(慶長の伊達家騒動)8
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翌早朝から一揆勢が対岸に集まり始めた。
数はそれほど多くはない。
関所に寝泊りした者達だろう。
彼等は槍や盾を肩に担いでいた。
しかし、直ぐには渡河して来ない。
盾を並べてこちらを警戒していた。
時と共に人数が増して行くと、浅瀬を探し始めた。
自然、上流や下流にも広がって行く。
鉄砲や弓を担いだ者達が目立ち始めると、
そんな者達に大きな声で指示が飛んだ。
「鉄砲と弓は盾の後ろに控えろ」
ある程度は熟れている奴なのだろう。
其奴がテキバキと指示を出し始めた。
鈴木元信は対岸から彼等を見ていた。
近習に愚痴った。
「鉄砲がやけに多いな。
土百姓の一揆とは思えん」
「潰された国衆や地侍衆の縁者も多いですから」
元信は盾の陰の鉄砲を睨み付けた。
「しかし鉄砲は厄介だな」
「どなたかが陰から援助されたようですから」
うちのお館様が、とは言わない。
風説によると、扇動するだけでなく資金援助もしていた。
その資金で鉄砲等が賄われたのだろう。
それが伊達家の者達の、今の共通認識であった。
「それは・・・な」
元信は対岸の一揆勢の多さに目を剥いた。
増える事はあっても、減る事がないのだ。
筆頭家老の指示書にあったように、
一万を超えそうな人数ではないか。
元信はここだけでなく上流下流にも部隊を配していた。
元々が無勢なので、それほど多くはない。
五百と五百。
その双方から使番が来た。
「上流には三千ほど」
「下流には三千ほど」
そして目の前には、どう少なく見ても五千ほど。
合算すると一万を超えていた。
元信は上流と下流に使番を戻した。
「予定通りだ。
本格的な交戦はしない。
応戦しながら後退する。
本陣までゆっくり下がれ」
一揆勢の多寡に関わらず、指示は当初のまま。
手元の兵力も五百。
筆頭家老の指示に基づいた新たな本陣には、これまた五百。
心許ないが、本当に、今更だ。
幸い、一揆勢には直ぐに渡河する気配がない。
遠目にだが、勢力別に持ち場を振り分けているようだ。
一塊になった連中が右に左に走って行く。
一揆勢には地縁血縁それぞれで纏まった一団が幾つも有り、
それらから不満が出ぬように図っているらしい。
武家もだが、一揆もそうだとは、実に世知辛い。
そうこうしている間に煮炊きが始まった。
目の前だけではない。
上流や下流でも。
人数を誇示するように広い範囲で白煙が上がった。
元信はそれを見て指示を出した。
「あちらに合わせるぞ。
こちらも交代で飯にしろ」
近習の一人が対岸を見ながら言う。
「もしかして朝駆けするつもりですかな」
白煙の多さから、翌日の腰兵糧も用意するのではないか、
と推測したのだろう。
「寝仕度も早いとなると、そうなるだろうな」
無勢のこちらは受け手、多勢のあちらは攻め手。
そう決め付けられても不思議ではなかった。
何故なら、多勢には選択肢が無数にあるというのに、
比べて無勢には無いも同然。
限られた戦力では、そもそも振り分ける余裕すらなかった。
しかし、元信は自暴自棄には陥らない。
頼みの綱があったからだ。
一本の太い綱。
筆頭家老、片倉景綱の策。
仮眠を取っていた元信の耳元で囁く声。
「敵が動きました」
側で近習が片膝ついていた。
ハッとして上半身を起こした。
辺りに漂う靄に気付いた。
「朝か」
「そろそろです」
朝陽は欠片もないが、朝靄のようだ。
耳を澄ませた。
何も聞こえない。
近習が説明した。
「渡河を始めました」
「朝靄は濃いのか」
「はい、狙撃には不向きです」
「まあ良い、当初の予定通りだ。
そう皆に伝達しろ」
元信は軍装のまま仮眠を取っていた。
立ち上がって身支度を整えると、
見張りを除いた全員が揃うのを待った。
鉄砲持ち、弓持ち、槍持ち、盾持ち、
彼等も軍装のまま仮眠をとっていた。
元々が小数なので集まるのに時間は掛からない。
「ここを放棄する。
盾持ちと鉄砲持ちが先に新しい本陣に向かえ。
静かにな。
弓持ちと槍持ちは我と共にな。
ちょっとだけ連中を歓迎してやろう」
元信は弓持ちと槍持ちを率いて、この小さな本陣から退いた。
後方の草地に身を潜めた。
一揆勢をジッと待った。
やがて軍装が擦れる物音が聞こえて来た。
藪を掻き分ける音も。
一揆勢らしい、としか言えない。
風が火縄の臭いを運んで来た。
不意に甲高い声。
「撃て」
一斉射撃。
二十丁近い。
合わせて駆け出す足音。
本陣に攻め込んだようだ。
叱咤する声と怒号。
「一人として逃すな」
「「「おー、伊達者を殺せ殺せ」」」
憎しみの深さが伝わって来た。
上流下流でも射撃音。
同時に襲撃が決行された様子。
元信は弓持ちに指示した。
「まずは曲射だ、三連射。
構え、・・・、放て」
弓持ち百弱が次々と上空へ放った。
勿論、放棄した本陣跡地へ。
朝靄の濃さで狙いはそもそも付けられない。
それでも慣れているので正確に跡地に届いたようだ。
悲鳴が上がった。
「「「ぎゃー、痛い」」」
「「「盾だ、盾持ちこっちへ来い」」」
「「「盾を上に翳せ、上だ」」」
その対応は間違っていない。
元信は新たな指示を出した。
「遠射だ、これも三連射。
適当に狙え」
狙いは付けられないが、
水平に射る事によって混乱が生み出せる。
元信は槍持ちを左右に配し、弓持ちの警護をさせていた。
その槍持ちの一人から報告が上がった。
「迂回して来る物音が聞こえます」
一揆勢も戦慣れしていた。
味方の被害より、こちらの排除を優先した。
方向さえ分かれば弓持ちの近射で応じても良いのだが、
元信は退く事を選択した。
これから長丁場なのだ。
損失は控えたい。
「よし、退くぞ、遅れるな」




