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12.変事

 それからアメリア様とダッドリーとパスカルと合流した私たちは王宮を後にした。

 王都の中心にあるボールネ公爵邸に帰る馬車に揺られながら、誰も口を利かなかった。


 馬車の中には3人。

 私とアメリア様と、ハリー。

 ダッドリーとパスカルが馬車の外を並走して護っていた。

 

 グリードは騎士団長への報告が残っているということで、あとからダッドリー達と交代するんだとハリーが教えてくれた。


「フリードリヒ殿下」

 先に口を開いたのはアメリア様だった。馬車の小窓のふちに肘を置いたまま、何かを考えていたアメリア様がふと口を開いた。

 アメリア嬢は居住まいを正すと、まっすぐにハリーの顔を見つめた。


 ハリーも物憂げに顔を上げてアメリア様を見る。

 

「もしやナスカのドレスは、王妃陛下が……?」

 アメリア様の問いかけに、ハリーはアメリア様を一瞥すると目を逸らした。

 それから一つ、ため息を吐いた。目を伏せたまま何かを考えるように逡巡してから、口を開いた。


「そうだ。そのドレスを準備したのは母上だよ」

「やはり、そうだったのですね」

 ハリーの答えに、アメリア様がハリーから目を逸らした。


 二人のやり取りに、え? と顔を上げたのは私の方だった。二人を交互に見まわしてから、おもむろにハリーを見る。ハリーは私の視線に気がついて、あーあ、といったように空を仰ぐ。ハリーの金髪がさらりと流れた。

「どういうこと?」

 これは、ハリーが贈ってくれたドレスではないの?

 王妃様がこのドレスを……?

ドレスの襟にそっと触れる。私のその様子を見ていたハリーは困ったように小さく微笑んだ。


「僕が贈ったってことにしておきたかったところだけど。アメリア嬢の言う通りナスカの今日着ているドレスは、王妃陛下が誂えたものだ。まあ、王妃自ら贈るわけにはいかないからね。だから、僕の名で贈らせてもらった。もちろん、母上の申し出がなければ、僕から贈ろうとは思っていたしね。

 それに、ドレスに合わせたアクセサリーはナスカに合うものをちゃんと準備させたよ」

 それからため息交じりに俯くと、両ひざに肘をついて額を押さえた。

 

「だから母上は、ナスカのことを認めてくれていると思っていたんだ。

 ――先ほどまではね」

「むしろ、王妃陛下が認めていらっしゃらないのは、わたくしの方――ですね」

 そういうと、ハリーの顔を見る。


 情けないものね、とアメリア様はその長いまつげを伏せた。

 どういうことなのかと、二人のやり取りが分からない私にアメリア様が悲しそうに笑う。


「ナスカの着ていたドレスにボールネのホルネ織をふんだんに使われたのは、ボールネに敬意を示すということになるの。もしもボールネに敵対する意図があるなら、レースの産地を持つホルネ以外の産地のレースを使ったものにするわ。

 私はそれに気がついて、あの場が上手くいくように取り計らわなければいけなかったの。あなたが私をその衣装で立てているように、私もあなたを立てなければならない、ということなのよ」


 また馬車内に沈黙が訪れた。

 アメリア様が言っていることが私にはわからなくて、何度も言葉を反芻する。


「フリードリヒ殿下があなたにドレスを贈っていることなんて、容易に想像できたことだわ。私はその可能性を読まねばならなかった」

 アメリア様は私を見てそう言うと、すぐにハリーを見た。

「そういうことなのですよね?」

 アメリア様は微笑んでいるのに、その口端が震えていた。


 だって王妃様は私のことを庶民だから、上流階級には合わないとおっしゃっていた。

 私達二人とも課題が多いって、あれはいったいどういう意味なのだろう。


「アメリア嬢、母上は君を認めていないんじゃない」

ハリーがため息を吐いた。

「むしろあなたに非はないだろう? 母上はアメリア嬢をアーノルドに譲れと言っているんだ。あなたを悪いようにはしない、だから僕の婚約からは引きなさいと。それが母上からのメッセージだったんだ。今回のこと、さぞ母上はお悦びだろうね」

 口の端を持ち上げて、わざと作った笑顔でハリーが肩をすくめて言った。


「僕がナスカを妃に迎えたいなんて言い出して、一番困るのは誰だと思う?」

 ハリーの問いかけに、アメリア様が目を伏せた。

「――わが父ということですね」


「どういうこと?」

 二人のやり取りについていけず、またも口をはさんでしまった。やっぱり私には上流階級の人たちの考えていることがよくわからない。


「僕とアーノルドは王妃陛下から産まれた同腹の王子なんだ。いわばどちらが王位を継いでも血筋的には全く問題がない。それぞれの王子には後見人がいて、僕にはアメリア嬢の父君のボールネ公爵が後見となっている。で、アーノルドの後見はブランケル伯。覚えてる? あのお茶会で君に話しかけてきた、セシリア嬢、あの方の父上だよ。

