第9話
夜。
王城の一室。
扉は閉じられ、外の気配は完全に遮断されている。
灯りは一つ。
揺れる炎が、二人の影を長く伸ばしていた。
ルイスは椅子に座っていた。
背筋は伸びている。
だが、その指先はわずかに組まれている。
無意識の癖だ。
考えている時の。
「……遅かったね」
ぽつりと漏れる。
責めるでもなく、ただの事実として。
その声に、扉が開いた。
「お待たせしました」
セドが入ってくる。
音はほとんどない。
だが、空気が変わる。
昼とは違う。
夜の顔。
裏の顔。
それを、ルイスはもう見逃さなかった。
「……うん」
短く返す。
少しだけ目を細める。
「その顔、疲れてるっていうより――」
一瞬、言葉を選ぶ。
「……違うよね」
セドは止まらず、所定の位置まで歩く。
そして静かに止まる。
「報告します」
それだけ言う。
誤魔化さない。
ルイスは小さく息を吐いた。
「……うん、聞く」
姿勢を少しだけ整える。
もう分かっている。
これは“軽い話”じゃない。
「順にいきます」
セドが口を開く。
「ロイド・ターナー」
名前が出た瞬間、ルイスの意識がそこへ集中する。
「あの店……」
「まだ持ちます」
「……“まだ”ってことは」
「何もしなければ終わります」
間を置かずに返す。
ルイスの指が少しだけ強く組まれた。
「どれくらい?」
「一月」
短い。
「……そんなに?」
「想像より持つ方です」
淡々とした声。
そこに慰めはない。
ルイスは小さく笑った。
「……そっか」
あの店の光景が浮かぶ。
静かで。
誰も来なくて。
でも、閉じていない場所。
「……じゃあさ」
少しだけ顔を上げる。
「三十日で、どうにかするってこと?」
「そうなります」
「できる?」
少しだけ間があった。
セドは即答しない。
「やります」
答えはそれだった。
ルイスはその言葉を聞いて、少しだけ視線を落とす。
「……“できる”じゃなくて“やる”なんだ」
「はい」
「そっか……」
小さく呟く。
それが現実だ。
成功か失敗かじゃない。
やるか、やらないか。
「次に、ミラ・カートン」
「……職人の人」
「はい」
セドは頷く。
「腕は確かです」
「でも」
ルイスが先に言う。
セドの目がわずかに細くなる。
「問題あるんでしょ」
「あります」
即答。
「気難しい」
「……うん」
「金で動きますが、金だけでは繋がりません」
「……それって」
少し言葉を探す。
「途中で、やめるかもしれないってこと?」
「可能性はあります」
逃げない答え。
ルイスは少しだけ黙る。
「……信用は?」
「していません」
これも即答。
「必要だから使うだけです」
ルイスは息を吐いた。
長く。
「……割り切ってるね」
「そうしないと、動けません」
静かな言葉。
でも重い。
「……僕は」
ぽつりと出る。
「まだ、そこまで割り切れてないかも」
正直な言葉だった。
セドは否定しない。
「必要になれば、割り切れます」
「……そうかな」
「なります」
断言。
ルイスは少しだけ苦笑した。
「怖いね、それ」
「でしょうね」
セドも少しだけ口元を緩めた。
ほんの一瞬だけ。
そして。
「最後に」
空気が変わる。
少しだけ、重くなる。
「ダリオ」
その名前。
ルイスの表情がわずかに引き締まる。
「……うん」
「三十日の猶予を確保しました」
短い報告。
だが、それで終わらないことは分かっている。
「……それってさ」
ルイスがゆっくりと口を開く。
「普通に借りた、ってわけじゃないよね」
「違います」
即答。
その一言で、十分だった。
「……だよね」
小さく呟く。
目を逸らさない。
逃げない。
「返済できなければ」
セドが続ける。
「店は潰されます」
「……」
「関係者も、処理される」
静かな声。
感情はない。
事実だけ。
ルイスの呼吸が一瞬止まる。
「……それって」
喉が少しだけ詰まる。
「……ロイドさんも?」
「含まれます」
逃げない。
誤魔化さない。
ルイスはしばらく何も言わなかった。
時間が、少しだけ伸びる。
「……三十日」
ようやく出た言葉。
「短いね」
「短いです」
「それで全部やるんだ」
「はい」
迷いはない。
もう始まっている。
止まらない。
「……セド」
「はい」
「これ」
ゆっくりと言う。
「止めるなら、今だよね」
確認。
でも本当は、分かっている。
「はい」
セドは即答した。
「今なら戻れます」
「……」
「関係を切り、損失を出して終わりです」
現実的な選択。
逃げ道。
「続けるなら」
一拍。
「戻れません」
ルイスは目を閉じた。
ほんの数秒。
短い時間。
でも、十分だった。
「……やるよ」
目を開く。
迷いはない。
「失敗したら、全部終わるんだよね」
「はい」
「それでも、やる」
はっきりと言う。
静かに。
でも、確実に。
「……これは」
少しだけ間を置く。
「僕の選択だ」
押し付けない。
逃げない。
全部、自分で持つ。
その言葉だった。
セドは一瞬だけ目を細める。
そして、静かに頷いた。
「了解しました」
それでいい。
それが必要だった。
「じゃあ」
ルイスは少しだけ姿勢を正す。
呼吸を整える。
「次、決めよう」
声に、少しだけ力が入る。
「何を作るか」
核心。
ここからだ。
「……灯り石」
ぽつりと出る。
「理由は」
セドが聞く。
試すように。
ルイスは少しだけ考えてから答える。
「誰でも使う」
「……」
「貴族も、平民も」
「……」
「だから、広がる」
言葉はまだ荒い。
でも、芯はある。
「それに」
少しだけ笑う。
「分かりやすい」
「……確かに」
セドが小さく頷く。
「最初の一手としては適切です」
「じゃあ、それで」
ルイスが言う。
短く。
でも決める。
「それでいこう」
セドは一歩下がる。
いつもの位置へ。
後ろへ。
「準備は進めます」
「うん、頼む」
短い会話。
でも、その中に全部ある。
主は前を見る。
従者は後ろで動く。
その形が、完全に定まった。
灯りが揺れる。
影が伸びる。
静かな部屋の中で――
確かに、流れが動いていた。
小さく。
でも、確実に。
戻れない方向へ。




