第28話
王都の夜は明るい。
貴族街は魔導灯が並び、中央通りには夜でも人が歩く。
酒場の笑い声。
楽団の音。
商人の呼び込み。
それだけ見れば、平和な街だ。
だが、その灯りを支えている場所は違う。
工房街。
処理場。
裏路地。
人が見ない場所で、王都は回っている。
そして今。
ロイドの店もまた、その“裏側”に足を踏み入れ始めていた。
「……増えてんな」
ロイドが窓の外を見ながら言った。
黒い鳥の紋章。
最近、本当に増えている。
しかも今日は昼だけでなく、夜にも荷車が動いていた。
「夜運搬なんて、普通か?」
「急ぎの荷ならあります」
セドが答える。
「ですが、工房街側へ向かう量ではありません」
「つまり?」
「多すぎます」
ミラが静かに言う。
「隠してる」
「はい」
ガルドが椅子へ深く座り、腕を組む。
「組合も最近動きが変だ」
「変?」
ロイドが聞く。
「登録確認が急に増えてる。工房街の小規模店にも声かけ始めた」
「……締め付けか」
「たぶんな」
ガルドは顔をしかめる。
「前はもっと雑だった。売れてる大手だけ見てりゃ良かったからな」
「今は違う」
ミラが言う。
「小さい流れを潰してる」
セドは黙って聞いていた。
組合の動き。
黒い鳥。
黒外套。
全部が、微妙に繋がり始めている。
まだ輪郭は見えない。
だが、確実に何かが動いている。
「セド」
ロイドが低く呼ぶ。
「何でしょう」
「お前、何か考えてる顔してる」
「考えています」
「だろうな」
ロイドはため息を吐いた。
「で、何考えてる」
セドは少しだけ視線を落とした。
「……黒い鳥の荷車です」
「やっぱそっちか」
「護衛が増えています」
「五台もいたしな」
「通常の商材輸送ではありません」
「何運んでると思う?」
その質問に、セドは少しだけ沈黙した。
「分かりません」
「でも予想はあるんだろ」
「……あります」
ロイドたちの視線が集まる。
「高価な物です」
「そりゃ護衛付きならそうだろ」
「ですが、問題はそこではありません」
セドは静かに続けた。
「“隠す必要がある高価な物”です」
空気が少し変わる。
ロイドが眉をひそめた。
「……合法じゃねぇってことか?」
「断定はできません」
「でも臭ぇ」
ガルドが言う。
「はい」
ミラが短く頷く。
その時だった。
表の扉が、静かに叩かれる。
コン。
コン。
妙に静かな音。
店の空気が一瞬で張る。
ロイドが顔をしかめた。
「……今度は何だ」
セドが扉へ向かう。
手をかける。
開く。
そこに立っていたのは――。
「……ディムさん」
処理場の男だった。
ぼさぼさの黒髪。
疲れた顔。
だが今日は、いつもよりさらに顔色が悪い。
「悪ぃ」
ディムが低く言う。
「ちょっと話ある」
セドの目が細くなる。
「中へ」
「助かる」
ディムが店へ入った瞬間、ロイドがすぐに察した。
何かあった。
しかも、良くない方だ。
「おい、どうした」
ディムは周囲を確認した。
ニコたちは今日はもう帰っている。
店内にいるのは、ロイド、ミラ、ガルド、セドだけ。
それを確認してから、低く言う。
「処理場で死人が出た」
空気が止まった。
「……事故か?」
ロイドが聞く。
ディムは少しだけ黙る。
「表向きはな」
「表向き?」
ガルドの声が低くなる。
ディムは舌打ちした。
「おかしいんだよ」
「何が」
「魔力暴走の規模が」
セドの視線が鋭くなる。
「詳しく」
「普通、廃棄魔石の暴走はあそこまで連鎖しねぇ」
ディムは椅子へ座り込む。
「しかも、爆ぜた場所が変だ」
「変?」
「王城払い下げの区画じゃねぇ」
一拍。
「黒い鳥の荷が通った直後だ」
店の空気が、一気に冷えた。
「……」
ロイドが言葉を失う。
ガルドの顔が険しくなる。
ミラは静かにディムを見ていた。
「つまり」
セドが静かに聞く。
「黒い鳥の荷に関係があると?」
「分からん」
ディムは即答した。
「証拠はねぇ」
「ですが、疑っている」
「……あぁ」
ディムは頭を掻く。
「しかも、その後だ」
「?」
「処理場に組合じゃない連中が来た」
セドの目がわずかに動く。
「黒外套ですか」
「知ってんのか」
「店に来ました」
「……は?」
ディムの顔が変わる。
「お前ら、何やってんだよ」
「普通に営業していました」
「普通に営業してる店に黒外套来ねぇよ!!」
ロイドが全力で頷いた。
「それは俺も思った!」
ディムは頭を抱える。
