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『価値なしと呼ばれた第二王子は、王都の裏側で灯りを灯す』  作者: 伊佐波瑞樹


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第30話



 旧東工房区画で起きた爆発。


 その騒ぎは、一晩経っても収まっていなかった。


 工房街では朝からざわめきが続いている。


 「また魔力事故だ」


 「いや、旧東工房区画らしい」


 「なんで今さら?」


 「誰か入ったんじゃないか」


 「組合案件だろ」


 噂だけが街を巡る。


 だが、肝心な情報はほとんど出てこない。


 妙なくらいに。


「……情報が閉じてる」


 セドが小さく呟いた。


 朝。


 ロイドの店。


 開店前。


 店内では全員が集まっていた。


 ロイドは腕を組みながら顔をしかめている。


「普通、もっと広がるよな」


「はい」


 セドは頷く。


「死者が出た規模なら、もっと具体的な話が出ます」


「でも出てねぇ」


 ガルドが低く言う。


「つまり?」


「誰かが止めてる」


 短い答え。


 店の空気が少し重くなる。


 ミラは静かに紅茶を置いた。


「組合?」


「可能性はあります」


「黒外套側かもしれねぇ」


 ガルドが続ける。


「どっちにしろ、普通じゃねぇな」


 ロイドは深く息を吐いた。


「なぁ……」


「何でしょう」


「俺、普通に灯り石売ってただけなんだけど」


「今さらです」


「冷てぇな!?」


 ガルドが吹き出した。


「諦めろ。もう裏側に片足突っ込んでる」


「片足どころじゃねぇ気がするんだよ!」


 ロイドが頭を抱える。


 だが、その騒がしさが少しだけ空気を和らげていた。


 セドは机へ視線を落とす。


 旧東工房区画。


 爆発。


 黒い鳥。


 黒外套。


 そして、こちらを見ていた視線。


「……」


 気になる。


 だが、昨日は動かなかった。


 あれは明らかに誘導だった。


 騒ぎを起こし、人を集める。


 そこへ飛び込んだ者を確認する。


 そんな流れに見えた。


「セド」


 ミラが呼ぶ。


「何でしょう」


「今日は?」


「動きません」


 ロイドが露骨に安堵した顔をする。


「よし……」


「情報整理を優先します」


「そっちなら大歓迎だ」


 ロイドは本気で頷いた。


「今日は平和に行こう。頼むから」


 その時だった。


 コン、コン。


 表の扉が叩かれる。


 全員の空気が一瞬で変わった。


 ロイドが嫌そうな顔をする。


「もう怖ぇんだけど」


「開けます」


 セドが扉へ向かう。


 静かに開ける。


「……あ」


 そこに立っていたのは、フィリアだった。


 銀髪。


 淡い青の瞳。


 今日は王城用の服ではなく、比較的目立たない外套を羽織っている。


 だが、育ちの良さは隠しきれていない。


「……え?」


 ロイドが固まる。


 ガルドも目を細めた。


 ミラは無言。


「失礼します」


 フィリアが静かに頭を下げた。


「ルイス様からではありません。今日は私個人です」


 セドの目が少し細くなる。


「何故こちらへ」


「ルイスが心配してた」


 店の空気が少し変わる。


「昨日から落ち着いてなくて」


 フィリアはセドを見る。


「何か危ないこと、起きてる?」


 セドは少しだけ黙った。


 隠すべきか。


 だが、この少女はルイス側だ。


 しかも、ただの貴族ではない。


 察する力がある。


「……はい」


 フィリアは小さく息を吐いた。


「やっぱり」


「ですが、ルイス様へ直接危険が向く段階ではありません」


「“今は”でしょ?」


 セドが少し止まる。


 フィリアは真っ直ぐ見ていた。


「ルイス、最近ずっと頑張ってる」


「……」


「だからこそ、余計な無茶させないで」


 その言葉は柔らかい。


 だが、芯があった。


 ロイドが小声でガルドへ聞く。


「誰だこの子。強くね?」


「貴族慣れしてる感じはする」


 ミラは静かにフィリアを見ていた。


 敵意はない。


 だが、簡単に飲まれない。


 そんな空気。


「フィリア様」


 セドが静かに言う。


「ルイス様へは、こちらから危険を近づけません」


「……うん」


「ですが」


「?」


「止められない流れもあります」


 フィリアは少しだけ目を伏せた。


「やっぱり、危ないんだ」