 ボールネ公爵は保守派。ブランケル伯は革新派。

 僕たちのどちらが王位に就くかで王宮内の勢力が変わるんだ。だから対立している」

 ハリーが分かりやすく私に教えてくれた。


 主だった貴族の家名は授業で教わったから覚えている。ボールネ公領は北、ブランケル伯領は南に位置している。なるほど、もしも王位継承争いが起きたら、この国は南北に真っ二つに分かれるということなんだ。

 だったら、なおさらハリーの意図が読めない。


「そして、母上は昔からアーノルドに甘い。あいつの我儘を全部許してきたんだ。だから、アメリア嬢をアーノルドに引き合わせて、二人が上手くいけば、王位はアーノルドに転がり込む。僕は廃嫡まっしぐら――そういうことなんだよ」

 肩をすくめてため息交じりに言うハリーに、言葉を失った。


「ハリー、ちょっと待って! じゃあ何でなおさら私を妃に迎えるとか馬鹿なことを言い出したのよ!?」

 ハリーの後見人がアメリア様のお父さんなら、そのままアメリア嬢を王太子妃にしていれば、何の問題もなかったはずだ。


 すると、ハリーの顔がゆるゆると悲しそうに歪んだ。


「――ここでその話を蒸し返すのはやめておこうか」

 ハリーの視線が一瞬アメリア様の方を向いた。それから空を仰ぐと、ため息を吐いた。


 重苦しい雰囲気の馬車内に、異変が起きたのはその直後だった。

 

 馬車がガクンと大きく揺れた。


「な、何!?」

 突然の揺れに驚いていると、馬の足音がどんどん早くなっていっている気がした。

「ねえ、ハリー!? この馬車、なんか変!」

 ハリーの方へ身を乗り出そうとしたときに、大きく揺れて、後ろに引き戻された。

「ナスカ!」

 ハリーが慌てて私の体を引き寄せる。

「囲まれているね」

 妙に落ち着いた声だった。


 ドドドとなだれ込むような馬の足音は今まで並走していた二人の馬の規則正しい足音とは全く異質だった。

 複数の馬の足音がして、ハリーの言うようにこの馬車は囲まれているようだった。

 

 馬車を護っているはずのダッドリーとパスカルの「何者だ!?」という声が聞こえた。

争うような声が聞こえてから、どうッと大きな音が立って、アメリア様が小さく叫んで耳を塞いだ。


「何が――!?」

 何が起きたのだろうか、小窓を覗くと、後方に倒れている馬が見えた。あの白馬はダッドリーの乗っていた馬だ。

 いつの間にかこの馬車は黒いマントをすっぽりとかぶった人たちに囲まれていた。

 

「――やはり動き出したか」

 ハリーは座ったまま、妙に落ち着いたまま一言呟いた。

その言葉に、ただ事ではない何かが起きていることだけは、わかった。


 馬車はどんどん加速して、車内はとてつもなく揺れている。

 複数の足音は馬車を揺らすでもなく、飛び掛かってくるわけでもなく、囲んだまま並走している。


 ――どこかに、連れていかれている?

 

 揺れる馬車にアメリア様の体が車体にぶつかって、小さい悲鳴を上げた。

「アメリア様!」

 とっさに身を乗り出して、アメリア様が座っている座席の方へ移った。アメリア様の体を庇う様に肩を抱くと、アメリア様はほっとしたように私の顔を見て、ほつれた髪を押さえた。

「どこに向かっているのかしら」

 呟いたアメリア様の言葉に、ハリーが小窓を覗く。


「王都の門を抜けている。加速したまま門を突破したようだ」

 王都から郊外へ出る関所は開かれている。この馬車は王太子の紋が入っているから、そのまま抜けられたのだろう。

 もしかしたら、異変に気がついた警備隊が追いかけてくれているかもしれない。追いかけていなくても、王太子宮の馬車が黒いマントの男たちに囲まれていたら、おかしいと気がついてくれているかもしれない。


