくんねーかな⁉」
「……」
月乃はなにも答えない。
「おい! 副会長聞いてんのか⁉」
「……」
やはり反応はない。多胡はさらに声を荒げた。
「副会長っ!」
「うるさいっ!」
怒声に合わせて額の角から炎が立ち昇る。
「なんすか? あんた言ってなかったすか? 自分でやるって?」
多胡は一歩も引かず圧を押し返した。
「……」
月乃はまたも沈黙した。下半身を拘束され、膝を折ることもできない世羅を見つめたままだ。
手にした鉄柱を振り下ろす。それだけで決着はつくだろう。だが、月乃は動かない。
「おい! やれって! 副会――」
ブォン!
投げられた柱は真っ直ぐ多胡に向かった。
「――クソがっ!」
多胡が半歩退きながら六影触をしならせ叩きつけると、柱はふたつに折れ、ゴンッ、と音を鳴らして地面に転がった。
「……何やってんの? 相手が違くねーか?」
「……もういい」
「はっ?」
「わたくしはもういい……やるなら勝手にやれ……」
月乃は踵を返し歩き出した。陽炎を残して立ち去る鬼に、もう怒りの色はない。
「ふん……別にいいけどな……」
多胡は月乃と入れ替わるように世羅の前に立った。
『おい! 多胡ぉ! なに勝手なことしようとしてんの⁉』
後方から響く小鳥の声。多胡はうんざりした顔を向ける。
「いやもう俺に任してください! 副会長みたいに日和られたら面倒なんで!」
『はぁ⁉ なんだよおまえっ⁉』
「じゃあ、やれるんすか? こいつもう虫の息っすけど? やれるんすね⁉」
小鳥は地面を踏み鳴らしながら近寄ってきたが、ピタリと止まる。
『……⁉ う、うーん……』
顎に手を当て、少し考え込んだ。
『許さないから……』
「はい?」
『世羅くんを傷つけたら許さないからね! ちゃんと手加減するんだよ! 命令だから!』
「ハイ、ワカリマシタ」
多胡は背を向け生返事をひとつ返す。更にもう一歩前に進んだ。
「よぉ……無様な格好だなぁ?」
多胡はポケットに手を入れたまま、反り返るように胸を張った。できるだけ世羅を見下してやりたいのだろう。
「やっぱ女はダメだよな? 最後の最後で甘い顔しやがる……でもまぁ仕方ねーか? 女だし。てか、うらやましいなぁオマエ……モテモテじゃねーか? いったいどんな手を使ってやがんだよ? 女みてーな顔してデカいちんこぶらさげてるのか?」
多胡の体から発せられる青いオーラが、風もないのに揺らめいている。
彼の発する言葉に呼応しているようにも見えた。
「ああダメだ……さっさと終わらせちまうべきなんだろーが、やっぱ無理だわ……ボコボコにしねーと気がすま――」
「……多胡」
「⁉」
意識はあると思っていた。それでも、口を開くとは思っていなかった。
脳裏に奔ったおびえを振り払うように多胡は拳を振るった。
ガッ! ゴッ! ガッ!