「最悪だ……」
「何者なんですか」
セドが聞く。
ディムは少しだけ黙った。
そして、低く言う。
「知らん」
「……」
「でも、裏の連中でも避けてる」
「理由は」
「消える」
短い言葉だった。
「近づいた奴が、何人か消えてる」
ロイドの顔が引きつる。
「やめろ怖ぇよ」
「俺も怖ぇよ」
ディムが即答した。
「だから来たんだ」
「警告ですか」
「半分な」
ディムはセドを見る。
「お前ら、今ならまだ引き返せる」
「……」
「組合相手だけなら、まだ商売の範囲だ。でも、黒い鳥と黒外套が絡んでるなら話が違う」
「具体的には」
「裏だ」
ディムの声が低くなる。
「もっと深い方の」
沈黙。
ロイドはしばらく黙っていた。
それから、小さく言う。
「……なぁ」
「?」
「俺ら、ただ灯り石売ってただけだよな?」
ガルドが吹き出した。
「今さらか」
「いやだってよ!!」
ロイドが立ち上がる。
「気づいたら組合に睨まれて、処理場行って、黒外套来て、裏の深い方とか言われてんだぞ!?」
「落ち着け」
「落ち着けるか!!」
ミラが静かに言う。
「でも、止まる?」
ロイドが止まる。
「……」
「今やめる?」
ロイドは店を見る。
灯り石。
帳簿。
加工道具。
皆の顔。
そして、少しずつ増え始めた客。
「……」
答えは、出ていた。
「……やめねぇ」
ロイドが低く言う。
「今さら全部投げられるか」
ディムが深く息を吐いた。
「だろうな」
「分かってたのかよ」
「お前、そういう顔してる」
ロイドは頭を掻いた。
「くそっ……」
セドは静かに口を開く。
「ディムさん」
「何だ」
「もう一つ伺いたい」
「……内容による」
「黒い鳥の荷は、どこへ向かっていますか」
ディムの顔が少しだけ険しくなる。
「やめとけ」
「必要です」
「その言葉、本当に便利だな」
「よく言われます」
ディムは少し黙った。
それから、低く言う。
「旧東工房区画」
ガルドの目が変わった。
「……は?」
ロイドが振り返る。
「知ってんのか?」
「知ってるも何も」
ガルドが顔をしかめる。
「あそこ、十年前に閉鎖された区域だぞ」
「閉鎖?」
「魔力事故」
短い言葉だった。
「でかい暴走が起きて、工房ごと吹っ飛んだ」
ロイドが眉をひそめる。
「そんな場所に荷運んでんのか?」
「今は立入禁止のはずだ」
ガルドは低く言う。
「組合管理になってから、誰も入ってねぇ」
セドは静かに考えていた。
立入禁止区域。
組合管理。
黒い鳥。
黒外套。
繋がり始めている。
「……セド」
ロイドが嫌そうな顔をする。
「お前、今絶対嫌なこと考えてる」
「旧東工房区画を確認する必要があります」
「ほら来た!!」
ロイドが頭を抱えた。
「やめろ! 絶対危ねぇ!」
「危険なのは承知しています」
「承知してる顔じゃねぇんだよお前は!」
ガルドも珍しく真顔だった。
「今回は俺も反対だ」
「理由を」
「旧東工房区画は、本当に危ねぇ」
ガルドの声が低い。
「あそこは普通の事故じゃねぇ」
「……」
「工房が吹っ飛んだだけじゃない。職人も、護衛も、調査に入った連中も、何人も死んでる」
ロイドが顔を引きつらせる。
「おいおい……」
「今でも変な噂がある」
ミラが静かに言う。
「夜に光る」
「やめろ怖ぇ」
「声が聞こえる」
「もっとやめろ!!」
ロイドが叫ぶ。
だが、ガルドもミラも冗談を言っている顔ではなかった。
「本当に近づくな」
ガルドがセドを見る。
「少なくとも、今は」
セドは黙っていた。
考えている。
その沈黙が、逆に怖い。
ロイドが本気で嫌そうな顔をする。
「お前、その顔やめろ」
「……」
「絶対行く気だろ」
「現時点では未定です」
「それ、行くやつの言い方なんだよ」
ディムが深く息を吐いた。
「とりあえず、今日は動くな」
「……」
「黒外套が動いてる時点で、下手に踏み込むと消えるぞ」
その言葉は重かった。
脅しではない。
実感がある声だ。
セドは静かに目を伏せる。
「……分かりました」
ロイドが少しだけ安堵した。
「ほんとか?」
「今日は」
「“今日は”って付けるな!!」
店の中に声が響く。
だが、その騒がしさの裏で。
誰もが理解していた。
もう、小さな灯り石の店だけの話ではない。
王都の裏側。
閉鎖された工房区画。
黒い鳥。
黒外套。
何か大きなものが、確実に動いている。
そして、その流れは。
もう、すぐ近くまで来ていた。