 そのまま街道を、速度を上げた馬車は走り続ける。

 時折小さな悲鳴が聞こえてきた。きっとのんびりと走っている辻馬車を追い越したのだろう。


 速度を上げたまま走り続けて、馬車が大きく揺れて、きしむような音が聞こえてきた。

 この速度に車体が耐えられなくなったのかもしれない。


「この馬車、どこへ向かっているの?」

 恐る恐るハリーに尋ねると、ハリーも困ったような顔をして肩をすくめてみせる。


「僕たちを拉致して、どこかで始末する気だろうね」

 状況に不似合いなほどのんびりとした声で、ハリーが言った。


「狙いは僕だ――」

 ハリーがそう言いかけた途端に、大きな音が響いて、車体が大きく傾いた。


 体が地面に打ち付けられて、痛みが走った。

 衝撃で馬車の扉が外れて、私たちはそこから這い出るように外に出た。はじめに外に出たハリーが私とアメリア様を引き上げてくれた。

 片側の車輪が一つ無くなって、残った車輪がカラカラと回っている。ひしゃげた車体に馬車が横転したんだと分かった。

 投げ出された馭者が倒れていて、横に倒れた馬が体を起こせずに嘶いていた。

 私とアメリア様は横転した馬車の横にぺたりと座り込む。


「アメリア様! 大丈夫ですか?」

 我に返って、アメリア様の肩を掴んで呼び掛けるとアメリア様はゆっくりと頷いた。


「二人とも、けがはないか?」

 ハリーに問いかけられ、二人で頷いた。

「よかった」

 ほっとしたように微笑んだハリーはすぐにその表情を変えた。

「二人はここから、動かないで」

 ぽんと私の肩を叩くと、ハリーが立ち上がる。

 近づいてきた馬の足音が止まり、ざっと布が擦れる音が聞こえてきた。


 すぐに私たちの前に立ちふさがると、腰に佩いていた剣を鞘から抜き、近づいてくる男たちから庇う様に剣を構えていた。

 

「……誰の差し金だ?」

 まず口を開いたのは、ハリーだった。


「雇い主の名前を言うやつはいねえなあ」

 黒づくめの男は、6人。

 そのうちの一人が肩に大剣を担ぎながら、笑って半歩前に出てハリーを挑発する。

「もっともだね」

 それに乗るように、明るい声でハリーが返す。それにイラついた男たちは、ちっと舌打ちをした。


「ごろつきかぁ」

 ハリーが退屈そうに言う。

「僕を殺すつもりなら、騎士でも連れてくることだな」


「は!? そんなことを言ってられるのも、今のうちだけだ!」

 ハリーの挑発に、男たちはまんまと乗ってきた。

 男は二度目の舌打ちすると、ハリーに飛び掛からんばかりの勢いで向かってきた。


「ハリー!!」

 叫ぶ私に、ハリーは一瞬振り返って――笑った。


 え? 


ハリーが向きを変えると同時に、白刃に光が当たってほんの一瞬光った。しゃっと何かを擦るような音がしたと思ったら、叫び声が聞こえた。


「うわあ!!」

目の前で男が倒れた。ハリーが振り下ろした剣についた血が地面にぽたりと垂れる。すぐに構えなおすと、ハリーは動いた。


 早い。

 何が起きているのか、わからなかった。瞬きもできないうちに、男たちが悲鳴を上げてその場に倒れていた。

 二人、三人倒れた時点で、後方の二人が「うわあ!」と叫んで、踵を返して逃げようとした。


「逃がすわけないだろう?」

 ハリーの声がのんびりと響き、それとは対照的に男がギャッという悲鳴とともに倒れる。ハリーが剣を振った途端に、人が倒れていった。

 最後の一人になって、男は腰を抜かしてその場にしゃがみこんだ。それでもずるずると逃げようとしている。ハリーはゆっくりと近づくと、男に向かって剣を構えた。


「ぎゃああ!」

 男は叫んで動きを止めた。男の顔の横には剣が突き刺さっていた。ハリーがその剣に力を込める。剣がズッと沈んだ瞬間に「ひ!」と小さく男が悲鳴を上げる。

 頬が一すじ切れて、血が流れた。


「お前の雇い主は、誰だ?」

 ハリーの声音はぞっとするほど冷たかった。そのままの姿勢で男に尋ねる。男はふるふると視線を揺らしていた。


「ハリー!」

 だめ! 

 思わず叫んでいた。

「もう……」

 男は完全に戦意喪失していた。カタカタと震えて、頬の横の剣を見ている。それが抜かれた瞬間が自分の最後だと――震えていた。


 殺してはいけない。

 とっさにそう思って、這うようにしてから立ち上がるとハリーの側に駆け寄って腕に縋っていた。その顔を見て首を横に振ると、ハリーがため息を吐いた。


 すっと剣を抜くと、ハリーが鞘に剣を戻した。

 男が素早く立ち上がろうとする。


「剣技以外も得意なんだよね」

 ハリーはそういうと立ち上がった男の顔を裏拳で叩いた。男はぶっと息を詰まらせると鼻を押さえて呻いた。

「これ以上悪いことは考えない方がいい」

 そう言うと、顎をしゃくって、もう行けとハリーが男に促した。


「ナスカは、甘いな」

 男の後姿を見送ってから、ふうっとハリーがため息を吐く。さっきまでの鋭い眼がいつもの優しいハリーの顔に戻っていた。

 まるで当たり前のように剣をふるっているハリーの姿に自分の手が震えていた。

 人が切られるのを見るのは、初めてだった。


 後ろには、腰を抜かしてしゃがみこんでいるアメリア様がいる。真っ青な顔をして今にも卒倒してしまいそうだった。

 突然の出来事に頭が追いつかない。


「あいつを逃がしたら、僕たちが生きているってことがばれちゃうよ」

「――」

 ハリーは風になびいた髪を整えると、腰に腕を当てる。周囲を見渡す。ふと気がついたように顎に手を当ててから逡巡していた。

「――パスカルが、来るな」

 ぽつりとそう呟いた。


「ナスカ、アメリア嬢。ここにいては危険だ。ひとまず、森の中に隠れよう」

 ハリーは街道の横に広がる森を指した。


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