表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未来郵便図書館  作者: 明石竜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/10

第四話 ことばの足りない男の子

 夏休みが始まって、一週間が経ちました。

 つむぎの毎日は、少しずつ変わってきていました。

 朝、お母さんを見送ってから宿題をして、本を読む。昼ごろ、外に出てみる。あおいからメッセージが来ることもあるし、みつきたちと公園で会うこともある。夕方、坂道を歩いて未来郵便図書館に寄ることもある。

 全部がうまくいっているわけではありません。あおいとの会話で、また言葉がつまることもあります。みつきたちとうまく話せない日もあります。でも、にげないようにしよう、とは思うようになりました。

 そんなある日の午前中、あおいからメッセージが届きました。

『ねえ、今日ひま? 工作教室に行くんだけど、いっしょに来ない?』

 工作教室、という言葉に、つむぎは少し首をかしげました。

『工作教室って?』

『駅の近くにある、古い建物の一室でやってる教室。夏休みだけ開いてて、自分が好きなものを作っていい感じのやつ。あたしは絵を描くだけだけど、面白いよ』

 つむぎはしばらく考えてから、『行く』と返信しました。

 どんな場所かはわかりません。でも、新しい場所を知りたい気持ちが、少しずつ芽生えていました。


 工作教室は、駅前の古い雑居ビルの二階にありました。ドアを開けると、木のにおいと、何かの接着剤のにおいが混ざったような空気がします。

 部屋は広くはなく、長いテーブルが二つ。壁際に道具棚があって、のこぎりややすり、糸や布やビーズなど、いろいろなものが並んでいます。

 先生は、眼鏡をかけた若い女の人でした。名前は田辺さんといいます。

「いらっしゃい。今日は、好きな席に座ってね」


 つむぎが棚の方を見ると、そこに男の子がひとりいました。

 窓際のテーブルに座って、細い木の板を並べています。

短く切った黒い髪の男の子で、白いTシャツの袖には、木の粉が少しついていました。

 背すじをまっすぐにして、定規の目盛りをじっと見ています。

つむぎたちが入ってきても、ふりかえりませんでした。

「あ、みなと。また来てるじゃん」

あおいが言いました。

 男の子はちらっとだけ顔を上げました。

「石崎か」

 それだけ言って、また手元に目を戻しました。

 つむぎはあおいのとなりで、小声で聞きました。

「知り合いなの?」

「同じクラス。久保田みなとっていうんだけど、ちょっとぶっきらぼうだからびっくりしないでね。悪い子じゃないから」

 あおいは普通の声で言ったので、聞こえてしまったかもしれません。でもみなとは何も言いませんでした。

 つむぎは席を決めて、田辺さんに今日は何を作るか相談しました。まだ慣れていないので、つむぎはとりあえず、木の板に好きな絵を書いて色を塗る、という簡単なものにしました。あおいは大きめの白い紙に、色鉛筆で絵を描き始めました。

 みなとは、端のテーブルで黙々と作業をしています。

 つむぎは絵を描きながら、ときどきみなとのほうをちらっと見ました。細い木の板を何枚か並べて、定規で測って、また並べ直して。何を作ろうとしているのかはわかりませんが、丁寧な手の動きです。

