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『価値なしと呼ばれた第二王子は、王都の裏側で灯りを灯す』  作者: 伊佐波瑞樹


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第6話

王都の外れは、王城の白とはまるで違う色をしていた。


 石畳はところどころ欠け、建物の壁は煤け、通りを行き交う人々の足取りもどこか重い。


 それでも、人はいる。


 生きている。


 王城の中から見れば「ただの街の一部」でも、ここにはそれぞれの生活がある。


 その現実を、セドは静かに歩きながら見ていた。


 黒の外套。


 目立たない装い。


 ブルーム公爵家の従者としてではなく、ただの若い男としての姿。


 だが、その目だけは違う。


 通りの店。


 並ぶ商品。


 客の数。


 値札の書き方。


 店主の動き。


 全てを拾い、頭の中で整理していく。


「……ここだな」


 足を止めた先にあったのは、小さな雑貨商だった。


 看板は色褪せ、文字も少し剥げている。


 扉の前には簡易の棚が置かれているが、商品は少ない。


 火起こし石、灯り石、乾燥薬草。


 どれも日用品だが、どこか古く、魅力に欠ける。


 客もいない。


 それでも店は開いている。


 ――ロイド・ターナー。


 ここが、その男の店だ。


 セドは一度だけ周囲を確認し、扉を開けた。


 鈴の音が小さく鳴る。


「……いらっしゃい」


 奥から声がした。


 出てきたのは、中年の男だった。


 背は高くない。


 痩せている。


 服は清潔だが、何度も繕われているのが分かる。


 目には疲労がある。


 だが、その奥にはまだ光が残っていた。


「何かお探しで?」


「灯り石を一つ」


 セドは淡々と答えた。


 店内を見渡しながら、棚の商品を手に取る。


 魔力の質。


 加工の粗さ。


 持続時間。


 すぐに分かる。


 品質は悪くない。


 むしろ、この価格帯なら良い方だ。


 なのに売れていない。


 理由は明白だ。


「……高いな」


 セドはあえて言った。


 ロイドの目がわずかに動く。


「すみません。仕入れが……」


「言い訳はいい」


 セドは棚に戻す。


「売れていないな」


「……」


 ロイドは言い返さなかった。


 言い返せない。


 事実だからだ。


「場所が悪い。宣伝も弱い。品も悪くないが、目を引かない」


 淡々と並べる。


「それでも店を閉めない理由は?」


「……閉めたら、終わるからです」


 短い答えだった。


 だが、それで十分だった。


 この男は逃げていない。


 負けているが、諦めていない。


 だからこそ、ここに立っている。


「借金はいくらだ」


 空気が止まった。


 ロイドの顔が強張る。


「……お客さん、それは」


「銀貨百八十枚」


 セドは言った。


「違うか?」


「……」


 ロイドは何も言わなかった。


 否定しない。


 つまり、当たりだ。


「商業組合名義だが、裏にダリオがいるな」


 その名前が出た瞬間、ロイドの肩がびくりと揺れた。


「……誰だ、あんた」


「客だ」


「そんなわけあるか」


 声が低くなる。


 恐怖と警戒。


 そして、ほんのわずかな怒り。


 いい反応だ。


 完全に折れている人間は、怒らない。


「助けるつもりで来た」


 セドは言った。


「信じられるかどうかは、そっちが決めろ」


「……助ける?」


「借金を返す手段を作る」


「金を貸す気か?」


「違う」


 即答だった。


「貸すだけなら意味がない」


 セドは一歩近づく。


「稼げる形にする」


 ロイドの目が揺れる。


 希望と疑念が混ざった目だ。


「……そんな都合のいい話があるか」


「ないな」


 セドはあっさり言った。


「だから作る」


「……」


「お前の店は死んでいない。だが、このままでは確実に死ぬ」


 ロイドは唇を噛む。


「商品は悪くない。だが、埋もれている」


「……」


「仕入れも悪い。値段も中途半端。客層も掴めていない」


「分かってる……!」


 ロイドが声を上げた。


「そんなことは分かってる! だがどうしろって言うんだ! いい仕入れ先もない! 金もない! 宣伝なんてできるわけがない!」


 店の空気が震える。


 外の通りの音が遠くなる。


 セドはそのまま立っていた。


「ある」


「……何がだ」


「方法だ」


 ロイドが睨む。


 その目に、わずかな希望が残っている。


 それで十分だ。


「安く、質のいい商品を作る」


「そんなことができれば苦労しない」


「できる」


 セドは言い切った。


「魔石の欠片を使う」


「……欠片?」


「工房で出る端材だ。大きな魔道具には使えないが、小物なら十分だ」


 ロイドの表情が変わる。


 知らない話ではない。


 だが、それをどう使うかまでは考えていない顔だ。


「職人も用意する」


「そんな簡単に見つかるか」


「見つける」


 セドは淡々と続ける。


「お前は売ることに集中しろ」


「……売る、だけでいいのか」


