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『価値なしと呼ばれた第二王子は、王都の裏側で灯りを灯す』  作者: 伊佐波瑞樹


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第71話



 ミラは、朝からずっと黙っていた。


 いつも無口ではある。


 だが、今日の沈黙は少し違った。


 棚の前に立ち、灯り石を整える。


 端材箱の中身を一つずつ見る。


 作業台に並べられた補助操作具の絵を見つめる。


 紙に線を引く。


 消す。


 また引く。


 そして、何も言わずに止まる。


 ロイドは、その様子を横目で何度も見た。


 声をかけるべきか迷った。


 邪魔になるかもしれない。


 でも、放っておきすぎてもよくない気がする。


 ミラは黙っている時ほど、深く考えている。


 それは分かっている。


 けれど、今考えているものは、ただの新商品ではない。


 帰り道を守る道具。


 黒羽が使う封鎖弁補助操作具。


 それを奪わず、壊さず、切らずに。


 仕組みを理解し、こちら側で対抗する。


 言葉にすれば簡単だ。


 だが、実際には恐ろしい。


 一歩間違えば、旧測量坑道の帰り道を閉じる。


 封鎖弁を誤作動させる。


 黒羽に気づかれる。


 あるいは、ミラ自身が責任を背負いすぎる。


 ロイドはそれが怖かった。


「……ミラ」


 結局、声をかけた。


 ミラは紙から顔を上げる。


「うん」


「詰まってる?」


「少し」


「無理するなよ」


「うん」


「……本当に分かってる?」


「分かってる」


 いつも通りの短い返事。


 だが、ロイドはもう一歩だけ踏み込んだ。


「ミラが全部作らなきゃいけないわけじゃないからな」


 ミラは瞬きをした。


「うん」


「いや、うんって言ってるけど」


「分かってる」


「本当に?」


「ロイド、しつこい」


「ごめん」


 ロイドはすぐ謝った。


 ミラは怒った様子ではなかった。


 ただ、少しだけ紙へ視線を落としてから、ぽつりと言う。


「でも、考えたい」


「うん」


「灯り石で、できるかもしれない」


 ロイドは目を少し開いた。


「灯り石で?」


「うん」


 ミラは作業台の上にある絵を指差す。


 黒羽の補助操作具。


 水売りの荷車下の小箱。


 修理工の工具箱。


 靴磨き箱。


 野菜籠の厚い底。


 配達人の背負い箱。


 どれも、外から見ればただの仕事道具だ。


 だが、その中には封鎖弁へ働きかける何かが隠されている。


 主具と副具。


 E三副。


 W二。


 E二。


 風と水の順番。


「黒羽の道具は、たぶん命令を送ってる」


 ミラが言う。


「開ける、閉じる、調整する」


「うん」


「でも、こっちは命令しなくていい」


「え?」


 ロイドは首を傾げた。


 ミラは灯り石を一つ手に取る。


 まだ加工前の、小さな端材魔石だ。


「知りたいだけ」


「知りたい?」


「弁が動いたか。風が戻るか。圧が変わったか」


 セドが作業台の反対側から顔を上げた。


 彼も聞いていたらしい。


「つまり、制御ではなく感知ですか」


 ミラは頷く。


「うん」


 ロイドは少し考える。


「えっと……こっちから弁を動かすんじゃなくて、弁が動いたことを分かるようにする?」


「うん」


「それなら、危なくない?」


「少し安全」


 ミラは答える。


「でも、近くに置く必要があるかもしれない」


「そこが危ないな」


「うん」


 セドは紙を取り、新しく書き始めた。


 帰路保護具案、一。


 制御ではなく感知。


 封鎖弁の開閉・圧変化を灯り石の変光で知らせる。


 操作線には直接干渉しない。


 設置位置の検討が必要。


 ロイドはその文字を見て、少しだけ息を吐いた。


「なるほど」


「はい」


 セドが頷く。


「黒羽の操作線を切らず、奪わず、触らずに、動きを知ることができれば大きいです」


「それがあれば?」


「搬出路へ入る際、黒羽が帰り道を閉じようとした瞬間を検知できます」


「閉じられる前に逃げられる?」


「可能性があります」


「もしくは、閉じたあとに気づける?」


「はい。ただし、閉じたあとでは遅い場合もあります」


 ミラが灯り石を見つめたまま言う。


「だから、早く変わる石がいる」


「早く変わる?」


「風より先に、圧で光る」


 ロイドは完全には理解できなかった。


 だが、ミラの目が真剣なのは分かった。


 いつもの淡々とした目。


 けれど、その奥に火がある。


「……作れそうか?」


 ロイドが聞く。


 ミラはすぐには答えなかった。


 灯り石を指先で転がす。


 端材魔石の小さな欠け。


 捨てられるはずだったもの。


 価値なしとされたもの。


 それを見つめて、静かに言う。


「試す」


 その一言に、ロイドは頷いた。


「分かった」


「でも」


 ミラが顔を上げる。


「一人では無理」


 ロイドは、少し驚いた。


 セドも、ガルドも、エルマも、視線をミラへ向ける。


 ミラは続ける。


「ガルドの金具。エルマの構造。セドの記録。ロイドの……」


 そこで少し止まった。


 ロイドが自分を指差す。


「俺の?」


「声」


「声?」


「みんなを止める声」


 ロイドは言葉を失った。


 ミラは淡々と言う。


「試作すると、近づきたくなる。触りたくなる。急ぎたくなる」


 一拍。


「止めて」


 ロイドの胸に、何かが落ちた。


 頼られた。


 作る力ではない。


 技術でもない。


 戦う力でもない。


 止める声。


 それを必要だと言われた。


「……分かった」


 ロイドはゆっくり頷いた。


「止める」


「うん」


「ミラも、俺を止めてくれ」


「止める」


「即答だな」


「うん」


 店の中に、小さな笑いが起きた。


 けれど、その笑いは温かかった。


 これが、今のロイドの店だった。


 一人で作らない。


 一人で進まない。


 一人で背負わない。


 


