第伍話 クロエと嘘
第伍話-クロエと嘘
次の日、僕は身体検査を受けるべく、指定された場所に向かった。
もちろん、ボディガードの二人も一緒だ。
ビルディングNo.6。そう書かれた白い大きな建物は医療施設を思わせる佇まいであった。僕たちは中に入り、ロビーでとある人物を待っていた。
「あなたがキョウヤ君ね?」
そう僕に話しかけたのは、後ろに束ねられたブロンドへアが美しい、眼鏡の女性だった。
「そうです。」
「よかったわ。私はクロエ・スタンフォード。連邦の研究チーム、E-BRAINの研究員で今日からあなたの心理カウンセラーです。よろしくね。」
E-BRAIN、父さんが働いていた研究所だ。
もしかしたら彼女は父さんのことを何か知っているかもしれない、とも思ったが、あえて何も聞かずに「よろしくお願いします」とだけ答えた。
「実は今日学会があってね、ここ人手が足りないのよ。だから身体検査の方も私が案内するわね。」
「なにもこんな忙しい時にしなくてもいいんじゃないの~?」
と、アオイが言う。
「そうなのだけれど、キョウヤ君のスケジュール的に今日の方がいいかと思ってね。」
「うーんまあ、キョウヤの負担を考えたらそうね…。」
「それじゃあ行きましょう。まずはレントゲンからね、こっちよ。」
その後、僕は色々な検査を数時間にわたって受けた。その間、アオイとユカリにも付き添われ、ずっと検査を見られていたので少し気恥ずかしい気分になった。アンドロイドだとわかっていても彼女らにはちゃんと感情があるし、何よりも同じ年ごろの女子の外見のせいで何かと意識してしまう。これならいっそ男型ばかりのボディガードを付けてくれた方がまだ気が楽だというのに。
「はあ…。」
「お疲れみたいねぇ。」
アオイは他人事かのように僕にそう言った。
「ああ。」
「キョウヤ、大丈夫?身体検査は今ので終わった。クロエがあちらの部屋でカウンセリングをすると言っている。私たちは入れないから外で待っている。いってらっしゃい、キョウヤ。」
と、ユカリが教えてくれたので僕はそこへ向かった。
やっと検査と彼女らから解放され、少し気が楽になった。
「失礼します。」
中は普通の診察室のようだったが、棚には色々なミニチュアなフィギュアやおもちゃが並べられていたり、ぬいぐるみが置いてあったり、なんだか不思議な空間であった。
「どうぞ、そこのソファに腰かけてね。」
僕は言われた通りの真っ白なソファに腰を下ろした。そのソファはふかふかしていて、座っているだけなのに何か優しいものに包まれたような感覚になり、心が落ち着いた。
「検査、長かったわね、結構疲れたでしょう。お疲れ様。」
「少し…。でも大丈夫です。」
「そう。楽にして聞いてね。まずは…、キョウヤ君は今何か気なっていることや困っていることはある?あ…、今のこの境遇でそんなこと言われてもって感じかしら。」
レンズ越しにクロエさんのサファイアのような透き通った瞳にじっと見つめられ、吸い込まれそうになる。クロエさんの優しい雰囲気とその外見の不思議な魅力に僕は、この人になら何を話してもいいような気がした。
「そうですね…正直不安なことばかりですが、悩んでても仕方ないなと諦めています。」
「そうよね。急にこんな特殊な環境に身を置かれて、不安にならないはずないわよね。だけど、悩みと不安は隣同士。話せることであれば何でも私に言って欲しいわ。あなたの力になりたいの。」
「あ…ありがとうございます。あの、変なこと聞いてもいいですか?」
「変なこと?何かわからないけど、なんでも聞いてね。」
この際、クロエさんが知っているかどうかなんて置いておいて、なんでも聞いてしまおう。その方が気が楽だ。
「あの…何故、ボディガードのアンドロイドは二人とも女の子なんですか?その…ずっと一緒にいるのに、ちょっと気疲れするというか…。周りからも変に思われたりしたら嫌だし…。」