世羅の頭がパンチングボールのように激しく揺れた。
「かはっ! かははははっ! ずっとこうしたかったぜ! 生意気なんだよオマエ! イラつくんだよオマエ!」
世羅からの反撃はない。多胡は思うままに殴り続けた。
拳に伝わる硬い感触。ずっと願った光景だったが、気持ちは晴れない。
むしろ心の奥にあるもやもやが膨れ上がるのを感じていた。
「返してもらう! 返してもらうからな! ヤミ子は返してもらうっ‼」
アイアンメイデンが決闘に勝利したならば、世羅とその配下を取り込む権利が与えられる。
とはいえクランマスターは小鳥であるから、多胡がヤミ子を手に入れる形にはどうあってもならない。
簡単な理屈なのだが、多胡だけが理解していない。そうあって欲しいと望んで誤解しているのだ。
「たらねぇ! やっぱヤミ子だけじゃたらねぇわ! 俺を舐めた分! 賠償して貰わねぇとなぁ⁉」
勝てる。勝った。もう逆転の目はない。彼は勝利を確信していた。
「副会長も! 女教師も! 俺が貰ってやるよ! そうじゃないと釣り合いが取れねぇからなぁ‼」
繰り返しになるがそんなことにはならない。配下を自由にする権利はクランマスターにしかないからだ。
世羅も当然そのことを理解している。多胡の言葉は戯言なのだ、嫉妬に狂った男の妄想でしかない。
だが、世羅にとって問題はそこではなかった。
多胡に奪われはしないが、彼の手からは離れてしまうということだ。
月乃が、ソフィアが、ヤミ子ですら、寄り添い従ってくれているのは、強さを示したからに他ならない。
戦いに敗れれば、その強さを失う。彼女達は波が引くように、自分への興味を失うだろう。
それが強者に惹かれる変異体の特性だと、世羅は思い込んでいる。
案外そうならないかもしれないのに。
世羅は外界において変異体の研究を専門にしていた。誰よりも彼らに詳しい自信がある。だが、その自負に囚われてもいる。
世羅は愛を信じていない。強くありつづけ、勝ちつづけることだけが、この島では必要なのだと考えている。
変異島ではなんだって手に入れることができる。
しかし、外界ではなにも手にすることができず、何者にもなれなかった。
それが古傷となって、呪いとなって、失うことを過度に恐れてしまう。
一度つかんだものを手放す勇気が世羅にはない。だから勝ち続ける。そうする他にないからだ。
「おまえの気持ちはわかる」
世羅は殴られながら口を開いた。
多胡の想いも絶望も理解だけはしていた。世羅ははじめからそうだった。ただ、許すことはできなかっただけだ。
戦いに終止符が打たれる間際、ほんの一瞬、多胡に寄り添った。
「あぁん⁉ 何言ってんだぁ‼ ふざけんなぁ‼」
だが、多胡にはそれが侮辱にしか思えなかった。
好きな女を奪い、何度となく屈辱を味わせてきた相手が、同じ目線で接してくる。
見下しやがって。これほど腹立たしいことはないと、彼の怒りはもっともだろう。
「間違えるんじゃねえ! 殴っているのは俺! 殴られてるのはお前! 反対だろうがっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! ぎゃははははぁ‼」
多胡が拳を振るう度に、世羅の顔が変形し、修復され、歪み、また修復される。
攻撃は止むことなく続いた。世羅が死ぬまで続けるつもりだろう。
損傷と回復の均衡が崩れ始めると、美しい顔が血に染まった。
(――やられるっ――!)
世羅は己の“ぬるさ”にあきれはてた。ここまで追い詰められないと“必死”になれない己の愚鈍さに、反吐がでる思いだった。
屈辱の日々が走馬灯になって蘇ってくる。なまじ強くなり、欲しい女を手に入れて、怒りを忘れていたのだ。
(――死にたくない――!)
闇が見える。死と絶望の淵だ。意識が途絶え静寂が訪れようとするその瞬間に、奥の奥から湧き上がる力を感じた。
「――俺の命も、あいつらも――俺の“独占”だ――」
世羅の声はあまりにか細く、多胡に届くことはなかった。
「ぎゃはははははっ‼ 死ねよぉおおおおお‼」
止めを刺すために、多胡は大きく拳を振り上げた。
「――だからMONOLITH、俺の限界を勝手に決めるな――俺のリミッターは――外しておいた――“無慈悲”――――」
――ドンッ、と空間が爆ぜた。世羅を中心に凄まじい衝撃破が拡がった。
《“独占”トリガーによるカタリシス反応……300%を超過。緊急停止シグナル送信……タイムアウト……》
「ぎゃ……はは……はぁ⁉」
心臓をたたく爆音に多胡は吹き飛ばされそうになる。
《……400%……500%……制御不能……変異種の世代特定を行う……データベース照合……該当なし》
世羅からあふれ出す異様な圧が、戦場全体を揺るがしていた。
《……600%……さらに上昇中……欲望強化モジュールの存在により3.0世代以上は確定。規律モジュールの未検知により4.0世代以下と推定……変異種に対し非正規プロセスでの変更を検知。3.5世代として暫定……データベースへ登録……完了》
「なんだっ! なんだっ! なんなんだよぉ‼」
わけがわからない。だが、多胡はもう一歩も踏み込めなくなっていた。
「多胡ぉ……‼」
世羅が背負うオーラが一気に膨れ上がった。
「うぁああああっ‼」
後ずさる多胡。
「そこをどけっ!」
入れ替わるように月乃が躍り出た。
『邪魔だよ! 多胡ぉっ!』
小鳥も同時だった。多胡を押しのけて前にでるなり、拳を振るった。
ヒュンッ!
