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『価値なしと呼ばれた第二王子は、王都の裏側で灯りを灯す』  作者: 伊佐波瑞樹


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第7話


 王都の西区画。


 職人たちの工房が並ぶ通りは、昼でもどこか薄暗かった。


 煤と油の匂い。


 鉄を打つ音。


 焦げた魔石の残り香。


 ここは、王城の白とは無縁の場所だ。


 だが、物を作る力はここにある。


「……ここか」


 セドは足を止めた。


 目の前にあるのは、看板もまともに出ていない小さな工房。


 扉は半開き。


 中からは金属を叩く音と、苛立った声が聞こえていた。


「だから違うって言ってんだろ!!」


 女の声だ。


「その加工じゃ魔力が逃げる! 何回言わせんだ!」


「で、でもよ……」


「でもじゃない! 頭使え!」


 怒鳴り声。


 それでも、ただの感情的な怒りではない。


 理屈がある怒りだ。


 セドはそのまま扉を押した。


 中に入る。


 狭い。


 だが、無駄はない。


 机の上には魔石の欠片。


 工具。


 半分だけ加工された魔道具。


 床には削りカス。


 そして、その中央に立っているのが――


「……誰だ」


 女が振り返った。


 銀に近い灰色の髪。


 鋭い目。


 袖をまくった腕には細かな傷。


 年は二十代前半。


 整った顔立ちだが、それ以上に目つきが強い。


 ミラ・カートン。


 間違いない。


「客だ」


 セドは短く答える。


「灯り石を見たい」


「店は向こうだ」


「知ってる」


「じゃあ帰れ」


 即答だった。


 迷いがない。


 セドは少しだけ口元を上げる。


「職人の目で見たい」


「……」


 ミラの目が細くなる。


「客じゃねぇな、お前」


「商売の話がしたい」


「帰れ」


「利益の出る話だ」


 沈黙。


 工房の奥で、さっき怒鳴られていた男がこちらをちらちら見ている。


 ミラはセドを睨み続けた。


「……三秒やる」


「短いな」


「嫌なら帰れ」


「十分だ」


 セドは机の上の魔石の欠片を一つ手に取った。


「これ、どこから仕入れてる」


「関係ねぇだろ」


「質がいい」


「……」


「だが無駄が多い」


 ミラの目が鋭くなる。


「削りすぎだ。歩留まりが悪い」


「……」


「そのままだと、利益は出ない」


「……分かってる」


 小さく吐き捨てるような声だった。


「でもな、そうしないと安定しねぇんだよ。中途半端な加工で出してクレーム来る方が面倒だ」


「だから削る?」


「そうだ」


「もったいないな」


 セドは欠片を指で転がす。


「このサイズなら、三つは作れる」


「無理だ」


「やり方が悪い」


「……言ってみろよ」


 挑発だった。


 セドは一瞬だけ笑う。


「断る」


「は?」


「対価がない」


 ミラは呆れたように息を吐いた。


「ふざけてんのか」


「真面目だ」


「じゃあ何が欲しい」


「時間だ」


「時間?」


「話を聞け」


 ミラはしばらく黙った。


 そして、近くの椅子を足で蹴る。


「座れ」


 許可が出た。


 第一関門は突破だ。


 セドは椅子に腰掛ける。


 ミラは腕を組んだまま立っている。


「で、何の話だ」


「商売だ」


「だから何のだ」


「安くて、質のいい魔道具を作る」


 ミラの眉がわずかに動く。


「……夢物語だな」


「現実にする」


「どうやって」


「魔石の欠片を使う」


「それはさっき聞いた」


「流通を変える」


「……」


「お前一人で作ってるから、削るしかない」


 ミラは黙っている。


「加工を分ける」


「分ける?」


「荒削り、整形、仕上げ」


「……」


「全部一人でやるから無駄が出る」


「人手がねぇんだよ」


「用意する」


 即答だった。


「……そんな簡単に」


「簡単じゃない。だがやる」


 セドはミラを見る。


「お前は仕上げをやれ」


「……」


「精度が必要な部分だけだ」


「……」


「他は任せろ」


 ミラは何も言わない。


 だが、その目は完全に話を聞く目に変わっていた。


「代わりに」


 セドは続ける。


「お前の技術を使う」


「……は?」


「設計だ」


「設計?」


「量産できる形に落とせ」


 ミラの表情が変わる。


 驚きと、そして――


 興味。


「……お前、何者だ」


「誰でもいい」


「よくねぇ」


 ミラは一歩近づく。


「俺はな、貴族様の遊びに付き合う気はねぇんだよ」


「遊びじゃない」


「証拠は?」


「ロイド・ターナー」


 その名前で、ミラの動きが止まった。


「……あのボロ店か」


「知ってるな」


「そりゃな。何回か材料流してやったことがある」


「売れてなかっただろ」


「……ああ」


「変える」


 セドは言い切った。


「あの店を入口にする」


「入口?」


「売る場所だ」


