第22話
組合の男が去ったあとも、店の中にはしばらく沈黙が残っていた。
それは、静けさではない。
音が消えたのではなく、誰も簡単に言葉を出せなくなっただけだ。
ロイドの店。
ほんの少し前まで、客足もまばらで、埃の匂いと諦めが染みついていた小さな店。
そこに今は、灯り石が並び、職人がいて、子供たちが持ち込んだ魔石の欠片があり、記録用の紙が積まれている。
確かに動き出した。
止まっていたものが、回り始めた。
だが、動き出したからこそ、見つかった。
組合に。
大きな流れを管理している側に。
「……帰った、よな」
ロイドがようやく口を開いた。
声はいつもより低い。
表の扉を睨むように見ながら、肩で息をしている。
怒っているのか、緊張が解けたのか、それともその両方か。
自分でも判別できていないような顔だった。
「帰りました」
セドは静かに答えた。
扉の方へ向けていた視線を、ゆっくりと店内へ戻す。
ニコ、リナ、トマはまだ奥にいた。
ミラの後ろに隠れるようにして、じっとしている。
さっきまで買い取り窓口に少し慣れ始めていたのに、組合の男が来た瞬間、一気に顔が強張った。
大人の圧。
笑っているのに、息苦しくなる声。
子供は、そういうものに敏感だ。
理由が分からなくても、怖いものは怖い。
「……もう、大丈夫?」
リナが小さく聞いた。
ミラはリナの方を見た。
表情は変わらない。
けれど、声はほんの少しだけ柔らかかった。
「今は」
「今は……?」
「また来る」
「え」
リナの顔がさらに不安そうになる。
ロイドが慌てて口を挟んだ。
「ミラ、お前なぁ。言い方ってもんがあるだろ」
「嘘はよくない」
「それはそうだが、怖がらせる必要もねぇだろうが」
「……怖がらせた?」
「今のはかなりな」
ミラはリナを見た。
「ごめん」
短い謝罪。
だが、リナは少しだけ驚いた顔をした。
「謝れるんだ」
「失礼」
「ご、ごめんなさい」
リナが慌てて頭を下げる。
ガルドが低く笑った。
「お前ら、似た者同士かよ」
「似てない」
「似てねぇよ」
ミラとリナの声が微妙に重なり、ロイドが思わず噴き出した。
張り詰めた空気が、ほんの少し緩む。
だが、それだけだ。
根本の問題は何も消えていない。
トマは腕を組んだまま、表の扉を睨んでいた。
子供にしては目つきが強い。
怯えていないわけではない。
だが、怯えを怒りで上書きしている。
「……あいつら、また来るのかよ」
トマが言う。
「来ます」
セドははっきり答えた。
誤魔化さない。
「ただし、次も同じ形とは限りません」
「どういう意味だよ」
「今日のように正面から来る場合もあります。別の者を使う場合もあります。噂を流す場合もあります。材料を止める場合もあります」
「いっぱいあるじゃん」
ニコが顔をしかめる。
「大人って面倒だな」
「子供も十分面倒です」
ガルドが言うと、ニコがむっとした顔をした。
「僕たち、そんな面倒じゃないし」
「危ない場所に入りそうな顔してる」
「入らないってば」
「そういうやつほど入るんだよ」
「ガルドさんも入ったことあるんでしょ」
「何度もある」
「じゃあ人のこと言えない」
「だから言ってんだよ。失敗した奴の言葉は聞いとけ」
ニコは少し黙った。
その顔には、納得しきれないけれど反論もできない、という感情がはっきり出ていた。
ロイドはそれを見て、ふっと笑う。
「まぁ、まずは今日の分を終わらせるぞ」
「続けるの?」
リナが聞く。
ロイドは目を丸くした。
「そりゃ続けるだろ」
「だって、怖い人来た」
「怖い人が来たからやめます、ってやってたら店なんかできねぇよ」
言ってから、ロイドは少しだけ表情を変えた。
自分で言った言葉が、自分に刺さったのだろう。
かつての自分なら、たぶんやめていた。
怖い人が来た。
面倒な相手が来た。