鬼とゴーレムによる攻撃がヒットする瞬間、バラバラに砕けた拘束具だけを残して世羅は消えた。
「うそだろ⁉ 消えたっ‼」
多胡は目を見開いてあたりを見回した。
『バカっ! 人は消えないよっ! よく見ろっ!』
「速いだけだっ!」
世羅は「ギュイーン」という音だけを残して動き回っている。その糸引く姿を月乃と小鳥はかろうじて捉えていた。
欲望は変異種を媒介にエネルギーへと変換される。
300%を超える余剰分はR.I.N.Gを介して回収されるが、これがリミッターの機構、欲望強化を有する3.0世代以上が抱えるべき"枷"だ。
だが、世羅の変異種はその機能が欠落している。
彼の出力値は1000%を突破していた。
「見えたっ! 俺にも見える! くそっ! だけど速すぎる!」
「泣き言をいうな! 援護しろっ!」
そう叫んだ月乃自身、なぜ体が動いたのかハッキリとわからなかった。
世羅に二発見舞った時点で月乃は気が済んでしまっていて、戦う理由がなくなっていた。だが、それでも動いた。
彼女は世羅についてまだなにも知らない。気の置けない仲というほど距離も縮まってもいない。
突如として目の前に現れて、自分を打ち負かした、ただそれだけの男だ。
今日になって新たに気付かされたのは、自分が女であるということだ。
殺すと意気がって見たものの、血を流し項垂れる彼を見下ろした瞬間に「なにをやっているのだろう」と頭が冷えた。
これ以上はなにもできないと感じた。殴って気を晴らすことができないのなら、嫌いになるか、許すしかない。
胸の真ん中をきゅっとつかまれるような感覚。その"重み"が怒りに変わった。だけれど、怒りを鎮めたのも同じ"重み"だった。
それが恋なのか、母性なのかわからないが、抗うことはできそうになかった。嫌いにはなれそうになかったから。
しかし、いまこの瞬間だけは違った。侍としての、鬼としての本能が戦いを選んだ。それほどまでの脅威を世羅に感じていた。
「怒島流――“縮地”っ!」
古流において膝の扱いと重心移動に工夫を凝らす歩法に過ぎないが、怒島兵法流では鬼の脚力を加える。
千里の道を一歩で駆け抜ける速度で世羅に迫った。
「無手術がひとつ――“閃孔”っ!」
鉄すら引き裂く鬼の爪による貫手。流派にて最速の技だった。
「避けた⁉」
残像すら残さず世羅は消えていた。捕らえたはずの爪が、虚しく天へと痕を刻んだ。
「後ろかっ‼」
背後に気配を感じ、攻撃に備えた。
「なんだぁ! うわぁ!」
予想した痛みではなかった。締め上げられる感覚に、思わず声が漏れた。
「あるじどのぉ⁉」
「おとなしくしていてくれ……お姫様」
四影触の一本が月乃をぐるぐる巻きにしていた。脚から胸にかけて両腕を巻き込む形だ。身動きが取れない。
「はなせっ! はなせぇ!」
月乃は頭と両足をジタバタと動かして逃れようとするが、もがけばもがくほどに触手は食い込んでいった。
「はなっ……むぐうぅぅっ‼」
「噛むなよ?」
巻き付いた触手の先端が、口にがぽりと押し込まれた。口封じだ。騒がれると気が散るのだろう。
月乃は顔を真っ赤にして、むぐむぐもがいている。
「おらぁ‼」
多胡が六影触をハンマーのように振り下ろす。ドォンという音と共に、世羅の居た場所が爆ぜた。
「いないっ! また消えやがった!」
「こっちだ――」
「なにっ!?」
ドゴ――という音と共に多胡の頭が跳ねた。
「さっきはよくも――」
ドゴ!