 ガルドは、ミラの案を聞くとすぐに金具の箱を持ってきた。


 工房端材から集めた小さな金属片。


 薄い輪。


 曲がった留め具。


 針金。


 古い灯り石の枠。


 普通なら捨てられるものばかりだ。


 だが、今の店では違う。


 使えるかもしれないもの。


 価値が戻るかもしれないもの。


 ガルドは作業台にそれらを並べながら言った。


「感知するだけなら、強い枠はいらねぇ」


「うん」


 ミラが頷く。


「でも、圧の変化で割れると困る」


「なら、少し遊びを持たせる」


「遊び?」


「石を完全に固定しない。揺れを逃がす」


 ガルドは小さな金具を指で曲げる。


「風や圧で微妙に震えるなら、枠が硬すぎると石が欠ける。柔らかすぎると反応が鈍い」


「難しい」


「難しいな」


 ガルドは少しだけ笑った。


「だが、面白い」


 ミラの目が少しだけ動いた。


「面白い?」


「職人としてはな」


 ガルドは端材魔石を一つ手に取る。


「捨てられるはずだった石で、帰り道を守る道具を作る。面白くないわけがない」


 ロイドは、その言葉に胸が熱くなった。


 ガルドは、最初からこの店にいたわけではない。


 外れた職人。


 怒りと諦めを抱えていた男。


 その男が今、端材で帰り道を守る道具を作ろうとしている。


 人は変わる。


 いや、もともとあったものが、もう一度灯るのかもしれない。


 エルマは地図を持って作業台へ近づいた。


「感知するなら、置き場所が大事だよ」


「E三副?」


 ミラが聞く。


「そこは近すぎる」


 エルマは首を振る。


「黒羽の副具接続点に近すぎる。気づかれる」


「じゃあ」


「E二の通風点付近なら、風の戻りが取れる。ただし、圧の変化は遅れる」


 セドが記録する。


 候補一、E二付近。


 利点、通風変化を検知可能。


 欠点、封鎖弁操作から反応遅延。


「W二は?」


 ガルドが聞く。


「主線に近すぎる。危険だ」


「なら、W一?」


「給水管点検路の手前なら、井戸側の水圧変化を拾えるかもしれない」


 セドが書く。


 候補二、W一手前。


 利点、水圧変化を早期感知。


 欠点、工房街側の黒羽操作役に発見される危険。


 ロイドは腕を組む。


「どっちも一長一短だな」


「だから、二つ必要かもしれない」


 ミラが言った。


 全員が彼女を見る。


「E二用。W一用」


「二つ作るのか?」


 ロイドが聞く。


「同じものじゃない」


「違う?」


「風を見る石。水を見る石」


 店内が静かになる。


 風を見る石。


 水を見る石。


 それは、まるでミラベルとカイゼルのための道具のようだった。


 エルマの目がわずかに揺れる。


「……風と水」


 声が掠れていた。


 ミラは小さく頷く。


「ミラベルと、カイゼル」


 その名前が、店の中に静かに落ちた。


 誰も茶化さない。


 誰も急がない。


 ロイドは胸の奥が熱くなり、少しだけ目を伏せた。


「いいな」


 低く言う。


「すごく、いい」


 ガルドも頷いた。


「名前をつけるか?」


 ミラは少し考えた。


「まだ」


「まだ?」


「できたら」


 ロイドは笑った。


「そうだな。できてからだ」


 セドは記録に書き加える。


 試作案。


 風感知石。


