(慶長の伊達家騒動)9
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鈴木元信は部隊を巧みに退いて見せた。
されど完璧にではない。
完璧では困るのだ。
一揆勢の追跡を振り切ってはならない。
しっかり付いて来て貰わなければ、お役目に支障をきたす。
遅れていると見れば、反撃して距離を縮め、遠射で歓待した。
途中、下流から退いて来た部隊を吸収した。
彼等もお役目に務め、送り狼を引き連れていた。
それは上流から退いて来た部隊も同様だった。
三つが合わさり兵力が膨れ上がっても遣る事は同じ。
退いても退いても、一揆勢送り狼を引き離さない。
朝靄が濃いので、余計に慎重を期した。
そこが大事。
元信の一行は石仏が並んでいた渓谷の入り口へ退いて行く。
その入り口には急拵えの逆茂木が組まれ、ズラリと並んでいた。
そして、後ろには塹壕が掘られ、鉄砲持ちが入っていた。
せせらぎや、山裾にも備えの槍持ちや弓持ちが潜み、
万全の態勢であった。
元信の一行が中に入ると、
待機していた者達が一斉に送り狼を歓待した。
鉄砲が火を吹き、弦音が鳴った。
ついでとばかり、小太鼓も打たれた。
だけではない。
誇示するように篝火が幾つも焚かれた。
一揆勢が迷わぬように、との気遣い。
一揆勢は一瞬、驚いたように足を止めたが、
立ち直ると送り狼の本性を見せた。
「「「踏み潰せ」」」
「「「小生意気な伊達の奴ばらを殺せ」」」
「「「積年の無念を晴らせ」」」
深い恨みがあるのか、鉄砲や弓の歓待も気にしない。
数を頼んでドッと押し寄せて来た。
多くが逆茂木に辿り着く前に斃れるが、彼等の足は止まらない。
その様は濁流を思わせた。
屍を乗り越えた者達が逆茂木に取り付いた。
それを見て元信が指示した。
「槍持ち、行け」
鉄砲持ちの護衛をしていた槍持ち一同が一斉に駆けた。
乗り越えようとする者達を槍の穂先で突き刺して行く。
一揆勢が数を頼んで攻めて来るが一向に逆茂木を越えられない。
戦傷者が続出するが、それでも攻撃は止まらない。
鉄砲や弓を並べ、その援護下、執拗に攻め続けた。
受けて立つ元信に疲労の色。
自身もだが、配下はそれ以上に疲弊していた。
配下が少しずつ削られ、その分、受け持つ範囲が広くなって行く。
このままでは全滅も時間の問題・・・か。
覚悟した頃合い、一揆勢が止まった。
退いて行く。
それに代わるように朝靄が薄れて行く。
薄日が差して来た。
元信は目を凝らして一揆勢を見た。
一揆勢は完全に退いた訳ではなかった。
朝靄が薄れて行くのを機に大きく退き、部隊を再編し、
再攻撃の準備を行っていた。
先程までは強引な力攻め。
しかし、見ると、此度は違うようだ。
朝靄が消えるのを考慮し、鉄砲隊を真正面に置き、さらにその後方に弓隊。
鉄砲の遠射と弓の曲射の援護で、
盾持ちを先頭に並べた槍隊徒士隊が攻め込んで来るようだ。
朝靄が消え、高所から日が差し込んで来た。
随分と遅い時間帯であった。
一揆勢の攻め太鼓が初めて打たれた。
これに合わせて再編された一揆勢が押し出して来た。
彼等の歩みには自信が満ち溢れていた。
射程距離で鉄砲隊が足を止めた。
生意気に三段の構え。
連射するつもりのようだ。
そう後方で弓隊も足を止めた。
こちらも生意気に三段の構え。
「撃て」
筒先が火を吹いた。
放たれた矢が舞い上がった。
それに合わせて盾隊槍隊徒士隊が駆け出した。
元信は覚悟した。
筆頭家老からの指示は半分だけだが満たしたはず。
後事は同輩達に託そう。
と、後方から声がした。
「お味方です」
近習の声。
渓谷を振り返った。
せせらぎ沿いの、小道とも言えぬ小道から、
兵装の者達が姿を現した。
旗指物は国衆の津田家。
津田景康であろう。
若手ではあるがお館様や筆頭家老からの信頼は厚い。
実際、戦も手練れであった。
その景康が元信の方へ駆けて来た。
頭を下げた。
「遅れて申し訳ござらぬ」
「いやいや、助かる」
津田家の動きは早い。
景康の指示がなくても、欠けている持ち場へ取り付く。
そして陣地の穴を塞ぐ。
景康が言う。
「樵道でしたので槍持ちだけで先行しました。
直に、遅れて鉄砲や弓も来ます」
「それは心強い」
「それに、こちらが一刻も持たせれば、お味方衆も参ります。
それまで一揆勢を引き付けましょう」
津田景康。
氏族は国衆の一つ、湯目姓であった。
湯目景康。
それが、とあるお手柄から、お館様の一声で津田姓を与えられた。
数で圧し潰されそうになったが、津田家の救援が間に合った。
押し返せはしないが、膠着に持ち込めた。
後はお味方を持つのみ。
ほどなくして法螺貝が聞こえて来た。
聞き慣れた伊達家の法螺貝だ。
上流からだ。
するとそれに合わせるように下流からも法螺貝。
これに鈴木家の衆や、津田家の衆が勢いづいた。
「「「お味方だ」」」
隣に並ぶ景康が元信に言う。
「間に合いましたな」
「これで取り敢えずお役目の一つは熟せた。
さて、これからどうする」
「相手方の出方しだいですな」
上流方向と下流方向で戦気が膨れ上がった。
法螺貝に続いて陣太鼓。
鬨の声や雄叫びも聞こえて来た。
そして一斉に轟く射撃音。
目の前の一揆勢に変化。
こちらへの攻撃を停止し、退いて行く。
ある程度の距離を置いて、再びの部隊再編。
三つに分かれた。
一つは上流方向へ駆けて行く。
もう一つは下流方向へ。
最後の一つはその場に留まった。
こちらへの備えだろう。
盾を並べ、穂先を向けて来た。
それを見て元信は景康を振り向いた。
「簡単には抜けそうもないな」
「まあ、当然の構えでしょう」
「しばらく様子見か」
「端々の者達も疲れているでしょう。
様子見かたがた、手当てと飯にしますか」
元信は配下の者達を見回した。
誰もが泥と血に塗れていた。
その者達に声を掛けた。
「交代で手当てと飯だ。
その前に泥や血を洗い流せ。
水だけはたっぷりある」
近くを流れる、せせらぎを指し示した。