「売るための形はこちらで作る」


 ロイドは黙った。


 考えている。


 信じるか、疑うか。


 どちらに転ぶか。


 ここが分岐点だ。


「条件は一つ」


「……なんだ」


「裏切るな」


 セドの声が低くなる。


「途中で逃げるな。金だけ持って消えるな。俺たちの情報を外に流すな」


 ロイドは目を細めた。


「“俺たち”?」


「お前を助けようとしているのは、俺一人じゃない」


「誰だ」


「今は知らなくていい」


 セドは言った。


「だが、その人間は、お前の店を潰すこともできる」


 空気が一瞬で冷える。


 脅し。


 だが、それだけではない。


 事実だ。


 ロイドは唾を飲み込んだ。


「……分かった」


「いいのか?」


「このままじゃ、どうせ終わる」


 ロイドは目を伏せる。


「だったら、賭けるしかない」


 顔を上げる。


 その目には、まだ火があった。


「裏切らない。逃げない。約束する」


 セドは少しだけ口元を緩めた。


「いい返事だ」


「だが、こっちも聞く」


「なんだ」


「なんで俺を選んだ」


 当然の疑問だ。


 この街には他にも店はある。


 もっと大きい店もある。


 それなのに、なぜここなのか。


「理由は三つ」


 セドは指を立てた。


「一つ、まだ潰れていない」


「……」


「二つ、借金はあるが信用は残っている」


「……」


「三つ」


 セドは少しだけ目を細める。


「目が死んでいない」


 ロイドは言葉を失った。


「それで十分だ」


 セドは言った。


「条件は揃っている」


 しばらく沈黙が続いた。


 やがてロイドが、小さく笑う。


「……変な奴だな」


「よく言われる」


「名前は?」


 セドは少しだけ考えた。


 本名は出さない。


 まだその段階ではない。


「セドでいい」


「……セドか」


 ロイドは頷いた。


「俺はロイドだ」


「知ってる」


「だろうな」


 二人の間に、奇妙な信頼が生まれた。


 まだ薄い。


 簡単に壊れる。


 だが、確かにある。


「まずは店の棚を変える」


 セドは言った。


「配置も、見せ方も全部だ」


「いきなりか」


「時間がない」


 セドは店内を見渡す。


「これは“売れない店の並べ方”だ」


「……ぐっ」


「客の目線を意識していない。動線も悪い。商品の強みも伝わらない」


「分かってる……」


「分かっていてやっていないなら、やらせる」


 セドは棚を一つ動かした。


「ここに目玉商品を置く」


「目玉なんてない」


「作る」


 即答だった。


 ロイドは苦笑する。


「本当に全部やる気だな」


「当然だ」


 セドは振り返る。


「これは“始まり”だからな」


「始まり?」


「ああ」


 セドは一瞬だけ、遠くを見るような目をした。


 王城の方角。


 そこには、ルイスがいる。


 笑われながら、それでも前に進もうとしている主がいる。


「小さな店だが、ここから広げる」


「……何をだ」


「必要なものを」


 ロイドはその言葉に、何かを感じたのか、少しだけ真顔になった。


「お前、本当にただの商人じゃないな」


「商人ですらない」


「じゃあなんだ」


 セドは少しだけ笑った。


「ただの手足だ」


「手足?」


「ああ」


 それ以上は言わない。


 まだ、知らなくていい。


 ロイドが知るのは、もっと先だ。


 この店が変わり始めてから。


 この街で名前が少しずつ広がってから。


 そして、その裏にあるものに気づいた時。


「……変な連中に関わっちまったな」


 ロイドが肩をすくめる。


「後悔するなよ」


「しないさ」


 セドは言った。


「後悔するのは、何もしなかった時だ」


 その言葉は、誰に向けたものか。


 ロイドか。


 それとも――


 自分か。


 外に出ると、夕陽が傾いていた。


 王都の空が赤く染まる。


 その色は、王城から見るものとは少し違う。


 もっと濃くて、もっと現実的だ。


 セドは一度だけ振り返る。


 ロイドの店。


 古びた看板。


 小さな扉。


 だが、そこはもうただの雑貨商ではない。


 始まりの場所だ。


「……待ってろよ、ルイス」


 小さく呟く。


「お前が笑われてる間に、こっちは進めてやる」


 足を踏み出す。


 次に向かうのは、職人の元だ。


 ミラ・カートン。


 気が強く、腕は確か。


 そして、貴族のやり方を嫌う女。


「面倒だな」


 だが、その口元は少しだけ楽しそうだった。


 王城の中では見せない顔。


 それが、セドリック・エル・ブルームの本来の顔だ。


 主のために動く牙。


 表では従者。


 裏では刃。


 その動きは、まだ誰にも知られていない。


 ただ一人、ルイスだけが知っている。


 そして、そのルイスもまた――


 静かに、牙を育て始めている。


 王都の片隅。


 小さな雑貨商から始まる流れは、やがて大きな波になる。


 まだ誰も気づかない。


 だが確かに、それは動き出していた。

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