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『価値なしと呼ばれた第二王子は、王都の裏側で灯りを灯す』  作者: 伊佐波瑞樹


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第34話



 東外れ。


 王都の喧騒から少し離れた区域。


 石畳は途中から崩れ始め、建物も古いものが増えていく。


 工房街ほど騒がしくない。


 貴族街ほど整ってもいない。


 人はいる。


 だが、どこか静かだった。


「……ほんとにここか?」


 ロイドが周囲を見回しながら言う。


「はい」


 セドは地図を確認する。


「廃工房跡地付近。ディムさんの情報と一致しています」


「嫌な雰囲気だなぁ……」


 ロイドは小さく肩を震わせた。


 今日はセドとロイドの二人だけで来ている。


 ミラとガルドは店番。


 ニコたちは当然留守番。


 本当は全員反対だった。


 だが、セド一人で行かせるくらいならと、ロイドがついてきた形だ。


「……何で俺来てんだろ」


「私を止めるためでは?」


「それはそう」


 ロイドは即答した。


「お前、絶対放っとくと危険地帯入るし」


「必要なら」


「必要でも一回考えろ!」


 セドは少しだけ視線を逸らした。


「……努力はします」


「その返事、最近ちょっと柔らかくなったよな」


「そうでしょうか」


「前なら“問題ありません”で終わってた」


 ロイドは少し笑う。


「まぁ、そっちの方が人間っぽいけど」


 セドは返答しなかった。


 ただ、少しだけ考える。


 人間っぽい。


 以前なら、そんな評価は必要なかった。


 必要なのは結果だけだった。


 でも今は、妙に言葉が残る。


「……あれか?」


 ロイドが前を見る。


 古い建物。


 半分崩れた工房跡地。


 煙突は折れ、窓も割れている。


 周囲には草が伸び、長い間放置されているのが分かった。


 だが。


「……」


 セドの目が細くなる。


「どうした」


「人の気配があります」


「は?」


 ロイドが一瞬固まる。


「いやいやいや、廃墟だぞ!?」


「ですがいます」


 セドは静かに歩き出した。


「お、おい待てって!」


 ロイドが慌てて追いかける。


 建物へ近づく。


 入口は半壊していた。


 だが、完全には閉じていない。


 人が出入りできる程度には開いている。


「……生活痕」


 セドが低く言う。


「え?」


「足跡があります」


 ロイドは目を凝らす。


 確かに、土の上に薄く跡が残っていた。


「よく見えるなお前……」


「新しいです」


「どれくらい」


「数時間以内」


 ロイドの顔が引きつる。


「帰らね?」


「却下します」


「即答やめろ!」


 その時。


 奥から、金属音が響いた。


 カン――。


 ロイドの肩が跳ねる。


「うぉっ!?」


「……」


 セドは静かに奥を見る。


 そして。


「失礼します」


 普通に入っていった。


「待て待て待て!!」


 ロイドが小声で叫ぶ。


「お前、警戒とかないの!?」


「あります」


「ある奴の入り方じゃねぇんだよ!」


 建物の中は薄暗かった。


 古い工房特有の鉄臭さ。


 油の匂い。


 そして、微かに残る魔力の焦げた臭い。


「……」


 セドは周囲を確認する。


 古い工具。


 壊れた魔導炉。


 崩れた棚。


 十年前で時間が止まったみたいだった。


「誰だい」


 低い声。


 ロイドの肩がまた跳ねる。


 奥。


 暗がりの中から、一人の老婆が姿を見せた。


 白髪。


 細い身体。


 片目には古い魔導レンズ。


 服は汚れている。


 だが、その目だけは異様に鋭かった。


「……」


 セドは静かに頭を下げる。


「突然失礼します。エルマさんでしょうか」


 老婆の目が細くなる。


「……誰に聞いた」


「処理場側です」


「余計なこと喋るねぇ、あの馬鹿は」


 エルマは低く吐き捨てた。


 ロイドは思う。


 うわ、めちゃくちゃ怖ぇ。


 でも同時に理解した。


 この人、普通じゃない。


 空気が職人だ。


 ガルドとも違う。


 もっと尖っている。


「帰りな」


 エルマが言う。


「面倒事なら受けないよ」


「質問だけです」


「その“だけ”が厄介なんだ」


 即答だった。


 セドは静かに言う。


「十年前の事故について聞きに来たわけではありません」


 空気が少し止まる。


 エルマの目が変わった。


「……ほぉ?」


「現在の旧東工房区画についてです」


「……」


「最近、黒い鳥の紋章を持つ連中が動いています」


 エルマの空気がわずかに変わる。


 ロイドは見逃さなかった。


「知ってるんですか」


 セドが聞く。


 エルマはしばらく黙る。


 それから、小さく鼻を鳴らした。


「入んな」


「え?」


「立ち話は嫌いだ」


 ロイドが小声で言う。


「……通った?」


「たぶん」


「お前、ほんと交渉変な方向で強いな」


 工房の奥は、意外と整頓されていた。


 外は廃墟同然だったのに、中は生活感がある。


 古い本。


 部品。


 工具。


 そして、小型魔導炉。


 ロイドの目が少し丸くなる。


「……これ、動いてんのか?」


