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『価値なしと呼ばれた第二王子は、王都の裏側で灯りを灯す』  作者: 伊佐波瑞樹


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第23話



 王城廃棄品の運搬経路。


 その言葉だけを聞けば、ひどく地味なものに思える。


 誰が捨てたものを運ぶのか。


 どこへ運ぶのか。


 どの倉庫を経由するのか。


 どの業者が、どれだけの金で請け負っているのか。


 普通の貴族なら、まず興味を持たない。


 王族なら、なおさらだ。


 王城の中にいる者たちは、物が用意されることには慣れている。


 使い終えたものが消えていくことにも、慣れている。


 だが、その“消えていく先”を気にする者は少ない。


 だからこそ、そこに隙がある。


 セドは、ルイスから届いた短い覚書を何度も思い返していた。


 価値なきものの行き先を確認。


 運ぶ者は、選ぶ者ではない。


 直接的な指示ではない。


 けれど、十分だった。


 王城の廃棄魔石そのものに手を出すのは危険だ。


 だが、運搬経路なら探れる。


 払い下げ品を選別するのは組合や登録商会でも、実際に荷を運ぶ者は別にいる。


 そこには、現場がある。


 現場には、こぼれがある。


 こぼれには、流れがある。


 そして流れは、掴めば道になる。


「……エルネスト運搬商」


 セドは小さく呟いた。


 王都南端。


 表通りから少し外れた場所に、その運搬商はあった。


 商会というより、荷運び屋に近い。


 大きな看板はない。


 立派な建物でもない。


 古びた倉庫。


 荷車。


 汗と油の匂い。


 王城の華やかさとは対極にある場所だった。


 だが、セドにとってはその方がよかった。


 綺麗すぎる場所より、こういう場所の方が本音が落ちている。


「……ここですね」


 セドは倉庫の入口で足を止めた。


 中から怒鳴り声が聞こえる。


「おい、それは左だ! そっちじゃねぇ!」


「左ってどっちだよ!」


「箸持つ方じゃねぇ方だ!」


「俺、左利きだ!」


「知るか! 印見ろ、印!」


 騒がしい。


 だが、悪い騒がしさではない。


 動いている音だ。


 セドが中へ入ると、何人かの男たちが一斉にこちらを見た。


 荷運びの男たち。


 腕は太く、服は汚れている。


 目つきは荒いが、怠け者の目ではない。


「……客か?」


 一人が声をかける。


 セドは軽く頭を下げた。


「エルネスト氏にお会いしたい」


「あぁ?」


 男は訝しげにセドを見る。


「坊主、どこの使いだ」


「個人です」


「個人でここに来る格好じゃねぇな」


「よく言われます」


「言われんのかよ」


 男は鼻で笑った。


 だが、完全に追い返す気はなさそうだった。


「親父なら奥だ。だが忙しいぞ」


「待ちます」


「待つのは勝手だが、邪魔すんなよ」


「承知しています」


 セドは倉庫の端へ寄った。


 荷の流れを見る。


 木箱。


 麻袋。


 鉄の部品。


 割れた魔道具らしきもの。


 廃棄品と呼ぶにはまだ使えそうなものも多い。


 だが、それらはすべて“価値が低いもの”として扱われている。


 いや、違う。


 価値が低いのではない。


 価値を確かめる手間が高いのだ。


 それを見分ける人間がいなければ、まとめて捨てられる。


 ミラやガルドなら使えるものを、ここではただの荷物として運んでいる。


「……やはり」


 セドは小さく呟いた。


「おい、坊主」


 声がかかる。


 奥から一人の男が出てきた。


 年は五十前後。


 体は大きいが、太ってはいない。


 鍛えられた肉体に、年季の入った動き。


 目は鋭い。


 この場の空気を握っている男だった。


「俺がエルネストだ」


 男はセドを上から下まで見る。


「何の用だ。荷運びの依頼か? それとも苦情か?」


「相談です」


「帰れ」


 即答だった。


 周囲の男たちが笑う。


 セドは動じなかった。


「まだ内容を話していません」


「相談って言うやつは、大体面倒を持ってくる」


「否定はしません」


「じゃあ帰れ」


「ですが、利益も持ってきます」


 エルネストの目が少しだけ変わった。


 周囲の笑い声も少し収まる。


「……言ってみろ」


「王城から出る廃棄品について」


 その瞬間、空気が少し変わった。


 男たちが視線を交わす。


 エルネストは表情を変えない。


「それが?」


「その中に、魔石片が含まれています」


「含まれてるな」


「一部を買い取りたい」


「無理だ」


 また即答。


「理由は」