「あぁ、そうね…。話さないでおこうと思ってたけど、やっぱり話すわね。」
「え?」
「私は、ブレインの心理学研究者であると共に、アンドロイド開発のチームの一員でもあるの。実はアンドロイドの方が専門だったりするのだけれど…。だから、あなたのお父様のことも知っているわ。」
「そ、そうだったんですね。」
「あなたのお父様…、イザナギ博士の研究に私も数年とはいえ、関わらせて貰っていたのよ。それで…、さっきの質問だけれど、アオイやユカリはイザナギ博士がプログラミングされたこと、あなたも知っているわよね。」
そういえば、昨日アオイがそんな話をしていたような気がする。
「あ、聞きました。それじゃあ、やはり父さんが開発したからってことですか?」
「それもそうなのだけど、エージェントはなるべく女性の方がいいの。警戒されにくいこともあるし、潜入したりする場合、体もあまり大きくない方がいいという理由からね。キョウヤ君にとっても、男ばかりに囲まれるより女の子の方がいいかなって思ったのだけれど…もしかして裏目に出てしまったかしら。」
なるほど、そんな理由で。と僕も納得した。
「そうなんですね。いえ、もう大丈夫です!仕方ないことですもんね…。あ、そういえばあと一人、男型のボディガードが加わるって聞いていたんですが。いつ頃なんですか?」
ついでに気になっていたそのことについても聞いてみた。
「あぁ、あの子はまだ最終調整が終わってなくってね。もうすぐ終わりそうなのだけれど、このように、学会と重なってしまってね…、こちらも人手が足りなくって。ごめんさないね。駄目ね、キョウヤ君には迷惑かけてばかりね…。少しでもキョウヤ君が普段通りに生活できるよう、こちらも色々と努力してるつもりなのだけど。」
「なるほど。いえ、大丈夫です。ありがとうございます。」
「キョウヤ君…。」
クロエさんは何か僕に対して思っていることがあるのだろうか。僕の名前をそっと呟いた。
「なんですか?」
「あっ、えっとね…これからなんだけど、2週に一度ここへ来てカウンセリングと簡単な健康チェックをさせてほしいの。日時などはその都度連絡するわ。」
「わかりました。でもそんなにしなくても僕は大丈夫だと思いますけど。」
「念のためね。それに、これは一部、私の研究でもあるの。感情型アンドロイドと共に暮らすことで人にどのような影響を及ぼすのかの研究なのだけれど、あなただけにしかお願いできないこと、協力してくれるかしら。」
「なるほど、それなら協力します!」
クロエさんに頼られている感じがして少し嬉しい。
「ふふ、ありがとう。では今日は疲れたでしょうし、これまでとしましょう。また連絡します。キョウヤ君、お疲れさまでした。」
「はい。さようなら。」
僕は部屋に入って来た時よりも少しだけだが、気分が軽くなったのを感じながらその部屋を後にした。
・
・
・
「いい子ね…。でも彼、我慢する癖がついてしまっているわね。」
「そうかもしれないわね。彼のケアは任せるわよ。でもクロエ、アンドロイドチームにいたことは言わないはずじゃなかったの?」
「レイコ。言っていい情報は言ってあげるべきよ。そうじゃないと変に怪しまれるかもしれないし、彼が騙されたと思って信用を失うかもしれないのよ。」
「あなたこそ、嘘をついて。バレた時には幻滅されるわよ。」
「あぁ、あれは一種の心理的作用を利用したものよ。バレた時のリスクは多少あるけども。そんなことより、こんなところで立ち聞きされてたって知った方がショックなんじゃない?彼。」
「今回だけよ!保護者としてね!あなたが彼相手にどう出るか気になっただけ。」
「ふふ、大丈夫よレイコ。私に任せて。」
「えぇ、本当に頼んだわよ。」
「レイコ、保護者も程々にね。それと…、これは親友としてではなく研究員としてだけれど。ブレインに対してあまり変な詮索はしないように。」
「…ご忠告ありがと。また来るわ。」
「えぇ、またね。」