 水圧感知石。


 仮称未定。


 目的、帰り道保護。


 黒羽操作具への干渉なし。


 


 その頃、王城ではルイスが、ミラの案をまだ知らないまま、似た記録を見つけていた。


 古い備品台帳。


 旧東工房区画で使われていた安全確認具の一覧。


 主炉用の大型測定盤ではない。


 もっと小さいもの。


 現場技師が持ち歩く補助具。


 フィリアが横で埃を払いながら、読み上げた。


「携帯風圧灯」


 ルイスの手が止まる。


「風圧灯?」


「旧外縁通路内の通風変化を光で知らせる簡易具、だって」


 ルイスは台帳を覗き込む。


 携帯風圧灯。


 低出力魔石使用。


 風圧変化時、青白く点滅。


 主に測量班が使用。


 貸出記録、ミラベル・サージ。


 ルイスは息を呑んだ。


「ミラベル……」


 フィリアも目を見開く。


「また出た」


「うん」


 ルイスはページをめくる。


 その下に、別の備品名がある。


 水流聴石。


 冷却路の微細な流れを振動光で知らせる補助具。


 冷却炉管理補助が使用。


 貸出記録、カイゼル・ノート。


 部屋の空気が止まった。


 風圧灯。


 水流聴石。


 ミラベルとカイゼル。


 二人が使っていた道具。


 今、外でロイドたちが風と水を見ている。


 そして、ミラが何かを作ろうとしているかもしれない。


 ルイスは、胸の奥が震えるような感覚を覚えた。


「……残ってる?」


 フィリアが小さく聞く。


 ルイスは台帳を見る。


 事故後回収欄。


 携帯風圧灯、未回収。


 水流聴石、破損扱い。


「風圧灯は未回収」


「ミラベルと一緒に?」


「可能性がある」


「水流聴石は破損扱い?」


「うん。でも破損品の保管先が……」


 ルイスは指を滑らせる。


 破損品保管庫。


 管理棟地下。


 フィリアと目が合う。


「あるかもしれない」


「カイゼルさんの道具が?」


「破片だけでも」


 ルイスはすぐに覚書を書く。


 ――旧東工房区画に携帯風圧灯、水流聴石の記録あり。


 ――携帯風圧灯、測量班使用。ミラベル・サージ貸出、未回収。


 ――水流聴石、冷却路管理補助使用。カイゼル・ノート貸出、事故後破損扱い。


 ――水流聴石の破損品は管理棟地下に残る可能性。


 ――風と水を光で知らせる補助具が、かつて存在した。


 書きながら、ルイスは息が少し荒くなっていた。


 これは重要だ。


 ただの記録ではない。


 外の試作に繋がるかもしれない。


 セドたちへ。


 ミラへ。


 届けなければ。


「ルイス」


 フィリアが静かに呼ぶ。


「うん」


「急いでる」


「……うん」


「でも、これは急ぐべき?」


 ルイスは一瞬考えた。


 急がず。


 でも忘れず。


 それが合言葉だった。


 だが、これはミラたちの安全な試作に役立つ可能性がある。


 なら、早く届ける意味がある。


「急いで送る」


 ルイスは言った。


「でも、焦らせる書き方にはしない」


 最後に一行加える。


 ――再現を急がないで。過去にあった形を、今の安全に合わせて使って。


 フィリアはそれを見て、微笑んだ。


「いいと思う」


「ありがとう」


 ルイスは紙を畳んだ。


 王城の古い記録が、また外の灯りへ繋がろうとしていた。


 