声と痛みだけを残して、世羅は動き続けた。
「――やってくれたな――」
ドゴンッ!
殴られている。多胡はそれだけはわかっていた。どこから来るのかは、まるでわからなかった。
ドゴッ! ドゴッ! ドゴッ!
なすすべなく殴られ続け、その衝撃でくるくると回った。
「――かなり……痛かったぞっ!」
「うぁああああ‼」
多胡は六影触を身体に巻きつけた。隙間なく鎧のように。もう殴られたくなかった。
「ふんっ――」
ドォンッ!
世羅はさらに加速し、ガード越しに叩き続けた。
鈍い衝撃が多胡の全身に響いた。痛い、痛いが、さっきよりはマシだった。
ドンドンドンドンッ‼
「くそ、くそ、くそっ……! ひぃぃぃいいっっっ‼」
怖くてたまらない。だが、耐えられる。耐え続ければ小鳥が助けにくるはずだ。
「効かねぇ! ぜんっぜん効かねぇよぉお! 世羅ぁあああっ‼」
休みなく打ち込まれる攻撃に膝が震えた。それを誤魔化すためにも、虚勢を張るしかなかった。
「――無駄だ」
「!?」
「発勁っ!」
ズドドドドドドドドンッ!
時差数ミリ秒。横も縦も全方向からの、ほぼ同時攻撃。
ゼロ距離から放たれた多数の衝撃破は、ガードを素通りして内部で衝突、反響した。
「ぼうぇええええっ‼」
身体を鎧のように覆っていた六影触が、内側から押し破られた卵の殻のように四方へ弾け、衣類もろとも爆散した。
「……ぐげ……ぐげげ……せ、世羅ぁ……」
パンツ一丁で、足取りはおぼつかない。治療因子の回復力を上回るダメージが、欲望強化そのものを吹き飛ばしていた。
それでも多胡は立っているが、余力でも意地でもない。負けを受け入れることができないだけで、決着はすでについていた。
「ぜらぁっ……!」
多胡は震えながら拳を振り上げたが、自身の体重すら支えることができなかった。
つまづいたかのようにバランスを崩すと、世羅の胸に頭を預けた。
「お、おれはまけて……ヤミ子は……おれの……」
「多胡……」
世羅は言葉を探した。優しい言葉も、厳しい言葉も、かける言葉はいくらでもあった。
しかし、慰みになんの意味があるのだ。多胡の渇きを満たすことはできないのだから。
「掴みとるしかないんだ……次は勝て!」
多胡の両肩をトンと押し突き放した。
「三倍返しだっ!」
ドッドッドッ、ドドドドン!