「うちは運ぶだけだ」


 エルネストは腕を組む。


「王城から出た荷は、登録された処理先に運ぶ。途中で抜けば契約違反だ」


「抜けとは言っていません」


「じゃあ何だ」


「処理先で価値なしとされ、さらに廃棄されるものの流れを知りたい」


 エルネストの眉が動く。


「……面倒くせぇ話を持ってきたな」


「はい」


「認めるな」


「嘘ではありません」


 エルネストはしばらくセドを見ていた。


「坊主、誰に言われて来た」


「答えられません」


「だろうな」


 エルネストは鼻を鳴らす。


「王城絡みの匂いがする」


「否定はしません」


「否定しろよ。余計怪しいだろ」


「では、否定します」


「遅ぇ」


 周囲でまた笑いが起きた。


 だが、エルネストの目は笑っていない。


「魔石片を何に使う」


「灯り石です」


「……最近噂のやつか」


「ご存じで」


「南端まで聞こえてる。外れの小店が妙に明るい灯り石を売ってるってな」


 エルネストは少しだけ顎を上げた。


「安くて、明るくて、売れてるらしいじゃねぇか」


「その材料が足りません」


「正直だな」


「隠す意味がありませんので」


「あるだろ。足元見られるぞ」


「足元を見られた上で、話をしています」


 エルネストは少し黙った。


 それから、低く笑う。


「面白ぇ坊主だな」


「よく言われます」


「だろうな」


 エルネストは奥へ顎をしゃくった。


「少し話す。ついてこい」


 倉庫の奥。


 簡素な机と椅子がある場所に通された。


 壁には運搬予定表が貼られている。


 王城。


 工房街。


 処理場。


 地方便。


 いくつもの線が、日付とともに書かれていた。


 セドはそれを一瞬で確認し、記憶する。


「見るなとは言わん」


 エルネストが言った。


「だが、覚えたものを変なことに使うなよ」


「約束はできません」


「おい」


「必要なことには使います」


「本当に面倒な坊主だな」


 エルネストは椅子に座り、セドにも座るよう促した。


「で、話だ」


「はい」


「王城廃棄品は、基本的に組合登録商会が選別する。うちは運ぶだけだ」


「承知しています」


「だが、選別後にさらに捨てられるものはある」


「はい」


「そこを狙ってるんだな」


「はい」


 エルネストは指で机を叩いた。


「危ない橋だ」


「理由は」


「組合が嫌がる」


「でしょうね」


「王城絡みの廃棄品は、利権だ」


 セドは黙って聞く。


「価値が高いものは、大手が持っていく。価値が低いものでも、量があれば金になる。さらに、本当に価値がないものも“処理料”が取れる」


「つまり、捨てることにも金が動く」


「そうだ」


 エルネストは目を細めた。


「そこに横から手を突っ込めば、嫌われる」


「すでに嫌われています」


「なら、なおさらだ」


「ですが、完全に閉じた流れではない」


 セドは言った。


「組合が価値なしとした後なら、拾える余地があります」


「理屈ではな」


「実際は?」


「現場次第だ」


 エルネストは少しだけ身を乗り出す。


「処理場には色んな人間がいる。真面目に捨てる奴。横流しする奴。目を瞑る奴。見て見ぬふりで小銭を稼ぐ奴」


「……」


「綺麗な場所じゃねぇぞ」


「承知しています」


「本当にか?」


 エルネストの声が低くなる。


「坊主、お前さんは頭が回る。話し方も落ち着いてる。だが、現場を知らねぇ顔だ」


「否定しません」


「そこは否定しろ」


「事実ですので」


「……」


 エルネストは深く息を吐いた。


「だから言ってる。処理場の連中は、理屈だけじゃ動かねぇ。金だけでも危ねぇ。下手に金を出せば、もっと寄ってくる」


「では、何が必要ですか」


「線引きだ」


 その言葉に、セドはわずかに目を細めた。


「取るもの、取らないもの。買う相手、買わない相手。入る場所、入らない場所。最初に決めろ」


「……」


「曖昧に始めたら、すぐ濁る」


 エルネストの言葉は重かった。


 それは、ただの助言ではない。


 経験だ。


 おそらく、この男も何度も見てきたのだろう。


 小さな稼ぎ口ができる。


 人が群がる。


 盗みが混じる。


 危険な場所に入る者が出る。


 そして、最後には全部まとめて潰される。


「肝に銘じます」


 セドは言った。


 エルネストは鼻を鳴らす。


「言葉だけなら誰でも言える」


「では、条件を出してください」


「条件?」


「はい。貴方が協力できる最低条件です」


 エルネストはしばらくセドを見た。


 そして、ゆっくり笑う。


「本当に面白ぇな。普通は、そこで“協力してくれるのですか”って聞くもんだ」


「可能性がなければ、ここまで話しません」


