(慶長の伊達家騒動)10
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目視できなくても、戦の状況は読み取れた。
敵か味方かは知らぬが、射撃音や怒号が近付いて来た。
こちらに備えている一揆勢に動揺も見て取れた。
明らかにお味方が押していた。
鈴木元信は津田景康に尋ねた。
「筆頭家老からの書状には大将名が記されていなかった。
おそらく、その時は紛糾していたのだろう。
お主が出立する時にはどうなっていた」
景康は苦笑い。
「お館様が、自分も出る、そう仰ってな、揉めた揉めた」
「そうか、分かる気がする。
それでどうなった」
「最後にはお館様も皆に押し切られた。
名目ではお館様が大将だが、上流の指揮は留守殿、
下流は茂庭殿、それで決着となりもうした」
留守政景と茂庭綱元。
二人が采配を揮うと聞いて、何故か安心できた。
「それでお館様は今どこに」
「お城でござる」
「はて、岩出山城・・・」
「いかにも、いかにも。
要請があれば、後詰として駆け付ける手筈になって居り申す」
後詰め・・・。
本陣ではなく、その後方に控えている予備の兵力。
おそらく千にも届かないだろう。
あのお館様がそれを良く飲んだものだ。
否、飲んだというより、飲み込まされたのか。
日頃の信用の賜物・・・。
大雑把に言うと一万超の一揆勢を二万超の伊達軍が、
上流方面と下流方面から挟み撃ちしていた。
数からするとその差は一万。
伊達軍が二倍の兵力だが、圧倒的な差ではない。
一揆勢が一方へ備えを置き、残りでもう一方へ向かえば、
挟み撃ちは脆くも崩れる。
そうならないのは一揆勢の頭が複数あったからだ。
伊達軍はそれを理解して遮二無二に攻めた。
武家の戦の常識を無視して、力攻め一辺倒。
罠や誘いの一つや二つはあるだろう。
あったとしても、それも力で押し切るつもり、と見えた。
形勢は伊達軍優位に進んで行った。
上流方面からの敗走組が下流方面へ走って行く。
それと入れ替わるように下流方面からも敗走組が来た。
上流方面へ走って行く。
一揆勢は混乱の極みにいた。
これを覆すのは無理だろう。
遠くから女子供の悲鳴が聞こえて来た。
一揆勢に帯同していた家族に違いない。
それは一組や二組ではなかった。
大勢が故地を捨て、夫や血族と行動を共にしていた。
が、決して彼女等が表に出る事はなかった。
前衛と後衛に挟まれた位置で守られていた。
武家で言うところの本隊だ。
一揆勢本隊は本隊機能と家族の警護、二つを併せ持っていた。
本来は最も安全な位置なのだが、今はそうではなかった。
悲鳴は、伊達軍の攻撃に晒されている、ということ。
つまり、一揆勢敗北の証。
元信と景康は目を合わせない。
筆頭家老の書状に、一揆勢を撫で斬りする、と記されていたからだ。
一揆勢との戦では往々にしてあること。
今更、口に上らせる言葉はない。
遠目にだが、遂に伊達軍が目の前に現れた。
上流方面から。
お館様不在でも伊達家の幟が掲げられていた。
紺地に金丸。
幟だけでなく、軍装からして一揆勢とは違っていた。
黒と金、世上で評判の、伊達もの、であった。
それでもって、隊列を揃えて一揆勢を押して行く。
少し遅れて下流方面からも来た。
こちらの幟は白地に赤丸。
幟が違うだけで、軍装は同じであった。
優位を示すように、一揆勢を圧して行く。
片倉景綱は戦を後方から見ていた。
今回は感状を発行する側なので、手柄を立てるのを遠慮し、
戦場を駆け巡って戦の様子を具に記していた。
所謂、戦目付、ないしは軍監。
景綱の場合はその上の存在。
お館様代行。
勿論、景綱一人で出来る仕事ではない。
伊達家右筆のうちの武人肌の者達にその役を振り分け、
各所に走らせていた。
着到状と軍忠状だけでは、その働きぶりが分からないので、
戦ではこのような仕事が出来上がったのだ。
景綱が目の前の戦の様子を見て、それなりの見解を述べると、
付き従う右筆が筆を走らせた。
彼は余す事なく記して、時折、確認の質問をして来る。
的確な疑問は有り難い。
それは学びにも通じる。
こと細かく説明して、自分自身の理解度も確かめた。
形勢が伊達軍に傾くと景綱は物足りなさを感じた。
目の前の惨状は、軍略と言うより鷹狩に似たものでしかなかった。
しかし、それを口にするつもりはない。
大勢が命を落としたからだ。
主に一揆勢が、・・・。
そもそもの原因がこちらにあったので、苦々しさしか残らない。
景綱は右手の先に鈴木元信の旗指物や、
津田景康の旗指物を見つけた。
距離はあるが、途中に危うさはない。
伊達家の軍が掃討戦に移行していて、
一揆勢を追い落としていたからだ。
まるで赤子の手を捻るようなもの。
景綱は右筆に仕事を委ねて、そちらに馬を走らせた。
向こうもこちらに気付いた様子。
陣所前に足軽達を並べて出迎えた。
「鈴木殿、津田殿、お役目ご苦労で御座った。
お二人が一揆勢を引き付けてくれたこと、忘れぬ」
二人が笑顔で頭を下げた。
元信が代表して言う。
「いやいや、全ては筆頭殿の言に従ったまでのこと」
景康も言う。
「ですなあ」
景綱は二人の軍装を見た。
破れ、乱れ、汚れていた。
血の跡も。
「怪我は」
元信は足を見下ろした。
「銃創ですが、手当ては済ませました。
一ㇳ月もすれば塞がるそうです」
景康が肩を突き出した。
「こちらは矢傷です。
手当ては同じく済ませました」
景綱は付き従う近習を振り返った。
「傷には酒だ。
配下達にも必要だろう。
樽を幾つか調達して来い」
配下を目で追いながら、元信は尋ねた。
「撫で斬りとお聞きしました。
ところが、あちらでは武器を取り上げています。
あれは」
一揆勢を何組も追い込み、武装解除を行っていた。
「死体の後始末を優先させた。
味方は治療するが、一揆勢は・・・、捕えて仕事をさせる。
こちらに従う者は死体の処理だ。
埋めるのは大変だし、公儀軍も迫っている。
そこで一揆勢の死体は川に流す」
「川に」
景康が言う。
「なるほど、一万の死体を直ぐに埋めるのは無理ですね。
焼くのはもっと無理。
薪がたりない。
となると、川に流すしかない。
幸い、近くに川。
人手は一揆勢の捕虜」