組合が見ている。
ならやめよう。
そうして、少しずつ店は動かなくなった。
客が減り、商品が止まり、心が折れ、最後には扉を開ける意味すら分からなくなった。
けれど今は。
「……やめねぇよ」
ロイドはもう一度言った。
今度は、自分に言い聞かせるように。
「買い取りは続ける。ただし、決まりは守る。危ないもんは買わねぇ。盗品も買わねぇ。夜に拾いに行くのも駄目だ」
ニコが頷く。
「うん」
リナも頷いた。
「分かった」
トマは少し遅れて、顔を背けながら言う。
「……分かったよ」
ロイドは三人を見回した。
「あと、変な大人が話しかけてきたら、ここに言いに来い」
「言いに来たらお金くれる?」
トマが聞く。
ロイドは眉をひそめた。
「お前なぁ」
セドが口を開く。
「内容次第です」
「払うのかよ」
ロイドが驚く。
セドは淡々と答えた。
「情報には価値があります」
「子供相手でも?」
「子供だからこそ、危険を伝えた時に報酬を出す意味があります」
トマの目が動く。
セドは続けた。
「ただし、嘘を持ってきた場合は二度と買い取りません」
「……嘘かどうか分かるのかよ」
「確認します」
「確認できなかったら?」
「保留です」
「厳しいな」
「必要ですので」
トマはじっとセドを見ていた。
そして、少しだけ口元を曲げる。
「……分かった。変な大人がいたら言う」
「お願いします」
「でも、危なかったら?」
リナが不安そうに聞く。
「逃げてください」
セドは即答した。
「情報より命が優先です」
リナは何度も頷いた。
「うん。逃げる」
「声を出しても構いません」
「大声?」
「はい」
ガルドが横から言う。
「石投げてもいいぞ」
「よくありません」
セドがすぐに止める。
「なんでだよ」
「相手が逆上します」
「じゃあ砂は?」
「同じです」
「つまんねぇな」
「遊びではありません」
ガルドは肩をすくめた。
ニコがくすりと笑う。
少しだけ、子供たちの顔が戻ってきた。
セドはそれを確認してから、記録用紙を閉じた。
「本日の買い取りはここまでにしましょう」
「え、まだ少しあるよ」
ニコが袋を揺らす。
「今日はここまでです」
「なんで?」
「組合が来た直後です。動きを大きくしすぎない方がいい」
「……難しい」
「簡単に言うと」
ロイドが横から言う。
「今日はもう帰れってことだ」
「最初からそう言ってよ」
ニコがむっとする。
ロイドが笑った。
「俺の方が分かりやすいだろ」
「うん」
「おい、セド。聞いたか」
「聞いています」
「俺、説明係向いてるんじゃねぇか?」
「向いています」
「お、素直だな」
「ただし、感情が乗りすぎます」
「褒めて落とすな」
子供たちが少し笑った。
ロイドはその笑いを聞いて、少しだけ目を細めた。
店に子供の声がある。
以前なら、考えもしなかった。
客も来ない店に、子供が材料を持ってきて、職人が口論して、若い従者が帳簿を握っている。
滅茶苦茶だ。
だが、動いている。
それだけは確かだった。
ニコたちが帰ったあと、店の空気はまた少し重くなった。
ロイドが扉を閉め、振り返る。
「……さて」
低い声。
「笑って終わり、ってわけにはいかねぇよな」
「はい」
セドは組合の男が置いていった書面を取り出した。
五日以内の書類提出。
加工者登録状況。
材料入手経路。
販売品安全確認。
買い取り記録。
項目は多い。
だが、真に厄介なのは数ではない。
組合が“何を突きたいのか”を見極めることだ。
「向こうの狙いは何だ」
ロイドが聞く。
「一つではありません」
セドは答えた。
「まず、こちらの実態把握」
「どれだけ売ってるか、誰が作ってるか、材料はどこからか」
「はい」
「次は?」
「弱点探しです」
ガルドが舌打ちする。
「俺とミラか」
「可能性は高いです」
ミラは無表情だった。