「生意気だ」


「よく言われます」


「それもか」


 エルネストは椅子にもたれた。


「条件は三つだ」


「伺います」


「一つ。うちの荷には手を出すな。王城から処理先へ運ぶ途中の荷は、絶対に抜くな」


「当然です」


「二つ。子供を使うな」


「すでに線を引いています」


「もっと引け。処理場には行かせるな。絶対にだ」


「承知しました」


「三つ。買い取りは記録しろ。誰から、どこで、何を、いくらで買ったか」


「実施しています」


「なら見せろ」


「個人名を伏せた形なら」


 エルネストの目が鋭くなる。


「俺を信用しないか」


「はい」


「即答かよ」


「貴方も私を信用していないはずです」


「当然だ」


「では、お互い様です」


 エルネストは数秒黙り、そして大きく笑った。


「気に入った」


「ありがとうございます」


「褒めてるとは限らねぇぞ」


「それでも、悪い意味ではなさそうです」


「……本当に腹立つくらい落ち着いてんな」


 エルネストは机の引き出しから、一枚の古い紙を取り出した。


「処理場の周辺で、完全廃棄扱いの魔石片が出る場所が三つある」


 セドの視線が紙へ落ちる。


「ただし、直接拾いに行くな」


「理由は」


「危険だからだ。魔力残りの石も混ざるし、処理場の連中と揉める」


「では」


「俺が一人紹介する」


 エルネストは紙に名前を書いた。


「ディム。処理場周辺で荷下ろしを手伝ってる男だ。信用はできねぇが、話は通じる」


「信用できないのですか」


「できねぇ」


「紹介するのに?」


「だから、話は通じると言った」


 エルネストはセドを見る。


「信用できる人間ばかりで回せると思うな」


「……」


「必要なのは、信用できない相手とも線を引いて付き合うことだ」


 セドは、その言葉を静かに受け止めた。


 重い。


 そして、必要な言葉だった。


「覚えておきます」


「覚えるだけじゃ足りねぇ」


「使います」


「よし」


 エルネストは紙を差し出した。


「まずはこいつと話せ。だが、名前は出すな。俺から聞いたとは言うな」


「では、どう接触を?」


「灯り石の買い取りをしてる店の者だと言えば、向こうから反応する」


「噂が?」


「もう流れてる」


 エルネストは笑った。


「お前らが思ってるより、王都は耳が早い」


「でしょうね」


「そして、耳が早い街は、潰すのも早い」


「……」


「気をつけろ、坊主」


 エルネストの声が、少しだけ真面目になる。


「お前らがやってることは、ただの商売じゃねぇ。誰かが捨てたものに値段をつけてる」


「はい」


「それは、捨てた側からすれば面白くねぇんだよ」


 セドは頷いた。


「承知しています」


「本当に分かってるかは、これからだな」


 エルネストは立ち上がった。


「話は終わりだ。忙しい」


「ありがとうございました」


「礼はまだ早い。お前らが変なことしたら、俺は知らん顔する」


「当然です」


「だが」


 一拍。


「筋を通すなら、少しは見てやる」


 それだけ言って、エルネストは奥へ戻っていった。


 セドは一礼し、倉庫を出る。


 外の空気は少し重かった。


 だが、道は見えた。


 王城廃棄品の直接入手ではなく、処理場周辺の完全廃棄品。


 組合が見落としたもの。


 価値なしとして切り捨てたもの。


 そこに、道がある。


 細い。


 危険。


 だが、ある。


「……ルイス様」


 セドは小さく呟いた。


「届いています」


 その声は、誰にも聞こえなかった。


 


 その頃。


 王城の書庫で、ルイスは王城の廃棄記録を前にしていた。


 今日は、いつもより周囲の目を気にしている。


 何度も同じ資料を借りれば怪しまれる。


 だから、表向きは別の資料を混ぜた。


 城内経済。


 備品管理。


 王族の統治教育。


 その中に、廃棄記録を紛れ込ませる。


 自分で考えたやり方だった。


 上手くいっているかは分からない。


 だが、何もしないよりはいい。


「……払い下げ先は組合管理」


 ルイスは小さく呟く。


「でも、運搬は別」


 筆を走らせる。


 運搬商。


 処理場。


 完全廃棄。


 価値なし。


 その言葉を並べていると、妙な気持ちになった。


 価値なし。


 何度もその言葉が出てくる。


 まるで、昔の自分へ向けられた言葉のようだった。


 精霊なし。


 期待なし。


 価値なし。


「……嫌な言葉だ」


 ぽつりと漏れる。


 足元の影が揺れる。


 ノクスの気配。


 ――価値は誰が決める?


 声が落ちる。


 ルイスは少しだけ考えた。


「……使う人」


 ――他には?


「見る人」


 ――他には?


