第参章「悔」
驚愕で、数瞬の間孝太郎は微動だにすることが出来ないまま渡部へ視線を固めていた。
事件のことだけならまだしも、学校の関係者でも、警察の関係者でもないハズの彼女が、殺された生徒の人数と所属するクラスを知っているのだろうか。それ程詳しくは報道されていないハズの事件の詳細を知っているということは、被害者の遺族か学校関係者、もしくは警察の関係者なのだろうが、彼女はそのどれとも違うように感じる。警察であるなら名乗る際に証明するハズだし、何より、あんな悪戯と勘違いされかねない電話をしてくるわけがない。殺害された女子生徒二人の苗字と、渡部という苗字が一致しないため、遺族である可能性も低い。親戚という線もあるが、何故あんな不可解な方法で孝太郎だけを呼び出したのかがどうにも理解出来ない。
彼女についてわかることは、現時点では一切ないと言っても過言ではなかった。
「何故……それを……」
困惑に彩られた孝太郎とは対照的な、落ち着いた様子で渡部は後で説明するわ、と言った後、机の傍まできた店員に紅茶を注文し、一息吐いた。
「先にこちらから質問しても良いかしら?」
戸惑いを隠せぬまま、はい、とだけ孝太郎が答えたのを確認すると、渡部はゆっくりと口を開いた。
「今から八年前、二度連続して起きた、高校生連続惨殺事件について――知っているかしら?」
「高校生……連続惨殺事件……?」
聞き覚えのないその言葉に、孝太郎は首を傾げた。
「知らないのも当然ね……。もう、八年も前の事件だもの」
そう言って渡部が嘆息したのと、店員が注文した紅茶を運んできたのはほとんど同時だった。
渡部は店員へ一言礼を言うと、机の上に置かれた紅茶を一口だけ飲み、もう一度嘆息した。
「八年前、とある高校の生徒が何者かによって惨殺された……。殺害方法は極めて残忍かつ不可解。被害者は腹部を切り裂かれ、身体の中の臓器を全て犯人によって持ち去られていた……」
ガタン。と、孝太郎は思わず勢いよく机を両手で叩いた。
その音に、店内にいた客達が孝太郎へ怪訝そうな表情を向けたが、すぐに興味がなさそうに孝太郎から視線を逸らした。痴話喧嘩だとでも思ったのだろう。
「それって……!」
コクリと、渡部は頷いた。
「ええ、貴方のクラスの生徒が被害にあった事件と酷似している」
酷似どころの話ではない、渡部の話す八年前の事件と、先日起こった事件は全く同じものだと言っても良い程だった。
「とある高校の、とあるクラスの生徒が出席番号順に惨殺されていく……。私は、八年前に起きた、一度目の事件の生き残りよ」
「生き残り……?」
渡部の言葉を繰り返す孝太郎に、渡部はコクリと頷いた。
「ええ、Z県で起きた高校生連続惨殺事件。私は、その事件に遭ったクラスの中の唯一の生き残り……。まあ、今そのことは別にいいわ。それよりも、今回の事件と八年前の事件、何か関係していると思わないかしら?」
渡部が過去の事件の生き残りである、という事実に孝太郎が驚く間も与えず、渡部は孝太郎へ問いかけた。
「え、あ……」
喉元まで出かかっていた驚きを示す言葉を、急に押し止めることになってしまったせいか、孝太郎はまともに答えることが出来ず、言葉にならない声を上げた。
そのことを察したのか、渡部は間を置き、紅茶を口にする。
「……確かにそっくりです。しかし、今回の事件は出席番号順ではありません」
その否定が何の意味もなさないことを、孝太郎は自覚している。しかしそれでもそれを口にしたのは、孝太郎は心のどこかで「自分の受け持つクラスが、何か大変な事件に巻き込まれているわけがない」と信じていたかったからなのかも知れない。
渡部は紅茶をコースターの上へ戻すと、孝太郎に対して静かに首を左右に振った。
「それは八年前と犯人が違うだけよ。注目するべきなのは――その殺害方法」
腹部を裂き、中の臓器を丸ごと奪い去っていく猟奇的な殺害方法。出席番号順、という部分は違えど、その殺害方法は八年前も今も全く同じ……。
八年前と同じ狂気は、今もどこかに存在する。
まるで連鎖しているかの如く。
「まあ良いわ。今日は挨拶したかっただけだし……」
紅茶を飲み干し、再びコースターの上へ戻すと、紅茶の料金を机の上に置いて渡部はゆっくりと席を立った。
「また明日、同じ時間にここで会いましょう。連れて行きたい場所があるの」
「連れて行きたい……場所?」