廻し蹴りからの後ろ廻し蹴り、また廻し蹴り。独楽のように回転しながら、多胡の顔面を蹴り続けた。
「ぐべぇらあああいっっっ!」
倒れることを許さず、多胡の体は一撃ごとにビクンビクンと跳ねた。
「げべべべべぇ‼」
「フンッ‼」
多胡が意識を失う寸前に最後の一撃を放った。
高く跳んだ後にサイドフリップで数回転、その勢いのまま浴びせ蹴りを叩きつけた。
多胡の体は地面で跳ねて吹き飛び、小鳥のすぐ傍にどさりと落ちた。
「……ヤ……ミ子……」
多胡はそのまま白目を剥いて、ぴくりとも動かなくなった。小鳥はそれをじっと見下ろしていた。
『世羅くん』
小鳥はゆっくりと顔を上げた。
「なんだ」
ふたりの間には、ほんの数メートルの距離しかない。
『ボクはキミが“所有”いんだ……』
「そうか」
『だから負けないっ……! 負けないからっ‼』
「そうか」
『それにね、ボクね、やっと気づいたみたい……本当の気持ちに……」
「そうか」
小鳥がグググと全身に力を込めると、岩と鉄の継ぎ目という継ぎ目から、青い蒸気が細く鋭く噴き出した。
『世羅くぅぅぅん! 大好きだよぉぉぉぉ‼』
ブシューと激しい音が鳴る。まるで全身が沸騰しているようだった。
「……そうか」
世羅はゆっくりと半身になり構えた。その静けさとは裏腹に、オーラの激流が全身を包み込み、雷がほとばしった。
『ぜんぶこぉぉぉい! すーぱーちゃぁーくがぁーーーんっ‼』
周辺にある土も岩も壁も機械もすべてを飲み込んで、三メートルから十メートルに、十メートルから二十メートルに、水風船のように膨れ上がり、巨大な影が地面を覆った。
「むぐぅ! むぐむぐむぐぅ!」
縛られた月乃が、身をよじってじたばた暴れ出した。
動けないところに、アニメみたいな巨大ロボが現れたのだから、無理もない。
「月乃……心配するな。すぐに終わらせる」
世羅の言葉に驕りなど微塵もない。ただ、出来ること、これからやるべきことを口にしていた。
『すべてパワァーを右腕にぃ‼』
ゴーレムの右腕を構成する岩鉄が内側へ締まり、巨大な高圧燃焼室と化した。
隙間が塞がれ、欲望強化のエネルギーが逃げ場を失い、圧力を高め続けた。鉄が赤熱し、岩が焦げる臭いが辺りに拡がった。
『ろぉぉぉけぇぇぇぇぇっっっっとぉっ!』
世羅の研ぎ澄まされた感覚が、小鳥の次の動きを捉えていた。
本気で来る。終わらせるための一撃だ。
「無慈悲――」
世羅も同じく拳を絞り込んだ。全身から放出されるエネルギーが、拳に吸い込まれていく。凝縮された力が空気をゆがめて押しつぶした。
『ぱぁぁぁぁんちぃぃぃぃぃ‼』
刹那――ゴーレムが右腕に溜めたすべての圧力が解放された。白熱する火炎を伴った青い蒸気が、轟音と共に吹き出すのが見えた。
拳と呼ぶには大き過ぎる、ただの岩だ。噴射の勢いそのままに、迫ってくる。
「――アポカリプス……!」
真っ向から受けて立った。狙いは正面、迫り来る巨大な拳のど真ん中。
空を打ち抜く勢いで、拳を振り抜いた。
ヒュン――ドグォォォオンッ‼
衝突点に稲妻が奔り火花が弾けた。衝撃が大気を震わせ、その余波は青い奔流となり決戦領域を貫ぬき、天へと突き抜けた。
『……えっ、う……うそ……ボクのゴーレムが……』
ゴーレムの右腕と上半身の半分は完全に吹き飛ばされていた。しかし、その一撃は小鳥本体を避けるように打ち込まれていた。
バギン! バギィ! バギギンッ!
小鳥が状況を把握しきる前に、世羅はもう次の行動に移った。
『なに? なにしてるの! 世羅くん⁉』
二十メートルを超えるゴーレム体の、腹部装甲に張り付いた世羅が、外装を引き剥がし始めた。
道具もなしにつかんで引き千切る。一枚岩ではないとはいえ、装甲は硬く重いはずなのに、玉ねぎでも剥くかのように軽々と“剥いた”。
ゴギンッ! バギィン! ガガガッ!
着岩による装甲は硬い皮膚だと考えていい。神経は通っていないから、傷つけられたとしても痛くはない。だが、剥ぎ取られる感覚だけは確かにある。
鉄を引き裂く轟音が、鈍く響いた。最初は遠かった。それが少しずつ近づいてくる。
『ちょ、やめて! 無理矢理は嫌だっ! 嫌だよっ!』
バギ! バギギン!
