閑話 02 失ったものの大きさ
私の生まれた村は山間部にある小さな寒村だった。
何も無く貧しい村だったが家族と共に居られるだけで幸せだった。
七歳の時、国の役人と兵士が大勢訪れてここに砦を築くからと立ち退きを要求された。幼い私には何を言っているのか理解出来なかった。
「なんで?!何で私たちが出て行かなければならないの?!」
「お嬢ちゃん、これから戦争が始まるんだ。ここにこのまま居たら皆死んでしまうよ?国王様の御慈悲で住む所は用意して頂けるんだ、文句なんか言っちゃいけないよ」
「申し訳ありません!さあ帰るわよ、早く荷物を纏めないと置いて行かれるからね」
母は兵士に頭を下げて私の腕を掴んで家まで引き摺るように連れ帰った。
何で謝る必要が有るの?私は何も悪い事なんてしていない。悪いのはあいつ等で、出て行くのもあいつ等の方じゃないの?
私のささやかな幸せな日常は終わりを告げた。
三日後、私達家族を含めた村人達は住み慣れた土地を追われ、それぞれが割り当てられた別の地へと向かった。
移動を始めて三日目の夜。私は荷車の荷物の間で震えていた。両手で口を押え、声を出さないように。
怒号と悲鳴が、金属や木を打ち付ける音が聞こえる。何が起こっているのか解らない。目尻から涙が零れた。
「聞いてた通りだったな」
「ああ、ちょろいもんだぜ。碌な護衛も無しなんてよ」
「おい!お前等、さっさと金目のもん集めてとんずらすんぞ!」
「へ~い」
足音が近付いてくる。お父さん、お母さん・・・誰か助けて―――
「グアアァァァ!」
「なんだてめぇは!」
「良くもやりやがったな!!」
「悪党なんぞに名乗る名など無い!あの世で犯した罪を後悔するが良い!!」
誰?助けが来たの?お父さんは?お母さんは―――
助かったと、死の恐怖と極度の緊張から解放された私は気を失った。
暖かい・・・木の爆ぜる音が聞こえる―――
「・・・・・誰?」
気が付くと毛布に包まれて焚火の傍らに居た。そして、揺らめく炎の向こう側に黒い髪に無精髭の見知らぬ男性が座っていた。
「・・・・・済まなかった・・・私が来るのがもう少し早ければ君を一人にする事など無かったと言うのに・・・・・」
「あっ・・・ぅ・・・うあああぁぁぁぁ・・・・・」
彼の言葉で何が有ったのか全てを察した。父も、母も、友人も何もかも失ってしまったのだと。
一頻り泣いた後、彼の淹れてくれたお茶を飲みながら話をした。
彼は旅の武芸者で、世界を渡り歩き剣を中心とした武術の腕を磨いているのだそうだ。
「わ、私に剣を教えて下さい!!」
咄嗟に彼に教えを請い、頭を下げた私に彼は
「断る理由は無いけど、お勧めはしないよ。辛く厳しい道だからね」
と、困ったような顔をしながら、曖昧な返事を返してくれた。
翌日から私の新しい人生が始まった。街道脇に作られた両親と村人達のお墓に手を合わせ、残った荷物を整理して荷車に積んで彼と二人で引いて旅に出た。
「お父さん、お母さん・・・私、強くなるから!大切な人を守れる位に強くなるから見守っててね!!」
「皆さん、お嬢さんは私が責任もってお育てしますので安らかにお眠り下さい」
これが私と彼、師匠となった人との馴れ初めだ。私達は各地を回って武功を立て、アルバゴーン王国の窮地を救い、師匠は爵位を戴いた後に私に求婚した。
「長い事掛かってしまったが、漸く君に楽をさせてあげられる地位を手に入れた。良かったらこれからも私を支えて欲しい」
「師匠が望むのでしたら何なりと・・・・・」
ずっと好きだった。けど、師弟関係が崩れるのが怖くて口に出来なくて、でも、嬉しくて、恥ずかしくて、ずっと素っ気ない態度を続けてしまった。
彼の仕事が忙しかったせいも有る。伯爵として、王国軍の剣術指南として連日帰りが遅かった。今にしてみれば、剣術一筋だった彼が慣れない書類仕事や貴族との付き合いなんて真面に出来る訳が無かったのだ。もっと彼を労ってあげなければいけなかった。
子供が生まれても嬉しくなかった。私の中の愛情は彼以外に注がれる事は無く、子供の面倒よりも彼と共に戦場で剣を振るっている事の方が重要だった。
そんな日々も終わりを告げる。息子が十七歳の時、彼は病に倒れ、再び目を開ける事は無かった。
「・・・私の我儘で君を縛り付けてしまって済まなかった・・・これからは自由に生きて欲しい・・・・・愛しているよ・・・ヘルガ・・・・・」
「・・・・・ずっと素直になれなくて御免なさい・・・私も愛しているわ、アーサー」
死の直前まで素直になれなかった事を後悔した。失ってからでは遅いと言うのに、私は何も解っていなかった。
それからの私は何に対しても興味が持てず、彼と二人で旅をしたあの日々を懐かしんで国中を回り続けた。
各地で孤児を拾っては見込みのある子に剣術を教え、師匠の創った一閃流を正しく教え導いた。そのために王国軍の二代目総帥とは度々ぶつかったが、何も問題無かった。師匠の、彼の全てを受け継いだのは私だけなのだから。
長い、長い旅も終わりを告げる時が来たかもしれない。あの日、生まれた村で感じた理不尽さを全て吹き飛ばしてくれる人に出会えたから。
王都から北東へと向かう馬車の中で師匠から、アーサーから頂いた免許皆伝の証の剣を握り呟いた。
「漸く腰を落ち着けそうな場所が見つかりそうよ・・・これから起こる事を貴方も一緒に見届けましょう、アーサー・・・・・」
そこに行けば、もう私が剣を振るう必要は無さそうだから―――
ここまで読んで頂き有難う御座います。