「……」


「お前の作るものを、あそこで売る」


 ミラはしばらく黙った。


 そして、ふっと笑う。


「……面白ぇこと言うじゃねぇか」


「乗るか?」


「条件次第だな」


「言ってみろ」


「金」


 即答だった。


「ちゃんと払え」


「当然だ」


「安く買い叩く気なら帰れ」


「しない」


「口だけならいくらでも言える」


 セドは懐から小さな袋を取り出した。


 机に置く。


 音で分かる。


 銀貨だ。


「前金だ」


 ミラの目が細くなる。


「……いいのか」


「信用を買う」


「逆じゃねぇのか」


「どっちでもいい」


 セドは言った。


「結果が出れば問題ない」


 ミラは袋を開け、中を見る。


 銀貨。


 数枚ではない。


 しっかりした額だ。


「……本気か」


「最初からそう言ってる」


 ミラは袋を閉じる。


 そして、セドを見る。


「……いいだろう」


 決まった。


「乗る」


「決まりだな」


「だが」


 ミラは指を立てる。


「一つでもふざけたら、即切る」


「構わない」


「俺も遠慮しねぇぞ」


「望むところだ」


 二人の間に、契約が成立した。


 紙はない。


 証人もいない。


 だが、これで十分だ。


「で、次は?」


 ミラが聞く。


「設計書を出せ」


「早ぇな」


「時間がない」


 セドは立ち上がる。


「ロイドの店はもう限界だ」


「……そうか」


「三日だ」


「三日?」


「試作品を作れ」


「無茶言うな」


「できるだろ」


 ミラは舌打ちした。


「……やってやるよ」


「いい返事だ」


 セドは扉へ向かう。


「また来る」


「逃げんなよ」


「逃げる理由がない」


 そう言って外へ出た。


 夕暮れが近い。


 西の空が赤く染まっている。


「……順調だな」


 小さく呟く。


 ロイド。


 ミラ。


 点が繋がり始めている。


 だが、まだ足りない。


「次は」


 視線を少しだけ暗い路地へ向ける。


「ダリオか」


 高利貸し。


 裏の入口。


 ここからが、本当の暗躍だ。


 セドは足を踏み出した。


 その背中に迷いはない。


 主が笑われている間に、こちらは進める。


 それが自分の役目だ。


 隣ではなく、後ろから支える。


 そのための力を、今ここで積み上げる。


「……待ってろよ」


 誰に向けた言葉かは、もうはっきりしていた。


 ルイス。


 あの、笑われながらも前を向いた主へ。


 その足元を、崩させないために。


 セドリック・エル・ブルームは、静かに闇の中へ踏み込んでいった。

 王都の西区画。


 職人たちの工房が並ぶ通りは、昼でもどこか薄暗かった。


 煤と油の匂い。


 鉄を打つ音。


 焦げた魔石の残り香。


 ここは、王城の白とは無縁の場所だ。


 だが、物を作る力はここにある。


「……ここか」


 セドは足を止めた。


 目の前にあるのは、看板もまともに出ていない小さな工房。


 扉は半開き。


 中からは金属を叩く音と、苛立った声が聞こえていた。


「だから違うって言ってんだろ!!」


 女の声だ。


「その加工じゃ魔力が逃げる! 何回言わせんだ!」


「で、でもよ……」


「でもじゃない! 頭使え!」


 怒鳴り声。


 それでも、ただの感情的な怒りではない。


 理屈がある怒りだ。


 セドはそのまま扉を押した。


 中に入る。


 狭い。


 だが、無駄はない。


 机の上には魔石の欠片。


 工具。


 半分だけ加工された魔道具。


 床には削りカス。


 そして、その中央に立っているのが――


「……誰だ」


 女が振り返った。


 銀に近い灰色の髪。


 鋭い目。


 袖をまくった腕には細かな傷。


 年は二十代前半。


 整った顔立ちだが、それ以上に目つきが強い。


 ミラ・カートン。


 間違いない。


「客だ」


 セドは短く答える。


「灯り石を見たい」


「店は向こうだ」


「知ってる」


「じゃあ帰れ」


 即答だった。


 迷いがない。


 セドは少しだけ口元を上げる。


「職人の目で見たい」


「……」


 ミラの目が細くなる。


「客じゃねぇな、お前」


「商売の話がしたい」


「帰れ」


「利益の出る話だ」


 沈黙。


 工房の奥で、さっき怒鳴られていた男がこちらをちらちら見ている。


 ミラはセドを睨み続けた。


「……三秒やる」


「短いな」


「嫌なら帰れ」


「十分だ」


 セドは机の上の魔石の欠片を一つ手に取った。


「これ、どこから仕入れてる」


「関係ねぇだろ」


「質がいい」


「……」


「だが無駄が多い」


 ミラの目が鋭くなる。


「削りすぎだ。歩留まりが悪い」


「……」


「そのままだと、利益は出ない」


「……分かってる」


 小さく吐き捨てるような声だった。


「でもな、そうしないと安定しねぇんだよ。中途半端な加工で出してクレーム来る方が面倒だ」


「だから削る?」


「そうだ」


「もったいないな」


