(慶長の伊達家騒動)6
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騎乗の使番が片倉景綱に気付いて素早く下馬した。
駆け寄り、片膝ついて報告した。
「常陸の一揆勢が国境に押し寄せて参りました」
景綱は騎乗のまま、常陸方向を見遣った。
伊達家と佐竹家との間には、内陸部には上杉家があり、
海岸沿いには相馬家や岩城家がある。
一揆勢が来るということは、その何れかを突破した、と同義語。
それは有り得ない。
簡単な事ではない。
それに、到達する前に噂が先行する。
その噂すらなかった。
「当家との間にある上杉、相馬や岩城は」
「某の出立時には判明しておりませぬ」
景綱は常陸への出立を断念した。
この日を逃したのであれば時間切れ、とも判断した。
無念を押し殺し、大広間へ向かった。
近習に指示した。
「何れ皆様がお集まりになる。
その様に準備しておけ」
「お館様には」
「今はまだよい」
今日は出立の為に何一つ予定していなかったが、
国境からの使番の言葉が風より早く漏れ出すだろう。
そうなれば大広間は満席になる、と予感した。
城に詰めていた面々が集まり始めた。
大方は役付きで、それぞれ本来の仕事があるのだが、
それを放り出して来たらしい。
一人残らず深刻な色をしていた。
だからといって景綱を問い詰めるような阿保はいない。
状況の深刻さを理解しているのだろう。
皆が皆して、鈴木元信からの次報を待った。
半刻もせずに次報が来た。
使番が上気した顔で言う。
「一揆勢の数は不明ですが、物見の者が正面から見た所、
おおよそ五千は超えておるのでは、と。
鈴木元信の言葉を申し上げます。
・・・。
国境の関所を放棄し、背後の川沿いにて迎撃する。
手前の兵と関所の兵を合わせても千に満たず。
よって、勝手ではあるが、付近の地侍衆に声をかける。
村々からの雑兵を足せば二千は固いと思われる。
百姓衆の一揆であればこれで充分であろう、とのこと」
淡々としたもの。
泣き言はない。
思わず景綱は尋ねた。
「勝算は」
使番は首を横にした。
「関所からの橋だけでなく、上流下流の橋も落として、
一揆勢の足止めをするそうです。
・・・。
それでは、おさらばです。
某は戻ります」
挨拶もそこそこに使番は勢いよく踵を返した。
その勢いに景綱は言葉を失った。
死地へ向かう覚悟の者を止める術はない。
幾人かが腰を上げた。
助勢に向かうつもりなのだろう。
景綱は彼等を一喝した。
「鎮まれ、腰を落とせ」
「「「ご家老、鈴木殿を見殺しにはできません」」」
心情は理解できた。
しかし、安易に勝手することは許せない。
「個々に駆け付けて何とする。
・・・。
鈴木の馳走を無駄にするつもりか」
渋々ではあるが、彼等は腰を落とした。
張り詰めた空気の大広間に宮内右近が入って来た。
黒脛巾組の頭の一人で、今は景綱が使っていた。
右近は景綱に目配せした。
景綱は彼に歩み寄り、言葉をかけた。
「かくなる事態で常陸行きは断念した」
景綱は彼や彼の組を先に常陸に入れていた。
「であろうとは思いました」
「相済まぬ。
繋ぎの付けようがなかった」
出先の忍びに連絡を付けるのは至難の技。
「分かっております」
「急ぎ戻って疲れただろう。
向こうでお茶にでもするか」
景綱は歩きながら近習の一人に指示した。
「総登城の触れを出せ。
太鼓はなしだ。
悪戯に騒がせたくない。
お館様にもそのように」
景綱は右近を自分の執務室に連れて行った。
お館様の執務室より小さいが、働いている近習はこちらが多い。
家政全般を預かっているせいだ。
その一人にお茶を入れさせ、右近に勧めた。
「ゆっくり飲んでくれ。
皆が登城して来るのに時間がかかる」
「ありがたく頂きます」
景綱も飲み、心を落ち着けた。
事態が差し迫っていたが、今更だ。
すでに公儀の枠外。
これ以上の悪化はないだろう。
景綱は頃合いを見て右近に促した。
「見聞きした事を話してくれるか」
右近は頷いた。
「佐竹義重様は悪戯がお好きなようです」
「であろうな、あのお方は」
「佐竹領内に仕込みました手の者より聞き取ったことを、
某なりに組み立ててみました。
・・・。
彼の方は、領内の一揆勢を掃討するのではなく、
領民の被害が少なくなるように誘導なさっておいででした。
一揆勢が生き長らえるように為さっていた、としか思われません」
景綱は黙った。
もしかして、義重殿は一揆勢を飼っていたのか。
それを口にはしない。
近習達が手を止め、こちらの話を聞いていた。
右近の解釈に興味を覚えたらしい。
景綱は彼等を咎めない。
己一人では手に余る。
この執務室全員で当たった方が早道だろう。
聞かせる事にした。
「右近、余計な遠慮はいらぬぞ」
「彼の方は、公儀の鎮圧軍を迎えるに当たって、
一つの決断を為されました。
領内の一揆勢を一つに纏める。
そして、分裂させる」
「纏めて分裂とな」
「はい、分裂です。
実際に一揆勢は二つに割れました。
佐竹に恨みを持つ国人衆地侍衆の枝葉の者達が残り、
先の葛西大崎一揆に縁のある者達が北へ走りました。
つまりこちらにです」
景綱は耳を傾けながら右近を見た。
目立たぬ男だが、その彼なりの解釈は大いに頷けた。
「狙い通り分裂させた訳か」
「はい、前以って内部の者を抱き込んでいた、
そうとしか思われません」
「義重殿らしいな」
「常陸に残るのを選んだ者達は今」
「最後まで見ていないので、確とは分かりませんが、
今頃は首が晒されている頃合いかと」
義重殿らしい。
常陸を佐竹一色に染める機会を窺っていたのだろう。
「北へ走った者達は」
「海沿いに岩城相馬へ向かいました。
その一揆勢は両家との争いを避けました。
対する岩城相馬です。
迎撃の兵は一切出していません。
関所も無人にして、通過を許しました」
右近が一旦、言葉を切った。
景綱だけでなく、聞いていた近習衆をも見回した。
そして言う。
「一揆勢が岩城家相馬家の一揆勢を糾合し、仲間に加えました。
おそらく、国境に迫っている一揆勢は一万を超えているのでは、
そう危惧しております」
景綱は愕然とした。
一万を・・・。
伊達家で出せる兵は、精々が一万五千、無理しても二万。