 セドは否定しなかった。


 沈黙が答えだった。


 ロイドは空気に耐えきれず口を挟む。


「えーっと」


 全員の視線が向く。


「とりあえず座るか!? 立ち話も何だし!」


 フィリアが少しだけ笑った。


「ありがとうございます」


 ロイドは内心で思う。


 うわ、ちゃんと貴族だ。


 品がある。


 でも威圧感はない。


 ルイスとはまた違うタイプだ。


 セドが席を用意する。


 ミラは無言で紅茶を追加した。


「ありがとう」


「……」


 ミラは軽く頷くだけ。


 だが、ちゃんと受け入れている。


「ルイスは元気?」


 フィリアが聞く。


「はい」


 セドが答える。


「最近は夜の訓練も続けています」


「やっぱり」


 フィリアは苦笑した。


「無茶してるよね」


「自覚は薄いです」


「だろうねぇ……」


 ロイドが思わず頷く。


「分かる。セドと似てる」


「は?」


 セドが珍しく反応した。


「どこがでしょう」


「そこだよ」


 ロイドが即答する。


「自分だけ大丈夫だと思ってる感じ」


「思っていません」


「思ってる奴ほどそう言うんだよ!」


 ガルドが笑う。


「ほんと最近、こいつにツッコミ増えたな」


「増やさせてるのはお前らだろ!」


 少しだけ空気が柔らかくなる。


 フィリアも小さく笑っていた。


「……良かった」


「?」


「ルイス、前よりずっと表情変わったから」


 セドの目がわずかに動く。


「以前は、本当に自分を消してるみたいだった」


 フィリアは静かに紅茶を見る。


「でも最近は、“考えてる顔”するようになった」


「……」


「悩んで、迷って、それでも進もうとしてる」


 一拍。


「たぶん、セドたちのおかげ」


 セドは少しだけ黙った。


 そんな風に考えたことはなかった。


 自分は、ただルイスの外側を作ろうとしていただけだ。


 王城の外へ繋ぐ流れ。


 居場所。


 選択肢。


 それだけだった。


「……私は」


 ぽつりと出る。


「特別なことはしていません」


「してるよ」


 フィリアは即答した。


「ルイス、最近ちゃんと“自分で選ぼう”としてる」


 その言葉は、静かに胸へ落ちた。


 セドは少しだけ目を伏せる。


 ロイドが横からぼそっと言う。


「なんか今日、精神ダメージ受けてんな」


「分かる」


 ガルドも頷く。


「褒められ慣れてねぇ顔だ」


「人間っぽい」


 ミラまで言った。


「……皆さん、好き勝手言いますね」


「そこも前より柔らかい」


 ミラが淡々と返す。


 セドは珍しく言葉に詰まった。


 その時。


 外。


 再び黒い鳥の荷車が通った。


 全員の空気が一瞬で変わる。


 フィリアも窓の外を見る。


「……あれ?」


「最近増えてます」


 セドが答える。


 黒い鳥の紋章。


 今日は三台。


 だが――。


「……」


 セドの目が細くなる。


「どうした」


 ガルドが聞く。


「荷が少ないです」


「は?」


「昨日までより軽い」


 ロイドが眉をひそめる。


「見て分かるのか?」


「車輪の沈み方です」


「怖ぇよお前」


 だが、セドの表情は真面目だった。


「昨日までと違います」


「つまり?」


「運搬ではなく、確認の可能性があります」


 空気が少し冷える。


「……こっち見てるってことか」


 ロイドが低く言う。


「可能性は高いです」


 その瞬間だった。


 荷車の一台が、店の前で止まる。


 全員の空気が張り詰めた。


「おいおいおい……」


 ロイドが青ざめる。


 荷車の横。


 黒い外套の男が降りる。


 静かに。


 ゆっくりと。


 そして――。


 店を見た。


 笑っている。


 だが、やはり目は笑っていない。


「……」


 セドが一歩前へ出る。


 フィリアの目も鋭くなる。


 黒外套の男は、ゆっくりと店へ近づいた。


 扉の前で止まる。


 そして。


 コン、コン。


 静かに扉を叩いた。


 店の空気が、完全に凍りつく。


「……来たな」


 ガルドが低く呟く。


 ロイドの喉が鳴る。


 ミラは無言で工具へ手を伸ばした。


 セドは静かに扉を見る。


 黒外套。


 黒い鳥。


 旧東工房区画。


 全部が、ここへ繋がっている。


 そして今。


 向こうから、店へ踏み込んできた。

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