(慶長の伊達家騒動)7
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景綱は公儀の枠外にされたのは予期していなかったが、
これ以上の落ち度を見せなければ乗り切れる、と確信していた。
幸いこちらは一揆勃発の初期に一揆勢を掃討できた。
以来、その類すら一切起きていない。
それを踏まえた上で、公儀の鎮圧軍の動きを読み込んでいた。
彼等の本来の目的は、一揆鎮圧に名を借りて、
伊達領を実質占領すること。
幸いと言うべきか、お館様の初動が早かったお陰で、
領内の一揆は消滅した。
となれば公儀の鎮圧軍は黙って領内を通過するしかない。
北の一揆勢に当たるしかない。
それを裏切って、公然と伊達領を占領するのは、
流石に公儀でも無理筋。
あまりにも品がない。
しかし、押し寄せた一揆勢が一万を超えると知り、
目論みが潰えたのを自覚した。
弱卒揃いの一揆勢ではあるが、彼等は退かない。
数を頼んで踏み止まる。
極端な話、武家相手であれば大将を討ち取れば終わる。
ところが一揆は違う。
八岐大蛇のように頭が多いのだ。
頭の一人二人を討ち取っても動きは止められない。
根絶やしか、臆病風が吹くのを待つしかない。
景綱は思わず唇を噛んだ。
血の味。
皆をゆっくり見回して宮内右近で目を止めた。
何やら浮かぬ顔。
まだ何か言い足りぬのか。
「右近」
「おそれながら、佐竹の一部が一揆勢を追っております」
「岩城相馬を抜けて、ということか」
「そこまでは確認しておりません。
ただ、妙に気になるので二人を張り付けました」
「お主の勘か。
・・・。
追手の将は誰だ」
「旗指物は真壁家。
遠目にですが、隠居した真壁氏幹に似た者がおりました」
「おそらくそれは真壁氏幹当人だろう。
真壁家の今の当主は佐竹の陪臣として、
鎮圧軍に加わっておる筈だ。
・・・。
で、その真壁のどこが気にかかるのだ」
「一揆勢を追う態度です。
殲滅ではなく、こちらへ追い払うだけ、それは分かります。
ですが、何やら胸騒ぎがするのです」
右近は佐竹の行動そのものに疑義を抱えていた。
それで景綱は佐竹義重のこれまでの遣り口を思い返した。
彼には何度も煮え湯を飲まされた。
しかし、うちのお館様よりは一段は下。
佐竹は正面の敵、北条に備える必要があったとはいえ、
所詮は常陸一国で終わる才、のはず。
それでも今、その小賢しさは厄介だ。
受け手を間違えると大きな火傷を負う。
鈴木元信は川が見通せる所に本陣を敷いた。
川向こうの関所は放棄した。
こちらへ渡れる橋は打ち壊した。
上流と下流の橋も打ち壊させた。
一揆勢が到着する前に全て終わらせた。
後はここを死守し、味方が兵を集める時間を稼ぐのみ。
その為なら、我等がここで終わるのも仕方なきこと。
じっと関所方向を見据え、一揆勢の影を求めた。
ちらほらと、それらしき影が見え隠れした。
物見であろう。
一塊にならず、散開して、物陰に隠れながら前進して来た。
雑兵の集まりとは思うが、馬鹿には出来ない。
奴等の中には賦役で戦場を経験した者達や、
国人衆地侍衆に縁を持つ者も多い。
一揆勢の物見の様子から、本格的な渡河は今日明日ではない、
と推し量れた。
その訳は、一揆勢全てが寝泊りできる場所がない、に尽きた。
放棄した関所を占拠しても、寝泊りできる人数は限られていた。
五百名には満たないだろう。
となれば、近隣の村々や社寺に分宿するしかない。
今頃はその手配に追われている頃合い。
そして再び伊達領内に侵攻しようとすれば、
またまた手配に追われる。
大集団の移動には付き物の面倒臭さだ。
これが正規の軍勢であれば、その手に熟れた者が務める。
ところが一揆は違う。
まず指揮系統からして統一されてない。
その上での進退は混乱を招き、時間が掛かる。
元信は、相手の出方待ちの姿勢に鼻を鳴らした。
側の近習達を振り返り、愚痴った。
「連中、こちらへ来てくれるよな」
「当然です。
素通りすれば我等から背後を突かれます。
それくらいは連中も分かるでしょう」
そうなのだ。
一揆勢は我等を無視できない。
翌日、片倉景綱からの指示書が届いた。
彼は筆頭家老であって、お館様ではない。
身分は我等と同じ国衆。
しかし、無視は出来ない。
お館様がアレでは、彼にしか頼れない。
武力で劣っているとは思わないが、
政や戦の読みでは彼に一日の長があった。
間違いは少ない。
その間違いのほとんどはお館様絡み。
そこだけは残念な奴だ。
元信は、指示書を呼んで目を大きく見開いた。
なんと・・・。
再読して確認した。
前段で佐竹の目的が明確に書かれていた。
一揆勢を追って我が領内に入り、一角を刈り獲る。
中段では公儀鎮圧軍の目的も書かれていた。
一揆鎮圧を名目にした伊達家のお取り潰し。
伊達家は公儀の枠外とされたが、それでは終わらないそうだ。
後段でそれらに対する伊達家の戦術が事細かに記されていた。
元信は近習達の視線に気付いた。
半数が気ぜわしげな色をしていた。
それでも敢えて尋ねる者はいない。
ただ、待ちの姿勢。
元信は皆を見回した。
「済まぬが、予定が変わった。
一揆勢の渡河を阻止するのではなく、
こちらへ渡らせてから殲滅する。
一兵も残さない」
どよめく近習達。
「それは筆頭様からの」
「そうだ。
詳しくは話せないが、もっともな言い分なので、従う」
元信は後方の山並みを見遣った。
緑豊かな山々が連なっていた。
その最奥に目を凝らした。
石仏が並んでいるあたり。
そこは渓谷の入り口であった。
せせらぎに沿って細い道が奥へ続いているのだが、
元信自信は不案内であった。
そこで元信は近習達に尋ねた。
「あの奥へ入った事がある奴は居るか」