薄暗いコックピットに光が差した。最初は細い筋だったが、一枚剥がされるごとに筋が太くなった。
バギン!
鉄板一枚分の距離まで世羅は迫っていた。
『せ、世羅くん! やめ! やめてっ!』
バギィンッ!
鳴いても喚いても世羅は止まらない。
だれにも立ち入られることがなかった内側に、世羅は強引に入った。
「小鳥」
後光を背負う世羅の表情は見えない。
「世羅くんっ……!」
キミに出会ったあの日から胸が苦しくて辛いけれども、嫌ではなかった。だけれどいまこの瞬間の心臓の高鳴りに、そういう甘さは一切ない。ただ、痛いだけ。
毎日毎日、キミのことばかりを考えて、心の中にはとっくに入られていて、忘れるはずもないのに、いまどんな顔をしているのか知りたくもない。
「やだ! やだ! 負けたくないよっ! 世羅くん! ボクはキミが“所有”――」
言い終えるまえに、キミが腕を掲げるのが見えた。
小指から順に折り込まれ、拳がつくられていくと、メキメキという音が聞こえた。
「小鳥……じっとしてろ……!」
キミの全身を包み込む光が拳先に集まっていった。まただ、ゴーレム体の半分を吹き飛ばした、あの技だ。
「ひぃ!」
殺される――顔に向かって振り下ろされる拳から、目が離せなかった。
ドギャアアアアアアンッッッ‼
人と話すのは怖いし、顔を合わせるのも嫌いだ。変な奴だと思われたくはないから。
勉強も運動もそんなに得意じゃない。誇れることはなんにもないから、目立ちたくもない。
だけどゴーレムの殻に閉じ籠もればなんだってできた。
喧嘩自慢の馬鹿たちを従わせるのも簡単だったし、調子に乗った男たちがオロオロと転げ回る姿は愉快でたまらなかった。
彼らを殴り続けているうちに、大きなクランになっていたけど、別にそうしたかったわけじゃなくて、新しい玩具を探してるうちにそうなっていった。
手下も、敵も、責任も増えていくから途端に面倒になって捨ててしまおうかとすら思ってた。
そんなときにコンビニでキミと出会って、本当の自分をみて欲しくて、知って欲しくて、生身で通っていたけれど、やっぱり、所有いって気持ちが抑えきれなくなった。
ゴーレムになればなんだってできるんだ。キミを手に入れることだって簡単なはずだ……そのはずだった。
他の雑魚どもと違うと思ったし、実際にそうだったけど、ここまで強い男の子だなんて夢にも思わなかった。
「あっ……あっ……せ、せらく……ん……」
拳は頬をかすめて、後ろへ放たれた。
ゴーレム体の心臓部。コックピットになっている内部装甲に叩き込まれた衝撃は、波のように拡がって、残っていた上半身を木っ端みじんに吹き飛ばした。
キミが強引に壊したから、ボクの殻はなくなった。
「う……あっ……あっ……」
「小鳥」
悲鳴をあげたかったけど声にならないし、おしっこ漏らしたし……恥ずかしくて死にそう。
キミはそんなこと意にも介さず、ぐっと顔を寄せてきた。
「俺の“独占”になれ」
体のほうは無傷だけれど、心は折れちゃったみたい。
キミは“女の子”みたいに可愛い顔しているね。けれど狼みたいに悪い表情なの気づいてる?
ボクの想いなんてまるで無視。力尽くで手に入れようなんて……あまりに“無慈悲”だ、ひどい“男”だよ。
「は、はい……ボクの……負け……です」
怖くて、恐ろしくて、涙がこぼれ落ちたのに……ボクはどこか……ホッとしていた。
《岩肌小鳥の投了を確認――ゲームエンド》
最後までお付き合いいただき、感謝です!
「いいね!」と思っていただけたら、高評価をいただけると嬉しいです!
今後の励みになりますので、もしよろしければ……!