孝太郎の問いには答えず、渡部はその場を後にした。
八年前、Z県で起きた猟奇殺人事件。とあるクラスの生徒が、出席番号順に連続で殺されている。殺害方法は極めて残忍で、被害者の腹部を引き裂き、中の臓器を根こそぎ持っていくというもの……。その事件の半年後、隣県で同じ事件が起きており、こちらも殺害方法、順番ともに同様である。
この二つの事件は既に解決しているようだが、詳しいことはこれ以上見つけ出すことが出来なかった。何分八年も前の、それも既に解決してしまっている事件のことだ。あまり報道もされていなかったようで、大きな話題になっていた様子もない。
この件について、孝太郎は美香には話さなかった。意味もなく彼女を不安にさせるわけにはいかないし、余計な心配をかけて彼女のお腹の中の赤ん坊に影響があってもまずい。
渡部が何者で、何故自分に対して事件のことを話したのかはわからないが、直感的に孝太郎は既にこの事件へ頭を突っ込んでしまっているのだと感じた。このことに、出産前の美香(後であっても同じことだが)を巻き込むわけにはいかない。
そして孝太郎が渡部から事件のことを聞かされた翌日、またも孝太郎のクラスの生徒が殺害された。
孝太郎のクラスの空席は、まるで感染するかのように増えていく。一人、また一人とクラスの生徒が消されていく状況に、孝太郎はまるで指を一本ずつ切断されていくかのような錯覚を覚えた。
既に昨日から職員会議では「学校閉鎖」という意見がちらほら出ており、校長も学校閉鎖をする方向で検討していたらしく、今朝の職員会議を持って、南白第三中学校は開校日未定の学校閉鎖へと踏み切った。
「一体何があったんだよー」
不満そうに口を尖らせる男子生徒、市川弘毅に、孝太郎は申し訳なさそうにごめんな、と両手を合わせた。
どうやら彼は今日の体育の授業を楽しみにしていたらしく、突然の学校閉鎖によってそれを受けられなくなるのが不満らしい。
普段の授業は眠って過ごしているというのに、休み時間や体育となると突如として奮起する彼らしいな、などと考えて苦笑しつつ、孝太郎は胸の中にズッシリとした重さを感じていた。
別に孝太郎に罪があるわけではない。殺人を止められないのは当然だし、この事件に関しては、孝太郎はどうすることも出来なかった……。そう、孝太郎も頭の中では理解していても、どこか悔恨に似た感情が、孝太郎の中では重石のように重みを持っていた。
何故止められなかったのか。止めようのなかった事件だというのに、どうしても孝太郎はそう考えてしまう。何の罪もない、ただ普通に過ごしているだけの生徒達が、どうして無残な殺され方をしなくてはならないのか……考えれば考える程、助けられなかったことを悔やんでしまう。
無力さを噛み締めることしか出来ない自分に、更なる無力さを感じ、孝太郎は自責の波に飲み込まれていっ
孝太郎自身には、何も罪はないというのに。
昨日渡部と喫茶店で会ったのと同じくらいの時間に、幸太郎は渡部の車に乗せられてどこかへと連れて行かれていた。
浮気だと勘違いされては困るので、美香には適当な理由を付けて「一人で外出している」ことにし、孝太郎は昨日と同じ時刻に、喫茶店で渡部と待ち合わせたのだ。
「それで、どこへ向かっているんですか?」
喫茶店で待ち合わせた時から何度も訊いているのに、一向に行き先を言おうとしない渡部に多少の苛立ちを感じつつ、孝太郎は今日何度目ともわからない問いを渡部へ投げた。
「何度も言ってるじゃない。着いてからのお楽しみよ」
しかし決まって彼女は、おどけた様子でそう答えるのみで、一度も孝太郎の問いにまともな答えを提示しようとはしなかった。
「大丈夫よ。事件と関係のない場所に連れて行くつもりはないから」
チラリと助手席に座る孝太郎へ視線を向けてからそう言い、渡部は再び正面へ視線を戻して運転へ専念する。
これ以上は質問しても無駄だろうと判断し、孝太郎は渡部に、どこへ行くのか尋ねるのをやめた。
既に南白町に越してきて二年になる孝太郎でも、一度も行ったことのないような場所で、渡部は車を止めた。
山の近くなのか、周囲では草木が生い茂っている。木漏れ日と虫の鳴き声に装飾されたその景色の中に、渡部が目的地にしていたのであろう建物はポツンと建っていた。
「到着よ」
車の中から建物を少し眺めた後、渡部は孝太郎へ目をやると、ニコリと笑ってそう言った。