「私は個人」
「はい。組合登録外の個人職人として扱われる可能性があります」
「ガルドは?」
「元登録者で、現在未登録」
ガルドが鼻で笑う。
「向こうからしたら、突きやすいわけだ」
「はい」
「正直に言うな」
「必要ですので」
ガルドは苦笑し、椅子に座った。
「で、どうする。登録するか?」
ロイドが目を向ける。
ミラは少しだけ眉を寄せた。
「嫌」
「即答だな」
「縛られる」
「俺も嫌だ」
ガルドが言う。
「組合に戻るくらいなら、石齧ってた方がマシだ」
「齧るな」
ミラが淡々と言う。
「歯が欠ける」
「そこじゃねぇよ」
ロイドが頭を抱えた。
「お前ら、話が進まねぇ」
セドは静かに言った。
「今すぐ登録する必要はありません」
「本当か?」
ロイドが聞く。
「はい。ただし、“登録準備中”という形は作れます」
「それ、誤魔化しじゃねぇか?」
「猶予です」
「言い方を変えただけに聞こえるな」
「目的が違います」
セドは紙へ線を引く。
「登録しない、と明確に示せば対立になります。登録する、と決めれば縛られます。ならば、登録準備中として時間を取る」
「その間に?」
「別の形を作ります」
ガルドが目を細めた。
「別の形?」
「職人登録ではなく、製品安全確認の形式です」
「……詳しく」
「組合が問題にするのは、誰が作ったかです。しかし客にとって重要なのは、品が安全かどうか」
「そりゃそうだ」
「なら、安全確認記録をこちらで作ります」
ミラの目が少し動いた。
「検品表?」
「はい」
「光量、熱、割れ、魔力残り」
「それに使用時間、破損率、返品記録」
ミラが小さく頷く。
「作れる」
ガルドが顎に手を当てる。
「組合が職人登録で突いてきたら、安全確認はしてるって返すのか」
「はい」
「でも、それで黙るか?」
「黙りません」
「だろうな」
「ですが、すぐに販売停止を出す理由は弱まります」
ロイドが深く息を吐く。
「……綱渡りだな」
「はい」
「落ちたら?」
「潰れます」
「軽く言うな」
「重く言っても結果は変わりません」
ロイドはしばらくセドを見ていた。
それから、諦めたように笑った。
「ほんと、お前はそういう奴だな」
「どのような意味でしょう」
「怖いくらい現実的で、腹立つくらい諦めが悪い」
セドは少しだけ考えた。
「悪い評価ではなさそうですね」
「褒めてるよ」
「ありがとうございます」
「そこは普通に受け取るんだな」
ロイドは笑った。
だがすぐに顔を引き締める。
「よし。やることを分けるぞ。俺は販売記録と買い取り記録。ミラは検品表。ガルドは材料分類と加工手順。セドは提出書類のまとめ」
「それで問題ありません」
「あと」
ロイドはセドを見る。
「お前は寝ろ」
「まだ」
「寝ろ」
強い声だった。
「前にも言っただろ。一人で抱えるな」
「……」
「組合相手に頭を使うのは分かった。だが、頭ってのは寝ないと回らねぇ」
ガルドが頷く。
「そこは店主に賛成だな」
ミラも言う。
「眠いと判断を間違える」
「……分かりました」
セドは渋々頷いた。
ロイドは満足そうに腕を組む。
「よし。じゃあ半刻休め」
「半刻ですか」
「最初から長く寝ろって言っても寝ねぇだろ」
「……」
「ほら図星だ」
セドは何も言い返さなかった。
その代わり、紙束を整え、ロイドへ渡す。
「では、この項目だけ先に」
「置いていけ。見るだけ見とく」
「誤記があれば」
「分かってる。印つける」
「お願いします」
セドは奥へ下がった。
扉が閉まる。
ロイドはそれを見届けてから、少しだけ息を吐いた。
「……あいつも、不器用だな」
ガルドが低く笑う。
「忠犬ってやつか?」
「犬にしては目が怖ぇ」
ミラがぽつりと言う。
「刃物」
「もっと怖くなったぞ」
ロイドが苦笑した。
けれど、三人ともセドを軽んじてはいない。
むしろ逆だ。