 セドは欠片を指で転がす。


「このサイズなら、三つは作れる」


「無理だ」


「やり方が悪い」


「……言ってみろよ」


 挑発だった。


 セドは一瞬だけ笑う。


「断る」


「は?」


「対価がない」


 ミラは呆れたように息を吐いた。


「ふざけてんのか」


「真面目だ」


「じゃあ何が欲しい」


「時間だ」


「時間?」


「話を聞け」


 ミラはしばらく黙った。


 そして、近くの椅子を足で蹴る。


「座れ」


 許可が出た。


 第一関門は突破だ。


 セドは椅子に腰掛ける。


 ミラは腕を組んだまま立っている。


「で、何の話だ」


「商売だ」


「だから何のだ」


「安くて、質のいい魔道具を作る」


 ミラの眉がわずかに動く。


「……夢物語だな」


「現実にする」


「どうやって」


「魔石の欠片を使う」


「それはさっき聞いた」


「流通を変える」


「……」


「お前一人で作ってるから、削るしかない」


 ミラは黙っている。


「加工を分ける」


「分ける?」


「荒削り、整形、仕上げ」


「……」


「全部一人でやるから無駄が出る」


「人手がねぇんだよ」


「用意する」


 即答だった。


「……そんな簡単に」


「簡単じゃない。だがやる」


 セドはミラを見る。


「お前は仕上げをやれ」


「……」


「精度が必要な部分だけだ」


「……」


「他は任せろ」


 ミラは何も言わない。


 だが、その目は完全に話を聞く目に変わっていた。


「代わりに」


 セドは続ける。


「お前の技術を使う」


「……は?」


「設計だ」


「設計?」


「量産できる形に落とせ」


 ミラの表情が変わる。


 驚きと、そして――


 興味。


「……お前、何者だ」


「誰でもいい」


「よくねぇ」


 ミラは一歩近づく。


「俺はな、貴族様の遊びに付き合う気はねぇんだよ」


「遊びじゃない」


「証拠は?」


「ロイド・ターナー」


 その名前で、ミラの動きが止まった。


「……あのボロ店か」


「知ってるな」


「そりゃな。何回か材料流してやったことがある」


「売れてなかっただろ」


「……ああ」


「変える」


 セドは言い切った。


「あの店を入口にする」


「入口?」


「売る場所だ」


「……」


「お前の作るものを、あそこで売る」


 ミラはしばらく黙った。


 そして、ふっと笑う。


「……面白ぇこと言うじゃねぇか」


「乗るか?」


「条件次第だな」


「言ってみろ」


「金」


 即答だった。


「ちゃんと払え」


「当然だ」


「安く買い叩く気なら帰れ」


「しない」


「口だけならいくらでも言える」


 セドは懐から小さな袋を取り出した。


 机に置く。


 音で分かる。


 銀貨だ。


「前金だ」


 ミラの目が細くなる。


「……いいのか」


「信用を買う」


「逆じゃねぇのか」


「どっちでもいい」


 セドは言った。


「結果が出れば問題ない」


 ミラは袋を開け、中を見る。


 銀貨。


 数枚ではない。


 しっかりした額だ。


「……本気か」


「最初からそう言ってる」


 ミラは袋を閉じる。


 そして、セドを見る。


「……いいだろう」


 決まった。


「乗る」


「決まりだな」


「だが」


 ミラは指を立てる。


「一つでもふざけたら、即切る」


「構わない」


「俺も遠慮しねぇぞ」


「望むところだ」


 二人の間に、契約が成立した。


 紙はない。


 証人もいない。


 だが、これで十分だ。


「で、次は?」


 ミラが聞く。


「設計書を出せ」


「早ぇな」


「時間がない」


 セドは立ち上がる。


「ロイドの店はもう限界だ」


「……そうか」


「三日だ」


「三日?」


「試作品を作れ」


「無茶言うな」


「できるだろ」


 ミラは舌打ちした。


「……やってやるよ」


「いい返事だ」


 セドは扉へ向かう。


「また来る」


「逃げんなよ」


「逃げる理由がない」


 そう言って外へ出た。


 夕暮れが近い。


 西の空が赤く染まっている。


「……順調だな」


 小さく呟く。


 ロイド。


 ミラ。


 点が繋がり始めている。


 だが、まだ足りない。


「次は」


 視線を少しだけ暗い路地へ向ける。


「ダリオか」


 高利貸し。


 裏の入口。


 ここからが、本当の暗躍だ。


 セドは足を踏み出した。


 その背中に迷いはない。


 主が笑われている間に、こちらは進める。


 それが自分の役目だ。


 隣ではなく、後ろから支える。


 そのための力を、今ここで積み上げる。


「……待ってろよ」


 誰に向けた言葉かは、もうはっきりしていた。


 ルイス。


 あの、笑われながらも前を向いた主へ。


 その足元を、崩させないために。


 セドリック・エル・ブルームは、静かに闇の中へ踏み込んでいった。

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