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『価値なしと呼ばれた第二王子は、王都の裏側で灯りを灯す』  作者: 伊佐波瑞樹


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第33話



 エルマ。


 十年前の事故の生存者。


 その情報は、店の空気を完全に変えていた。


「……行くんだよな」


 ロイドが死んだ目で言う。


「行きます」


 セドが即答する。


「知ってた」


 ロイドは机へ突っ伏した。


「でもよぉ……」


 顔だけ上げる。


「絶対面倒なことになるぞ」


「可能性は高いです」


「そこで否定しろって!!」


 店の中に声が響く。


 ニコたちはちょっと楽しそうだった。


「なんか本格的になってきた!」


「冒険者っぽい!」


「だから違うって言ってんだろ!!」


 ロイドが全力で否定する。


「これはもっとこう……胃が痛いタイプのやつなんだよ!」


 ガルドが吹き出した。


「それはそう」


「認めんな!」


 だが、笑い声が少しだけ緊張を薄めていた。


 セドは机の上へ地図を広げる。


「東外れの廃工房跡地ですね」


「おう」


 ディムが頷く。


「今は人ほとんど近寄らねぇ」


「理由は」


「不気味だから」


「ふわっとしてんな」


 ロイドが言う。


 ディムは顔をしかめた。


「いや、本当にそうなんだよ。妙に静かでよ」


「静か?」


「鳥も少ねぇし、人も寄りつかねぇ」


 ガルドが腕を組む。


「……魔力汚染の残りかもな」


「そんな長く残るのか?」


「事故規模次第だ」


 ガルドの声が少し低くなる。


「十年前の旧東工房区画事故は、王都でも最大級だったって話だ」


 ロイドが眉をひそめる。


「でも、それだけデカい事故なら、もっと記録残ってても良くねぇか?」


「そこがおかしい」


 セドが静かに言う。


「情報が少なすぎます」


「隠したってことか」


「可能性は高いです」


 ディムが小さく舌打ちする。


「組合絡みだろうな」


「……」


「事故後、一気に工房街の管理権握ったからな」


 ロイドが少し嫌そうな顔をした。


「ほんと組合って何なんだ」


「流れ握る連中だ」


 ガルドが低く言う。


「材料、加工、販売、流通。全部な」


「でも、それって必要じゃねぇの?」


 ニコが聞く。


 ガルドは少しだけ考えた。


「必要だ」


「じゃあ悪くないじゃん」


「必要なのと、腐らないのは別だ」


 店が少し静かになる。


 ミラが淡々と言う。


「大きくなると、切り捨て増える」


「……」


「効率優先」


 セドは小さく頷いた。


「だから、廃棄魔石も見捨てられていた」


「そういうことだ」


 ガルドが答える。


「利益にならねぇ小さい流れは切られる」


 ロイドがセドを見る。


「で、お前はそこ拾ってる」


「はい」


「ほんと変なことしてんな」


「必要でしたので」


「便利だなお前のその言葉」


 ロイドが呆れる。


 だが、否定はしない。


 実際、セドが拾った“価値なし”は、今では店の中心になっている。


 灯り石。


 小さな流れ。


 でも確実に広がっている。


 