「……本人?」


 影がわずかに揺れる。


 否定ではない。


 けれど、それだけでもない。


 ルイスは筆を止めた。


「価値って、最初から決まってるわけじゃないんだね」


 小さく言う。


「魔石の欠片も、職人も、店も」


 一拍。


「たぶん、人も」


 ノクスは答えない。


 ルイスは紙に視線を落とす。


「僕は、自分に価値がないと思ってた」


 口に出してから、少しだけ胸が痛んだ。


 けれど、止めなかった。


「兄上みたいに光の精霊もいない。剣も強くない。目立つ才能もない」


 足元の影が静かに揺れる。


「でも」


 ルイスは続ける。


「価値がないんじゃなくて、まだ使い方を知らなかっただけなら」


 声は小さい。


 けれど、芯があった。


「僕にも、できることがあるのかもしれない」


 ――選ぶのね。


「うん」


 ルイスは頷いた。


「選ぶ」


 その時、書庫の入口付近から声がした。


「ルイス?」


 ルイスの手が一瞬止まる。


 振り返る。


 そこに立っていたのは、兄だった。


 マルス・エル・ゾディアック。


 第一王子。


 光の精霊を継ぐ者。


 誰からも期待される、王に最も近い少年。


「兄上」


 ルイスは立ち上がった。


「こんなところで何を?」


 マルスは穏やかに笑っている。


 だが、その目は優しいだけではない。


 よく見ている。


 昔からそうだ。


 ルイスを馬鹿にしたことはない。


 だが、見落とすこともない。


「少し勉強を」


「備品管理?」


 マルスの視線が机の上の資料へ向く。


 ルイスの心臓が少し跳ねる。


 だが、顔には出さない。


「うん。王城の中がどう回っているのか、気になって」


「珍しいね」


「そうかな」


「前の君なら、あまり興味を持たなかった」


 静かな言葉。


 責めているわけではない。


 ただ、事実を言っている。


 ルイスは小さく笑った。


「最近、少し考えることが増えたんだ」


「良いことだ」


 マルスは近づき、机の上の本を一冊手に取った。


「廃棄記録まで読むのは、かなり珍しいけどね」


「……変かな」


「変だね」


 即答だった。


 だが、声は柔らかい。


「でも、悪くない」


「兄上は、こういうのも読むの?」


「読むよ」


 マルスは本を閉じる。


「王城は、誰かが掃除し、誰かが運び、誰かが捨てることで成り立っている。玉座だけ見ていても、国は見えない」


 ルイスは少しだけ目を見開いた。


「……兄上らしいね」


「そう?」


「うん」


 少しだけ、胸が複雑になる。


 やはり兄はすごい。


 自分が必死に辿り着いたことを、兄は当たり前のように知っている。


 でも、不思議と嫌ではなかった。


 以前なら、比べて落ち込んでいたかもしれない。


 今は違う。


 兄は敵ではない。


 超えるべき壁でもない。


 自分とは違う場所にいる人だ。


「ルイス」


「はい」


「最近、少し顔が変わったね」


 心臓が跳ねた。


 マルスは穏やかに見ている。


 誤魔化しきれる相手ではない。


「……そうかな」


「うん」