あの少年がどれだけ背負っているか、少しずつ見え始めている。
だからこそ、分けなければならない。
店は一人で回らない。
商いも、戦いも。
誰か一人が背負う形では、いずれ折れる。
ロイドは帳簿を開いた。
「……さて、やるか」
ミラは検品表の項目を書き始める。
ガルドは材料分類用の箱を並べ直す。
店は、また動き出した。
その頃。
王城の書庫で、ルイスは一通の古い記録を読んでいた。
払い下げ商会一覧。
王城の廃棄品を処理する登録商会の名が並んでいる。
その中には、王都商業組合に属する商会がいくつもあった。
けれど、ルイスの目が止まったのは、端の方に書かれた一つの名前だった。
「……エルネスト運搬商」
大きな商会ではない。
むしろ、補助扱いに近い。
王城の廃棄品の中でも、価値の低いものを運搬するだけの小さな業者。
魔石を扱う専門ではない。
だからこそ、目立たない。
「……ここなら」
ルイスは小さく呟いた。
直接、王城廃棄魔石を引き出すのは難しい。
だが、払い下げの運搬経路を知ることはできるかもしれない。
価値がないと判断された欠片。
それがどこへ行くのか。
誰が運ぶのか。
どこで捨てられるのか。
それが分かれば、セドたちの買い取り窓口と繋がる可能性がある。
「……でも」
ルイスは筆を止めた。
自分が直接エルネスト運搬商に接触するわけにはいかない。
城から出ない。
表に立たない。
それは絶対だ。
では、どうやってセドに伝えるか。
安全な経路はある。
けれど、内容が具体的すぎると危険だ。
誰かに見られた時、ルイスが関わっていると悟られる。
「……難しいな」
ぽつりと漏れる。
足元の影が揺れた。
ノクスの気配。
――道は見えている。
「うん。でも、渡し方を間違えたら全部見つかる」
――見つかるのが怖い?
「怖いよ」
ルイスは素直に答えた。
「今見つかったら、たぶん全部壊れる」
ノクスは沈黙する。
ルイスは紙を見つめたまま続けた。
「セドが動いて、ロイドさんが売って、ミラさんとガルドさんが作って、子供たちが持ってきてくれてる」
一拍。
「僕が軽率に動いて、それを壊したくない」
――なら、選びなさい。
「またそれ?」
少しだけ苦笑する。
けれど、嫌ではなかった。
ノクスはいつも答えをくれない。
だからこそ、自分で考えるしかない。
「……直接書かない」
ルイスは別の紙を取り出した。
そこには、以前からセドとの間で使っている簡単な符号がある。
書庫で見つけた気になる項目を、表向きは勉強用の覚書として残す形。
内容は曖昧に。
けれど、セドなら拾える程度に。
「廃棄品運搬記録」
そのままでは危ない。
ルイスは考える。
そして書いた。
――価値なきものの行き先を確認。運ぶ者は、選ぶ者ではない。
「……これで伝わるかな」
――彼なら。
「セドなら?」
――読む。
ルイスは少しだけ笑った。
「そうだね。セドなら、たぶん読む」
手紙ではない。
指示でもない。
ただの覚書。
それを安全な経路でセドへ渡す。
ルイスは紙を折り、小さな本の間へ挟んだ。
そして、深く息を吐く。
「僕は外に出ない」
自分に言い聞かせるように。
「でも、繋げることはできる」
足元の影が静かに揺れた。
ノクスの声はもう聞こえない。
けれど、見ている気配はあった。
その夜。
人目を避けた訓練場で、ルイスはまた木剣を握っていた。
セドはいない。
今日は外の仕事が詰まっている。
代わりに、ルイスは一人で型を繰り返していた。
昼間の稽古で教わった基本。
セドに何度も崩された足運び。
剣を振る角度。
視線。
呼吸。
「……っ」
振る。
もう一度。
また振る。
腕が重い。
足が痛い。
だが、止めない。
「表では何もしてない」
小さく呟く。
振る。
「それでいい」
振る。
「でも、裏で止まる理由にはならない」
