(島津騒動)13
佐多宗次は巧みに兵を入れ替え、崩れるようとする穴を塞いだ。
内側で疲弊した者達を休ませ、負傷者の手当も行わせた。
宗次としては、隙を突いて脱出する心積もり。
それが分かるのか、兵達も宗次の用兵に良く応えた。
士気に乱れはない。
ところが、敵方の新手出現が全ての希望を打ち砕いた。
和仁氏勢の後方から、伏兵を置いていた隘路から現われたのだ。
旗指物は肥後の国人衆のもの。
一つ、二つ、三つ。
甲斐氏、山鹿氏、有働氏。
何れも元一揆勢だ。
族滅させられた筈が、和仁氏のように生き延びていた。
宗次は理解した。
計ったつもりが、敵の手の平の上で踊らされていた、と。
脳裏に一つの名前が浮かんだ。
白坂栄山。
伊集院家の客将の一人だ。
彼は、紀伊根来寺の僧侶であった時期に、
織田氏や羽柴氏と散々遣り合ったという。
僧侶というより、根来鉄砲隊や斬り込み隊を率いて奮戦した事で、
広く知られていた。
しかし、進退が見事だっお陰で、両家からの手配はない。
宗次は理解が深まると疑問が芽生えた。
人づてだが、皆が皆、公儀は徳川家仕置きで混乱していて、
西に構うゆとりはない、そう噂していた。
実際に公儀は、目に見える有効な手が打てていなかった。
大殿周辺もそれを事実として認識していた。
今回の仕儀になって初めて別の面が見えて来た。
肥後の国人衆の兵卒の装備だ。
真新しいではないか。
族滅を逃れたのは分る。
が、果たしてこれだけの装備を揃える金銭が有ったのだろうか。
没落したにしては摩訶不思議なこと。
導かれる答えは一つ。
彼等の背後に何者かは分からないが、金主が控えている、と。
それは伊集院家ではない別の誰か。
伊集院家の懐具合は、元同僚なので分る。
自家で賄うのに汲々としている筈だ。
おそらくだが、肥後の国人衆の存在から察するに、
肥後の大名、小西行長あたりではなかろうか。
我が家に出入する商人から、蓄財に長けていると聞いた。
商家の生まれだけに商売に通じていても少しもおかしくはない。
ただ、小西家の独断だとは思われない。
断り切れぬ相手からの要請がなければ動かない筈だ。
それは公儀、否、それはない。
あればその周辺から漏れ出る。
公儀に関わる者が多く、秘密裏に動くのは難しい。
豊臣家か。
否、幼い上様にそのような事が出来るはずがない。
だとすると、上様の周辺の誰か。
かつては黒田如水がいた。
しかし、現在は御掟破りでで逼塞していた。
となると安国寺恵瓊あたりか。
とっ、目の前の肥後勢の様子がおかしい。
左右に分れ、退き始めた。
和仁氏のみならず、甲斐氏も、山鹿氏も、有働氏も。
隘路への障壁が消えた。
まるで、通れ、とでも言わんばかり。
宗次には、彼等の魂胆が読み切れない。
背後からの報せ。
「丸目勢も退き始めました」
砦から出撃して来た丸目藤兵衛率いる守兵だ。
それも左右に分れながら退き始めた。
それだけではなかった。
替わるように鉄砲隊が進み出て来た。
彼等の背に翻るのは伊集院家の旗指物。
全ての肥後勢が退いたのは、鉄砲の流れ弾を警戒してのこと。
そう宗次が気付くと同時に轟音が聞こえた。
四段構えで、二百を超える鉄砲が間断なく放たれた。
五十近くに減った宗次勢には過度な馳走であった。
供回りの者達が躊躇いなく行動した。
宗次の盾になるべく殺到した。
盾を持つ者は少ない。
多くは射線に身を晒した。
「お逃げ下さい」
宗次は目で、僅かな隙間を潜り抜けた弾丸を捉えた。
丸い弾がゆっくり飛来した。
それでも避ける暇はなかった。
頬に痛撃。
☆
御掟破りの主犯、徳川家康は大坂屋敷で謹慎していた。
従犯の者達は公儀から何ら沙汰は下されていないものの、
自主的に国元や上方の屋敷で逼塞していた。
そんな中、一人だけが目立つ動きをしていた。
伊達政宗。
弁明や謝罪と言いながら、活発に動き回っていた。
都や堺にまで足を伸ばして有力者に面会。
摂家や公家から社寺、豪商、茶人、歌人、連歌師等々。
彼等に公儀への取り成しを頼んだ。
その臆面のなさは、流石は伊達者、と評判になるほど。
堺から戻った政宗は溜まった書類に目を通していた。
国元の書類は筆頭家老、片倉景綱に任せていたので、
書類はここ大坂屋敷と伏見屋敷の書類だけであった。
それでも留守が長かったので思いのほか溜まっていた。
まず裁可を必要とする書類から片付けた。
執務室に近付いて来る足音に署名する手を止めた。
最近は足音で誰かが分った。
宮内右近。
政宗が抱える忍び衆、黒脛巾組、その組頭の一人だ。
廊下に控えている近習の声が聞こえた。
「宮内、先触れがない。
事情は知らんが、通す事はできん」
「申し訳ございません。
事は緊急だと判断し、こうして罷り越しました」
宮内の組は大坂屋敷と伏見屋敷詰め。
上方の状況を具に調べ、国元へ報告するのが主任務。
政宗が太閤殿下に屈して以来、この仕事に従事しているので、
その手腕は仇や疎かには出来ない。
政宗は室内から入室許可を出し、挨拶もそこそこに訳を聞いた。
「珍しいな、慌てているように見える。
何か出来したのか」
「戦です。
島津家が伊集院家へ兵を出したそうです」
雪が・・・。
あれで雪と言っていいの、かな。
・・・。
でも今冬の初雪、ですね。