 午後、ロイドの店にその覚書が届いた。


 セドが読み上げた瞬間、店の空気が変わった。


「携帯風圧灯……」


 ミラが小さく呟く。


「水流聴石」


 エルマの声は震えていた。


「覚えてる」


 全員がエルマを見る。


「それ、覚えてるよ」


 エルマは椅子から立ち上がり、覚書を覗き込む。


「ミラベルが持ってた。風圧灯。小さな灯り石みたいなやつでね。風が変わると、光がちらつく」


「水流聴石は?」


 セドが問う。


「カイゼルが使ってた。石に指を当てて、水の振動を見るんだ。光というより、脈みたいに揺れる」


 ミラの目が変わった。


 完全に職人の目だった。


「形は?」


「待ちな」


 エルマは紙を引き寄せる。


 震える手で、簡単な形を描き始めた。


 風圧灯。


 細長い筒。


 片側に通風口。


 中に低出力魔石。


 揺れを拾う薄い羽根板。


 水流聴石。


 丸い石枠。


 底に薄い振動板。


 指で触れて変化を見る部分。


 エルマの線は少し歪んでいる。


 だが、形は分かる。


 ミラはそれをじっと見つめた。


「作れる?」


 ロイドが聞きかけて、すぐに言い直した。


「いや、作れそうか、考えられる?」


 ミラは少しだけロイドを見た。


「止めた」


「うん?」


「急がせるの、止めた」


「ああ……まあ」


「えらい」


「ありがとう」


 ロイドは照れたように頭を掻いた。


 ミラはすぐに図へ視線を戻す。


「同じものは無理」


「うん」


「でも、似たものはできるかも」


 ガルドが前へ出る。


「羽根板なら、薄い金属片がいる」


「ある?」


「ある。だが、柔らかすぎると曲がる。硬すぎると反応しない」


「試す」


「水流聴石の振動板は?」


 セドが聞く。


 ガルドは少し考える。


「薄い魔導銅がいる。工房街で探せるが、今すぐは難しい」


 ミラが端材箱を見る。


「代わり」


「端材で?」


「うん」


 エルマが言う。


「完全再現じゃなくていい。ミラベルの風圧灯も、カイゼルの聴石も、今の状況に合わせて作り直すんだ」


 セドがルイスの最後の一行を読む。


「再現を急がないで。過去にあった形を、今の安全に合わせて使って」


 ロイドは静かに頷いた。


「ルイス様、本当に分かってるな」


「はい」


 セドの声は柔らかかった。


「ルイス様らしいです」


 その言葉に、ロイドは少し笑った。


 王城の中にも、灯りがある。


 それが今、店の作業台に届いている。


 