剣先がわずかにぶれる。
ルイスは息を整えた。
「……もう一度」
誰も見ていない。
誰も褒めない。
誰も期待していない。
だからこそ、続ける。
自分で選んだから。
セドが外で動いているなら、自分は内側で積み上げる。
知識も。
剣も。
ノクスとの距離も。
必要とされる王になるために。
まだ遠い。
あまりにも遠い。
けれど、最初の一歩はもう踏み出している。
夜の訓練場に、木剣が風を切る音だけが響いた。
同じ頃。
ロイドの店の奥で、セドは短い休息から目を覚ました。
半刻。
約束通りの時間。
体はまだ重い。
だが、頭は少しだけ澄んでいた。
机の上には、ロイドたちが作業した記録が並んでいる。
販売。
買い取り。
検品。
材料分類。
それぞれの紙に、それぞれの字がある。
不揃いだ。
統一されていない。
見にくい部分もある。
だが。
セドはそれを見て、少しだけ目を細めた。
一人の記録ではない。
店の記録だ。
それは大きな違いだった。
「……任せる、ですか」
小さく呟く。
難しい。
だが、必要だ。
ルイスが前を見るためには、自分が後ろで支える。
それは変わらない。
しかし、すべてを自分一人で抱えることとは違う。
後ろにもまた、人が必要だ。
支える側にも、支えがいる。
それを、少しずつ理解し始めていた。
その時、ロイドが奥へ入ってきた。
「起きたか」
「はい」
「ちゃんと寝たか?」
「半刻」
「本当に半刻きっちり寝るやつがあるか」
「約束でしたので」
「真面目か」
ロイドは呆れたように笑った。
そして、一冊の小さな本をセドへ渡す。
「これ、届いてたぞ」
「……」
セドは受け取る。
表向きは、古い商業記録の写し。
だが、挟まれた紙の位置ですぐ分かった。
ルイスからだ。
誰にも悟られないよう、表情を変えずに本を開く。
紙を見る。
短い一文。
――価値なきものの行き先を確認。運ぶ者は、選ぶ者ではない。
セドは数秒、黙った。
そして、紙を閉じる。
「……なるほど」
小さく呟く。
ロイドが眉をひそめた。
「何か分かったのか」
「はい」
「何が」
「次の材料経路です」
セドは顔を上げた。
「王城廃棄品の運搬経路を探ります」
ロイドが目を丸くする。
「王城?」
「はい」
「おいおい、急に話がでかくなってねぇか」
「直接ではありません」
セドは静かに言う。
「払い下げ品そのものではなく、運搬先を追います」
「……つまり?」
「価値なしと判断され、組合が見落としている場所を探す」
ロイドはしばらく黙っていた。
そして、低く笑った。
「……誰が考えた」
「さあ」
「とぼけんな」
「必要な情報です」
「お前の後ろの“誰か”か?」
セドは答えなかった。
ロイドはそれ以上聞かなかった。
ただ、少しだけ表情を変えた。
「……すげぇな」
「何がでしょう」
「その誰か」
一拍。
「外に出てないのに、こっちに手を伸ばしてる」
セドは静かに目を伏せた。
「はい」
短い肯定。
それ以上は言わない。
言えない。
だが、その声には確かな誇りがあった。
ロイドはそれを聞いて、小さく笑った。
「なら、こっちも応えねぇとな」
「はい」
セドは書類を整え直す。
組合への対応。
買い取り窓口。
材料分類。
そして、新たな経路。
やることは増えた。
危険も増えた。
だが、道も増えた。
小さな灯りは、組合の圧に揺れながらも、消えていない。
むしろ、少しずつ光を増している。
セドは静かに息を吐いた。
「では」
ロイドが嫌そうな顔をする。
「また仕事か?」
「はい」
「だよなぁ」
「次の一手です」
その言葉に、ロイドは肩をすくめながらも笑った。
「いいぜ。やろう」
店の奥で、灯り石が淡く光っていた。
捨てられた欠片から生まれた、小さな光。
それはまだ弱い。
けれど、確かに夜を照らし始めていた。