「動いてなきゃ死んでる」


 エルマが即答した。


「そりゃそうだけど」


「坊主、店主かい」


「え?」


「顔が商人だ」


 ロイドが少し複雑そうな顔をする。


「褒められてんのかなこれ」


「たぶん」


 セドが答えた。


「お前も相変わらず読めないねぇ」


 エルマは椅子へ座る。


 そして、セドを見る。


「で?」


「……黒い鳥について知りたい」


「やめときな」


 即答だった。


「関わると碌なことにならない」


「既に関わっています」


「だろうね」


 エルマは少しだけ笑った。


「目見りゃ分かる」


「?」


「止まる気ない目だ」


 ロイドが深く頷く。


「分かる」


「お前は黙ってな」


「ひでぇ」


 だが、エルマの目は真面目だった。


「坊主」


 セドを見る。


「黒い鳥は、“流れ”を運んでる」


「流れ」


「金、魔石、情報、人」


 一拍。


「全部だ」


 空気が静かになる。


「組合とは違うんですか」


「似てる。でも違う」


 エルマは低く言う。


「組合は“管理”だ。あいつらは“選別”」


「選別……」


「価値あるものだけ拾う」


 セドの目が少し細くなる。


「では、価値なしは」


「捨てる」


 短い返答。


「だから嫌いなんだよ、あいつら」


 ロイドがぼそっと言う。


「お前らと真逆じゃねぇか」


 エルマの目が少しだけ動いた。


「……お前ら?」


「俺ら、廃棄魔石拾って灯り石作ってるんだ」


「ほぉ?」


 エルマが初めて少し興味を見せた。


「面白いことしてるじゃないか」


「最近は組合に睨まれてます!」


 ロイドが半泣きで言う。


「それはそうだろうねぇ!」


 エルマが笑った。


 豪快な笑い方だった。


 ロイドは少し驚く。


 怖いだけの人じゃない。


「……灯り石、見せてみな」


 セドは小さな灯り石を取り出した。


 淡い光。


 安定している。


 エルマは無言で受け取る。


「……」


 数秒。


 沈黙。


「……悪くない」


「ありがとうございます」


「誰が調整した」


「私です」


「……は?」


 エルマの目が変わる。


「お前が?」


「はい」


「独学か」


「基本は」


 エルマは灯り石を見つめる。


 そして。


「気持ち悪い精度してるね」


 ロイドが吹き出した。


「褒めてる!?」


「職人の褒め言葉だ」


 エルマが即答した。


「普通、廃棄魔石はここまで安定しない」


「流れを分けています」


 セドが答える。


「暴走部分だけを逃がして、残りを循環させる形で」


 エルマの目が細くなる。


「……誰に習った」


「独学です」


「馬鹿かい」


 即答だった。


「普通は爆発する」


「何回かしました」


「だろうねぇ!」


 エルマがまた笑う。


 ロイドは思う。


 この人、ちょっとガルドに似てる。


 職人特有の面倒臭さがある。


 でも、嫌いじゃない。


「……なるほどね」


 エルマは灯り石を返した。


「だから黒い鳥が気にしてんのか」


 セドの目が鋭くなる。


「何故ですか」


「“価値なし”を流れに変えてるからだよ」


 静かな声。


「選別側からすりゃ、お前らは邪魔だ」


 店と同じことを言う。


 小さい流れ。


 拾われない価値。


 それを繋いでいる。


「……旧東工房区画には何があるんですか」


 セドが静かに聞く。


 エルマは少しだけ黙った。


 そして。


「まだ早い」


 短く言った。


「お前ら、今行くと死ぬ」


「理由を」


「理由まで聞くな」


 空気が少し冷える。


 ロイドが慌てて割って入った。


「ま、まぁまぁ! 今日は顔合わせってことで!」


「店主」


「はい!?」


「お前、胃痛持ちだろ」


「何で分かるんですか!?」


 エルマが吹き出した。


「顔」


「今日みんな顔で判断してくる……」


 だが、その空気のおかげで少しだけ張り詰めたものが緩む。


 エルマは深く息を吐いた。


「……坊主」


 セドを見る。


「旧東工房区画へ行く前に、“流れ”を覚えな」


「流れ」


「物だけ見てると死ぬよ」


 その言葉は重かった。


「人、金、情報、恐怖」


 一拍。


「全部流れてる」


 セドは静かに聞いていた。


「お前は、物を見る目はある」


 エルマは続ける。


「でも、“街”はまだ見えてない」


 沈黙。


 セドは少しだけ目を伏せた。


 否定できない。


 自分はまだ、“点”を追っている。


 でも、街はもっと大きい。


 人が動き。


 恐怖が流れ。


 利益が繋がる。


「……覚えておきます」


 エルマは少しだけ笑った。


「素直だねぇ、お前」


 ロイドが即座に言う。


「最近ちょっとだけですよ!」


「最近?」


「前もっと怖かった」


「ロイドさん」


「はい」


「黙ってください」


「ほら今の!」


 工房の中に笑い声が広がる。


 だがその裏で。


 セドは理解していた。


 旧東工房区画。


 黒い鳥。


 黒外套。


 その全ての裏には、“街の流れ”そのものがある。


 そして、自分たちは。


 もう、その流れの中へ踏み込み始めている。

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