「疲れて見える?」


「いいや」


 マルスは微笑む。


「前より、考えている顔をしている」


「……それは、良いこと?」


「良いことだよ」


 一拍。


「ただ、考えすぎて一人で抱え込むのは良くない」


 ルイスは少しだけ黙った。


 その言葉は、妙に刺さった。


「……兄上も、そういうことある?」


「あるよ」


「え」


「意外?」


「少し」


 マルスは苦笑した。


「僕も完璧じゃない」


「みんなはそう思ってないよ」


「みんながどう思うかと、実際にどうかは違う」


 その言葉に、ルイスは何も返せなかった。


 兄もまた、期待される側として何かを抱えている。


 それは分かっていたはずなのに、ちゃんと見ていなかった。


「……兄上」


「何?」


「僕は、兄上みたいにはなれない」


 ぽつりと出た言葉だった。


 マルスは静かに聞いている。


「光の精霊もないし、剣も強くない。人前で上手く振る舞うのも、兄上みたいにはできない」


「うん」


「でも」


 ルイスは一度言葉を切った。


「僕は、僕にできることを探したい」


 言ってから、少し怖くなった。


 何を言っているのかと笑われるかもしれない。


 けれど、マルスは笑わなかった。


 むしろ、少しだけ嬉しそうに目を細めた。


「それでいいと思う」


「……いいの?」


「僕みたいになる必要はないよ」


 マルスは言った。


「君は君だ」


 その言葉は、単純だった。


 でも、深く胸に落ちた。


「……ありがとう、兄上」


「どういたしまして」


 マルスは軽く笑い、出口へ向かう。


 そして、途中で振り返った。


「ただし」


「?」


「あまり無茶はしないこと」


 ルイスは少しだけ笑った。


「……努力する」


「努力じゃなくて、守ること」


 セドと同じような言い方に、ルイスは思わず笑ってしまった。


「どうしたの?」


「いや、同じことを言われたなって」


「誰に?」


 ルイスは一瞬止まった。


 そして、穏やかに答える。


「セドに」


「ああ」


 マルスは納得したように頷いた。


「彼なら言いそうだ」


「うん」


「良い従者だね」


「うん。僕にはもったいないくらい」


「なら、もったいなくない主になればいい」


 ルイスの胸が、また少し熱くなる。


「……うん」


 マルスはそれ以上言わず、書庫を出ていった。


 残されたルイスは、しばらくその場に立っていた。


 兄は敵ではない。


 それを改めて感じる。


 だが同時に、兄の目は鋭い。


 気づかれすぎないようにしなければならない。


 味方であっても、今はまだ全てを話せない。


「……難しいな」


 足元の影が揺れる。


 ――隠す相手を、間違えないで。


「分かってる」


 ルイスは小さく頷いた。


「兄上を騙したいわけじゃない。でも、今はまだ言えない」


 ――選びなさい。


「うん」


 ルイスは席に戻った。


 そして、もう一度記録を開く。


 価値なきものの行き先。


 それは、ただの材料ルートではない。


 自分自身の答えにも繋がっている気がした。


 


