閑話 01 これまでとこれから
私がこの世に生を受けて初めて感じたモノは‶闇〟だった。
どす黒く、深い負の想念。それが私を支配していた。
スベテヲクライツクセ―――
生まれたばかりの私にはそれが何なのかも解らず、従う事しか出来なかった。
クウフクヲミタスノダ―――
喰らった者達の思念が私に齎した様々な感情の中には明るく柔らかな、優しいモノも有ったけれど、それ以上に深い闇が私を蝕んでいた。
その場から動く事が出来るようになった頃にはその感情の意味が解るようになった。だから私は‶闇〟に抗い眠り続けた。
味の無い物を延々と食べさせられ、生き永らえさせられた。だがそれも後少しで終わりだ。私の身体の成長と共に‶闇〟の力の範囲も伸びたけれど、それももう長い間変わっていない。食べるモノが無くなれば、何れ私は‶闇〟と共に消え去る事が出来るだろう。
あと少し、もう少しで解放される―――
唯々その日を待ち続けた。全てを喰らい尽くす力なんて在って良い筈が無いと抗い続けた日々も終わる。
お父様、お母様、私ももう直ぐそちらに―――
声が聞こえた気がした。私を呼ぶ声と初めての感覚と共に力が湧いてきた。
なにこれ?おい・・・しい?
初めて感じた味覚に心が震え‶闇〟に呑まれそうになった。もっと食べたいと―――
「おはよう、お嬢さん。朝食は―――」
止めて、私はもう―――
「もっと美味しい物が沢山有るぞ~。目を覚ましたら好きなだけ、幾らでも食べさせてあげるんだけどなぁ~」
ダメ・・・私を誘惑しないで―――
「皆君が起きるのを待ってるよ。一緒にご飯を食べて外へ遊びに行こう」
待ってる?そんな訳ない。私は沢山の人に迷惑を―――
「外は雪が降ってて少し寒いけど、雪景色はとても綺麗だよ」
美味しい物、楽しい事、綺麗な物。この世界には様々な物が有ると、寝ていては味わえないと彼は私に語り続け、食べられ続けた。
この人は消えない?この人なら私を―――
「もう少しだ・・・もう少し待っててくれ。必ず救って見せるから」
そんな訳ない・・・きっとこの人は私の力を悪用しようと―――
悲しくて涙が零れた。ほんの僅かな可能性も、彼の善意すらも信じる事の出来ない自分に。
「いよいよか・・・・・」
「ああ・・・俺が消えたら後の事は任せた」
「解った、次は俺が行く」
彼の声がはっきりと聞こえる。ダメ・・・私のために犠牲にならないで―――
足音が近付いてくる。
「・・・こな・・・いで・・・・・」
声が出せる。手足も動かせるようになった。
「大丈夫・・・だ・・・直ぐに・・・そこに行ってやる・・・今までよくがんばったな・・・・・辛い事も、悲しい事も・・・全て終わらせてやるからな」
彼の苦しそうな声が聞こえた。逃げないと彼が―――
「グッ!おおああぁぁぁああぁぁぁ!!」
雄叫びを上げて彼はベッドへと飛び上がり―――
「ほら、大丈夫だったろ?・・・・・これからは俺が傍にいてやるから・・・もう、何も・・・何も心配する必要はないんだ・・・・・」
全てを諦めていた私の心と体を優しく包んでくれた―――
その後は裸を見られた事と、みっともなく泣き喚いてしまった事の恥ずかしさから幼子の振りをした。時機を見て打ち明けるつもりだったのだけれど、ブレッドとメアリーの優しさが心地よくて言い出せずにいた。
「その・・・セシリアの事を利用する形になるのが心苦しいんだけど、俺と結婚して欲しんだ。人族と魔族が争う事の無い国を創るために」
気まずそうに求婚してきたブレッドに私はこう答えた。
「べつにいいけど、メアリーは?ブレッドのおよめさんはメアリーだとおもってた」
ここ数日の二人を観察していて気が付いたの。メアリーにとってブレッドは掛け替えの無い人なんだって・・・私と同じように。
「あ~・・・その~・・・メアリーともう一人、ミレーヌも一緒に結婚する事になるんだけど・・・だめ、かな?」
一度に三人も?!って驚いたけど私の答えは決まっていた。
「メアリーもいっしょならいいよ。ミレーヌのことはよくしらないけど、私・・・ブレッドのこと・・・すきだし・・・・・」
こうして六人での生活が始まり、私にとってメアリーはお母さん、ミレーヌはお姉さんのような存在になった。
私の中の‶闇〟は飢えを満たして消えた。世界を滅ぼす‶力〟をだけを残して。
毎日が楽しくて、嬉しくて、とても幸せで、全てがブレッドのお陰で・・・・・
だから彼の夢のためなら何でもすると決めたの。喩えそれが私の力を使う事になっても。
「・・・・・済まない皆・・・今は他に気を割く余裕が無い・・・暫くの間元の姿に戻るけど、食事だけは出せるようにしとくから心配しないでくれ・・・・・」
今がその時。母から受け継いだ真祖としての力を使い霧化して彼の元へ向かった・・・彼には人殺しになんてなって欲しくなかったから。
でも結局は彼を本気にさせてしまった。本気になった彼はとても強くて、誰一人殺す事無く戦を収めてしまった。私が行く必要んてなかった・・・なのに―――
「ごめんセシリア・・・俺が不甲斐無いせいでお前に力を使わせてしまった・・・・・」
と、皆の待つ家に帰ってから本当に申し訳なさそうな、今にも泣きそうな顔で謝られてしまった。
「そんな顔しないで・・・私が勝手にやった事だし、女王として貴方の力になりたかったの。だから謝るのは私の方。御免なさいブレッド」
「そうだな・・・俺達夫婦だもんな・・・俺が間違っていたり、足りない所が有ればこれからも力になってくれるか?」
「勿論!」
そう言って彼の胸に飛び込んだ私を、彼は優しく抱き留めてくれて笑顔で頭を撫でてくれた。
その後皆に子供の振りをしていた事を謝り、私の持つ真祖としての力も話した。ブレッドも、メアリーも、ミレーヌも怒る事なく受け入れてくれて嬉しかった。
翌日。ブレッドの転移の力で村に残っていた全ての人と共にゼルゲルへと移動した。新しい町、新しい家での生活が始まる。ブレッドの創る新しい国での生活が。
ここまで読んで頂き有難う御座います。