 試作は、すぐに始まった。


 ただし、実地ではない。


 店の中で。


 小さな風。


 水を張った器。


 安全な端材魔石。


 ミラは風圧灯の簡易版を作ろうとしていた。


 細長い木枠に、薄い金属片を入れる。


 その奥に小さな灯り石。


 風が通ると金属片が揺れ、灯り石に微細な影を落とす。


 光がちらつく。


 魔導的な反応ではない。


 まずは物理的な揺れを見るだけ。


「これなら安全?」


 ロイドが聞く。


「安全」


 ミラが答える。


「ただの風」


「よかった」


 ガルドが横から言う。


「だが、現場の風はもっと複雑だ」


「うん」


「だから、最初は店の中で揺れを見るだけだ」


「うん」


 セドは試作記録を書く。


 風感知石、試作一。


 魔導干渉なし。


 風による羽根板の揺れを光のちらつきで視認。


 安全試験、店内。


 水流側は、水を張った浅い器で試す。


 薄い板の下に小さな灯り石を置き、水の揺れで反射が変わるようにする。


 カイゼルの水流聴石とは違う。


 だが、水の変化を光で見るという意味では近い。


 ミラはそれをじっと見ていた。


 水面が少し揺れる。


 光がゆらぐ。


「……遅い」


 ミラが言う。


「反応が?」


「うん」


 ガルドが覗き込む。


「板が厚い」


「薄くする」


「割れるぞ」


「少し」


「少し割れるって何だ」


 ロイドが思わず言う。


 ミラは真顔で答える。


「試す」


「安全にね」


「うん」


 エルマがその様子を見て、静かに笑った。


「似てるね」


「誰に?」


 ロイドが聞く。


「カイゼルとミラベルが喧嘩しながら道具を直してた時に」


 その声は懐かしそうだった。


「カイゼルは、反応が遅いってすぐ文句を言う。ミラベルは、安全じゃないと持たないって怒る」


「仲良かったんですね」


 ロイドが言う。


 エルマは少し黙った。


 そして、頷く。


「そうだね」


 一拍。


「仲が良かった」


 その言葉は、もうただ痛いだけではなかった。


 思い出として、少し温かさも含んでいた。


 ロイドはそれが嬉しかった。


 消えた人たちの記録が、苦しみだけでなく、笑いや癖や関係性を取り戻していく。


 それが、この店でやっていることなのだと思った。


 


 夕方までに、試作は二つ形になった。


 完全ではない。


 現場で使える段階でもない。


 だが、手のひらに乗る小さな道具として、そこにあった。


 一つは、細長い風感知石。


 仮の名は、風灯り。


 もう一つは、水の揺れを見る小さな丸い石。


 仮の名は、水灯り。


 ミラはまだ名前に納得していない顔だった。


「仮だからな」


 ロイドが言う。


「うん」


「正式名は後でいい」


「うん」


「でも、いいと思うけどな。風灯り、水灯り」


「普通」


「普通は強いんじゃなかったっけ?」


 ミラは少しだけロイドを見た。


「うん」


「じゃあいいだろ」


「考える」


 ロイドは笑った。


「分かった」


 セドは二つの試作品を見つめる。


「これで、現場へ近づかずにどこまで変化を拾えるか試せます」


「まだ店内試験だけ」


 ミラが言う。


「はい」


「次は、安全な場所で」


「はい」


 ガルドが言う。


「工房街の普通の風と水で試す。黒羽の線に近づけるのは、その後だ」


「水路側も同じです」


 セドが頷く。


「段階を踏みます」


 ロイドは少し安心した。


 作ったからといって、すぐ現場へ持っていかない。


 それが今の店の強さだった。


「今日は、ここまで?」


 ロイドが聞く。


 ミラは少しだけ試作品を見た。


 まだ触りたい顔をしている。


 だが、やがて頷いた。


「ここまで」


 ロイドはほっと息を吐いた。


「えらい」


 ミラが顔を上げる。


「私?」


「うん」


「……うん」


 少しだけ、ミラの口元が緩んだように見えた。


 ロイドは見なかったふりをした。


 


 夜。


 店の壁に新しい紙が貼られた。


 帰路保護具、試作方針。


 一、目的は封鎖弁操作ではなく、変化の感知。


 二、風感知石、水圧感知石を試作。


 三、黒羽の操作線へ干渉しない。


 四、店内試験、安全区域試験、現場周辺試験の順に行う。


 五、急がない。


 六、作る者を一人にしない。


 七、全員帰還。


 ロイドはその六番目を見て、深く頷いた。


「作る者を一人にしない」


「はい」


 セドが答える。


「大事だな」


「はい」


 ミラは試作品を布の上に置いた。


 灯り石の光が、風灯りと水灯りを柔らかく照らす。


 それはまだ頼りない。


 黒羽の道具に比べれば、幼い試作品だろう。


 だが、ロイドには強く見えた。


 奪うためではない。


 閉じ込めるためでもない。


 帰るために作られた道具。


 ミラベルとカイゼルの記録から生まれた、新しい灯り。


 エルマはそれを見つめ、静かに言った。


「二人が見たら、文句を言うだろうね」


 ロイドが聞く。


「やっぱり?」


「ああ。風の取り込み口が甘いとか、水の揺れが遅いとか、散々言うよ」


「厳しいなぁ」


「でも」


 エルマは少し笑った。


「最後には、よく作ったって言うと思う」


 ミラは何も言わなかった。


 ただ、試作品にそっと布をかけた。


 大切に。


 まるで、小さな灯りを眠らせるように。


 外では、夜風が通りを撫でていた。


 それはただの風だった。


 誰かに止められたものではない。


 誰かを誘うものでもない。


 その普通の風の中で、ロイドの店には二つの小さな道具が生まれた。


 風を見る灯り。


 水を見る灯り。


 まだ未完成。


 まだ頼りない。


 けれど、確かに。


 帰り道を守るための最初の灯りだった。

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