 その時だった。


 ガチャ、と店の扉が開く。


「お、やってるな」


 入ってきたのは、見慣れた男だった。


「クロスさん」


 ロイドが少し驚く。


 工房街の古道具商だ。


 痩せた中年男。


 目つきは悪いが、人は悪くない。


「朝から騒がしい声聞こえたぞ」


「いつもです」


 ミラが即答した。


「否定できねぇ……」


 ロイドが遠い目をする。


 クロスは店内を見回し、少しだけ眉をひそめた。


「何かあったか?」


 ロイドがセドを見る。


 セドは少し考えた。


「……旧東工房区画について調べています」


 クロスの動きが止まる。


「……何でまた」


「生存者情報が入りました」


「……は?」


 クロスの顔色が少し変わった。


「誰から聞いた」


「処理場側です」


 クロスはしばらく黙る。


 それから、小さく舌打ちした。


「お前ら、本当に変なとこばっか踏むな……」


「知ってるんですか?」


 ロイドが聞く。


 クロスは椅子へ座り込んだ。


「知ってるっつーか、昔ちょっと関わった」


 空気が少し変わる。


 セドの視線が鋭くなる。


「詳しく」


「いや、そんな大した話じゃねぇ」


 クロスは頭を掻く。


「事故のあと、片付け依頼が来たことがある」


「旧東工房区画の?」


「あぁ」


「中へ入ったんですか」


「入口だけな」


 クロスの顔が少し険しくなる。


「……変だった」


「何が」


「静かすぎた」


 ディムと同じことを言う。


 ロイドが少し嫌そうな顔をした。


「またそれか」


「いや、本当に妙なんだよ」


 クロスは低く言う。


「工房街って普通うるせぇんだ。工具音、炉の音、人の声」


「……」


「でもあそこは、全部止まってた」


 一拍。


「死んだみたいに」


 店の空気が静かになる。


 ニコたちも、さすがに少し不安そうだった。


「で、片付けしたんですか」


 セドが聞く。


「途中で止められた」


「誰に」


「組合」


 短い返答。


「“それ以上触るな”ってな」


 ガルドが顔をしかめる。


「やっぱ組合絡んでんな」


「しかも」


 クロスは少し声を落とした。


「その時、黒い鳥の紋章見た」


 空気が止まる。


「……十年前に?」


 ロイドが聞き返す。


「見間違いじゃねぇ」


 クロスは即答した。


「荷箱にあった」


 セドの目が細くなる。


 つまり。


 黒い鳥は最近現れた存在じゃない。


 十年前から、旧東工房区画へ関わっている。


「……繋がったな」


 ガルドが低く言う。


「はい」


 セドも頷いた。


 黒い鳥。


 旧東工房区画。


 組合。


 全部が一本に近づき始めている。


「なぁセド」


 ロイドが嫌そうな顔で言う。


「今のお前、絶対テンション上がってるだろ」


「上がっていません」


「嘘つけ。考え事してる時の顔になってる」


「分かる」


 ミラも頷く。


「目が怖い」


「そこまでですか」


「そこまで」


 即答だった。


 クロスが苦笑する。


「お前ら、ほんと妙な店だな」


「最近よく言われます」


「否定できねぇ……」


 ロイドがまた遠い目をする。


 


 その頃。


 王城では、ルイスが書庫で本を閉じていた。


「……」


 集中できない。


 まただ。


 最近ずっと、妙な感覚が続いている。


 何かが動いている。


 しかも、あまり良くない方向へ。


「ルイス?」


 声が飛ぶ。


 振り返る。


 フィリアだった。


「……フィリア」


「また難しい顔してる」


 フィリアはルイスの向かいへ座る。


「セドのこと考えてた?」


 ルイスが少し苦笑する。


「分かる?」


「分かるよ」


 フィリアは肩をすくめた。


「最近ずっとそういう顔」


 ルイスは少しだけ視線を落とした。


「……嫌な予感がするんだ」


「うん」


「セド、止まらない気がして」


「それは止まらないと思う」


 即答だった。


 ルイスが思わず笑ってしまう。


「やっぱり?」


「うん」


 フィリアも少し笑う。


「でも」


 一拍。


「だからこそ、ルイスが必要なんじゃない?」


 ルイスの目が少し動く。


「僕が?」


「止めるんじゃなくて」


 フィリアは静かに言う。


「帰ってくる場所になる」


 その言葉が、静かに胸へ落ちる。


 ルイスは少しだけ黙った。


 守る。


 支える。


 今まで、自分には縁のない言葉だと思っていた。


 でも最近、少しだけ分かる。


 セドは強い。


 でも、危うい。


 一人で進みすぎる。


「……帰ってくる場所、か」


「うん」


 フィリアは小さく笑った。


「たぶんセド、自分では気づいてないけど」


「?」


「もう、あの店を居場所だと思ってる」


 ルイスは少しだけ目を見開いた。


 そして。


 小さく笑う。


「……そうだといいな」


 窓の外では、王都の灯りが揺れていた。


 表の灯り。


 裏の灯り。


 小さな店の灯り。


 全部が、少しずつ繋がり始めている。


 まだ小さい。


 でも確実に。


 王都の流れそのものへ、近づき始めていた。

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