表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未来郵便図書館  作者: 明石竜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/11

第二話 ちゃんと「ちがう」って言う日

 翌日の午後のことでした。

 つむぎは、家の近くの小さな公園にいました。

 きのう坂道を歩いていたときに見かけた公園で、中央にさくらの木が一本あります。葉が夏の日差しをさえぎって、ベンチには木陰ができていました。つむぎはそこで本を読もうと思っていたのです。

 公園には、つむぎのほかにも子どもたちが何人かいました。近所に住んでいる子たちのようで、ボールで遊んだり、ゲームで遊んでいたり、おにごっこをしたりしています。つむぎは彼女たちの名前を知りません。知らないまま、ベンチに座って本を開きました。

 しばらくして、ボールが転がってきました。

 つむぎの足もとまで来て、止まります。

 見ると、女の子が三人、こちらに走ってきました。つむぎと同じくらいの年に見えます。

「あ、ごめん」と、いちばん前の子が言いました。

「ボール、取ってもらえる?」

「うん」

 つむぎはボールを拾って、渡しました。

「ありがとう。あなた、この近くに住んでるの?」

「うん。引っこしてきたばかりで」

「あ、そうなんだ」

女の子は言いました。それから、少し考えてから、「いっしょに遊ぶ?」と声をかけてくれました。

 つむぎは、驚きました。でも、うれしかったので、「うん」とうなずきました。

 女の子たちはつむぎをグループに入れてくれて、しばらくいっしょにボール遊びをしました。名前はみつき、りか、はる、という子たちでした。

 遊んでいるうちに、ボールが木のかげに転がりました。

「あ、ボール」

 みつきが走っていって、ボールを取ろうとしました。

 りかとはるは、そのとき別の方を向いて、次に投げる順番のことで話していました。

 ちょうどそこに小石があって、みつきはつまずき、ころんでしまいました。

「大丈夫?」

「いたたた……」

 みつきは立ちあがりました。ひざに小さな傷がついています。

 そのとき、りかが言いました。

「つむぎちゃんが強く投げすぎたんじゃないの?」

 え、とつむぎは思いました。

 さっき投げたのは、確かにつむぎでした。でも、ボールは真っすぐ転がっていました。みつきが追いかけて、そこにあった石につまずいたのです。つむぎのせいではありません。

「ち、ちが……」

 みつきも何か言おうとしました。でも、転んだばかりでびっくりしているのか、うまく言葉になりません。

 りかとはるが、つむぎのほうを見ました。

 つむぎはいつも、こういうとき、だまってしまうのです。

 ちがう、と言えばよかった。でも、言えなくて。そのまま「ごめんね」と言ってしまうのが、いつものつむぎでした。

 そのとき、ポケットの中の封筒のことを思い出しました。

 今朝、なんとなく持ってきていたのです。気がついたら手さげに入れていました。


 あした、ちゃんと「ちがう」って言って。


 この手紙の「あした」は、今日のことでした。

 そして、この場面のことだったのかもしれません。

 つむぎの胸が、どきどきしました。

 こわい。言ったら、気まずくなるかもしれない。せっかく話しかけてくれたのに、いやな空気になってしまうかもしれない。

 でも。

 ちがう、という気持ちは、本当にありました。

 つむぎは、口を開きました。

「……それ、ちがうよ」

 声が、思ったよりちゃんと出ました。

 りかとはるが、つむぎを見ます。つむぎは続けました。

「さっき、ボールは真っすぐ転がったよ。みつきちゃんがそっちに走っていって、石につまずいたんだと思う。わたしのせいじゃない、と思う」

 静かになりました。

 つむぎは、胸がどきどきしすぎて、次の言葉が出てきません。

 怒られるでしょうか。それとも黙られてしまうでしょうか。

 みつきは、ひざの傷を見てから、こくりとうなずきました。

「……うん。わたし、石につまずいたの。つむぎちゃんのせいじゃない」

 みつきは、小さな声で言いました。

 りかは、はっとしたようにみつきを見ました。

「そうだったんだ。ごめん、ちゃんと見てなかった。ごめんね、つむぎちゃん」

「わたしも、ごめん」

 はるも言いました。

 つむぎは、しばらく何も言えませんでした。

 思っていたより、ずっと普通に話が通じたのです。

 怖いことは、何もありませんでした。みんな、ちゃんと聞いてくれました。

「だいじょうぶ。ありがとう」

つむぎは言いました。

 そのあとはまた、みんないっしょに遊びました。

別れるとき、みつきが「また明日も来る?」と聞いてくれました。つむぎは、「うん」と答えました。


 家に帰ってから、つむぎはずっと、胸がゆっくりどきどきしていました。

 ちがう、と言えた。たった一言でしたが、言えた。

 そして、こわくはなかった。

 つむぎはポケットから封筒を取り出して、もう一度開きました。


 あした、ちゃんと「ちがう」って言って。

 この手紙は、本当に本物だったのかもしれません。


 でも、それよりも、と思いました。

 手紙は、「ちがうと言ったら全部うまくいくよ」とは書いていませんでした。「必ず友だちができるよ」とも書いていませんでした。ただ、「ちゃんと言って」と書いてあっただけです。

 最後に言えたのは、つむぎ自身でした。

 つむぎは窓の外を見ました。夕暮れの空がオレンジ色になっています。

 あの図書館に、また行ってみようと思いました。

 ユエは、「この手紙は今のきみに必要だ」と言っていました。

 じゃあ、まだ必要な手紙が、あの棚の中にあるのでしょうか。

 つむぎはそっと、封筒を手さげのいちばん奥にしまいました。大事に、していたいと思ったのです。

 外はまだ、夏の空気が残っていました。

 長い夏休みは、始まったばかりです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