「みなとくんって、いつもここに来てるの?」

つむぎはあおいに聞きました。

「夏休みはほぼ毎日みたい。去年もそうだったって、田辺さんが言ってた」

「何を作ってるのかな」

「さあ。聞いても教えてくれないし」

 あおいはさらっと言いました。

 つむぎはもう一度、みなとの方を見ました。

 みなとは今、細い板の端に何か測って印をつけています。その横に、小さなノートがあって、何か書き込んであります。

 几帳面な人なのかな、とつむぎは思いました。


 一時間ほど経ったころ、田辺さんが出ていきました。

「ちょっと電話してきます。なにかあれば呼んでください」

 三人だけになると、部屋が静かになりました。

 あおいは絵を描くのに集中しています。つむぎも板に色を塗っていました。みなとは板を並べたり測ったりを続けています。

 しばらくして、あおいが声を上げました。

「あ! 赤が終わった。田辺さんのところに替えあるかな」

 あおいは道具棚のほうへ行きました。

 つむぎとみなとだけになります。

 つむぎは少し緊張しました。どちらも黙っているので、会話しなくてもいいのですが、なんとなく黙っているのも落ち着きません。

「何を作ってるんですか」

 声に出してみると、思ったより普通に聞けました。

 みなとはちらっとつむぎを見ました。

「町の模型」

「模型?」

「うん」

 それだけです。

 つむぎはもう少し聞いてみました。

「この町の?」

「そう」

「縮尺とか決めてるの?」

 今度は、みなとが少しだけ間を置きました。

「五百分の一」

「五百分の一……じゃあ、一センチが五メートルってことか」

「そう」

 短い言葉ですが、否定はされませんでした。つむぎはそれを、続けていいサインだと思いました。

「全部、自分で測って作るの?」

「地図も使う。でも、細かいところは歩いて確かめてる」

「それは大変そう」

「べつに」

 みなとはまた手元に目を戻しました。

 つむぎはなんとなく、みなとが嫌がっているわけではないとわかりました。ただ、余分なことを言わない人なのだと思います。自分が言いたいことだけ言って、あとは黙る。それがみなとのやり方なのかもしれません。

 あおいが戻ってきて、「あったあった」と言いながら赤の色鉛筆を持って席に着きました。

「二人、話してたの? 仲よくなった?」

「べつに」

みなとは答えました。

「してたよ」

あおいは笑いました。

「みなとが『べつに』以外のこと言うの、珍しくない?」

「余分なことは言わない」

「それ! それが感じ悪いって言われるやつだよ」

「感じが悪いとは思ってない」

「そういうところが感じ悪いって言われるんだって」

 あおいはけらけら笑っています。みなとは怒っていませんでしたが、もう返事をしませんでした。

 つむぎは絵を塗りながら、みなとのことを少し考えました。

 言葉が少ない、というのは、つむぎとは少しちがいます。つむぎは言いたいことがのどにつかえる。でもみなとは、つかえているわけではなくて、もともと少ない言葉で足りていると思っているみたいです。

 どちらが正しいというわけでもないだろうな、とぼんやり考えていました。


 教室が終わって、三人で外に出ました。

 あおいは「じゃあね」と言って反対方向へ走っていきました。

 つむぎとみなとは、同じ方向に歩くことになりました。

 つむぎの家は坂の上の方で、みなとの家はその手前あたりだということがわかりました。

 しばらく、二人は黙って歩きました。

 つむぎは、話しかけようかどうか迷いました。

 でも、静かでも気まずくない人がいる、ということを、最近少しわかってきていました。みなとはそういう人かもしれないと思ったので、無理に話さなくてもいいかと思い直しました。

「さっき」

みなとが言いました。

「うん?」

「五百分の一、ってすぐわかった。計算が早いんだね」

 つむぎは少し驚きました。

「本をよく読むから、数字は少し得意かも」

「本か」

「うん。みなとくんは、本は読む?」

「地図の本は読む。あとは設計図みたいなやつ」

「ふつうの物語は?」

「あんまり。でも嫌いじゃない」

 つむぎはうなずきました。少ない言葉でしたが、みなとがちゃんと答えてくれていることはわかります。

「模型、完成したら見せてほしいな」

 みなとは少し間を置いてから、「完成したら」と言いました。

 それが「見せてもいい」という意味なのか、「完成するかどうかわからない」という意味なのか、つむぎにはわかりませんでした。でも、悪い返事ではないと思いました。

 みなとは自分の家の前で「じゃあ」とだけ言って、中に入っていきました。

 つむぎはその後ろ姿を見てから、坂道をのぼりました。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