 夜。


 セドがロイドの店へ戻った時、店内はまだ動いていた。


 ロイドは帳簿。


 ミラは検品。


 ガルドは材料分類。


 それぞれが自分の場所で作業している。


 セドは扉を開け、静かに言った。


「戻りました」


 ロイドが顔を上げる。


「どうだった」


「道はありました」


 その一言で、全員の視線が集まる。


 セドはエルネスト運搬商との話を簡潔に伝えた。


 運搬途中の荷には手を出さない。


 処理場周辺の完全廃棄品を狙う。


 ディムという男へ接触する。


 子供は処理場へ近づけない。


 記録を徹底する。


 話を聞き終えたロイドは、腕を組んだ。


「……また厄介な場所に行くんだな」


「はい」


「処理場か」


 ガルドが低く言う。


「俺は行ったことある。あそこは臭ぇし、危ねぇし、ろくな場所じゃねぇ」


「だから子供は近づけません」


「大人でも嫌だぞ」


「でしょうね」


 ミラが静かに言う。


「でも、材料はある」


「はい」


 セドは頷く。


「組合が価値なしと切り捨てたものです」


「それを拾う」


 ロイドが呟く。


「俺たちらしいな」


 ガルドが鼻で笑う。


「捨てられた石、捨てられた職人、潰れかけの店」


「言い方」


 ミラが少しだけ眉を寄せる。


 ガルドは肩をすくめた。


「事実だろ」


「でも、今は違う」


 ミラが言った。


 短い言葉。


 だが、全員が少しだけ黙った。


 今は違う。


 確かにそうだ。


 ロイドの店はもう、ただの潰れかけの店ではない。


 ミラもガルドも、ただ埋もれた職人ではない。


 捨てられた魔石も、ただの欠片ではない。


 灯りになる。


 金になる。


 人を呼ぶ。


 流れになる。


「……じゃあ」


 ロイドが静かに言った。


「次は処理場か」


「はい」


「誰が行く」


「私が」


「だと思ったよ」


 ロイドはため息をつく。


「ただし、今回は一人で行くな」


「理由は」


「危ねぇからだ」


「承知しています」


「なら連れてけ」


 ガルドが立ち上がった。


「俺が行く」


 ミラがすぐに言う。


「駄目」


「あ?」


「顔が割れてる」


「お前もだろ」


「私は行かない」


「じゃあ誰が行くんだよ」


 ロイドが手を上げる。


「俺は店がある」


「でしょうね」


 セドが言う。


 ガルドが不満そうに腕を組んだ。


「俺が一番詳しい」


「だから危険です」


 セドは言った。


「組合側に顔を知られています。処理場で揉めれば、こちらの動きが大きく見える」


「……チッ」


「ただし、情報はください」


「行き方か?」


「空気です」


 ガルドは少し黙った。


 そして、頷いた。


「……分かった。処理場で話す相手、避ける相手、匂いで分かる危ない場所。全部教えてやる」


「助かります」


「その代わり」


 ガルドがセドを見る。


「無茶すんな」


 セドは少しだけ目を伏せる。


「努力します」


「努力じゃなく守れ」


 ロイドとミラが同時に言った。


 セドは珍しく、ほんのわずかに言葉を失った。


 その様子を見て、ロイドが笑う。


「ほら見ろ。お前、みんなに同じこと言われてるぞ」


「……善処します」


「守れって言ってんだよ」


 店の中に、小さな笑いが広がった。


 だが、次の一手は決まった。


 処理場。


 完全廃棄品。


 ディム。


 危険な場所。


 小さな灯りは、また一歩、王都の奥へ踏み込もうとしている。


 その光が照らす先に何があるのか。


 まだ、誰にも分からない。


 けれど。


 止まる者は、もうこの場にはいなかった。

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