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『価値なしと呼ばれた第二王子は、王都の裏側で灯りを灯す』  作者: 伊佐波瑞樹


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第18話



 小さな袋一つから、流れは変わり始めた。


 ニコという少年が持ち込んだ魔石の欠片。


 それは量としては多くない。


 灯り石に加工できる数も限られている。


 だが、意味は大きかった。


 これまで捨てられていたものが、金になる。


 金になれば、人が持ってくる。


 人が持ってくれば、材料が集まる。


 材料が集まれば、灯り石を作れる。


 当たり前のようで、誰も拾っていなかった流れだった。


 ロイドの店の奥。


 作業台の上には、ニコが持ってきた魔石の欠片が並べられていた。


 ミラが一つずつ手に取り、光にかざす。


 ガルドはその横で腕を組み、石の断面を睨んでいる。


 ロイドは帳簿を開き、セドは紙にいくつかの項目を書いていた。


「……買い取り窓口、か」


 ロイドが呟く。


「言うのは簡単だが、面倒だぞ」


「承知しています」


 セドは筆を止めない。


「盗品を混ぜられる可能性があります。危険な場所へ拾いに行く者も出ます。品質のばらつきも大きい」


「分かってるなら、余計に面倒だな」


「ですが、必要です」


「またそれか」


 ロイドは苦笑した。


「最近、その言葉を聞くと逃げられない気がしてきた」


「逃げる選択はあります」


「あるのか?」


「はい」


「じゃあ、今逃げたらどうなる」


 セドは顔を上げた。


「材料が足りず、灯り石の供給が止まります」


「……逃げ道じゃねぇじゃねぇか」


「現実です」


「本当に嫌な現実だな」


 ロイドは帳簿を指で叩く。


「で、条件付きで買うんだったな」


「はい」


 セドは紙をロイドの前に置いた。


「一つ、盗品は禁止」


「当然だ」


「二つ、危険区域からの持ち込みは禁止」


「守ると思うか?」


「守らせます」


 ロイドが眉を上げる。


「どうやって」


「買い取り額を変えます」


「……ほう」


「出所が明確なものは通常額。出所不明は低額、もしくは買い取り不可。危険区域からの持ち込みは買い取りません」


「それで正直に言うか?」


「最初は言わないでしょう」


「駄目じゃねぇか」


「だから記録します」


 セドは別の紙を出した。


「名前、年齢、持ち込み場所、量、品質、支払い額」


 ロイドが顔をしかめる。


「細けぇ」


「必要です」


「子供相手にもか?」


「子供相手だからです」


 セドの声が少しだけ低くなる。


「金になると分かれば、大人が子供を使う可能性があります」


 ロイドの表情が消えた。


 ミラの手も止まる。


 ガルドが舌打ちした。


「……あるな」


 ロイドが低く言う。


「嫌になるくらい、ありそうだ」


「はい」


「子供が拾ってきたと思ったら、後ろに大人がいる」


「もしくは、危険な場所へ行かされる」


 セドは淡々と続ける。


「そうなる前に、線を引きます」


 しばらく沈黙が落ちた。


 ロイドが大きく息を吐く。


「……分かった。やる」


「ありがとうございます」


「ただし、俺一人じゃ無理だ」


「分かっています」


「販売もある。買い取りもある。帳簿もある。客も来る。職人連中は喧嘩する」


「喧嘩ではない」


 ミラが言った。


「意見交換」


「昨日、工具握ったまま睨み合ってたのを意見交換とは言わねぇよ」


 ガルドが鼻で笑う。


「こいつがすぐ切り捨てようとするからだろ」


「不良は切る」


「人まで切る顔してんだよ」


「必要なら」


「ほら見ろ!」


 ロイドが頭を抱える。


「お前ら、頼むから買い取り窓口の前ではやるなよ。子供が泣く」


 ミラは少し考えた。


「泣かせない」


「そこは自信持つところか?」


 ガルドが笑う。


「お前が黙ってれば大丈夫だろ」


「あなたも」


「……まあ、努力はする」


「努力じゃなくて守れ」


 ロイドが即座に言う。


 ミラがこくりと頷く。


「それは正しい」


「お前に同意されると妙な気分だな」


 ガルドが肩をすくめる。


 セドはそのやり取りを聞きながら、買い取り表に線を引いた。


 ただの買い取りでは駄目だ。


 仕組みにしなければならない。


 人を傷つけず、材料を集め、金を流す仕組み。


 それは商売であり、同時に秩序でもある。


 この小さな店の奥で作っているものは、灯り石だけではなかった。


「ロイドさん」


「何だ」


「買い取り窓口は、販売時間とは分けてください」


「同時じゃ駄目か?」


「混乱します」


「だろうな」


「買い取りは夕方前。販売後にします」


「子供が来やすい時間か」


「はい。ただし、遅すぎる時間は禁止です」


「夜に出歩かせるなってことか」


「はい」


 ロイドは頷く。


「分かった。店前に札を出すか」


「まだ大きく出さないでください」


「なんでだ」


「広がりすぎます」


「あぁ……そうか」


 ロイドは苦い顔をした。


「今の俺たち、広がると困るんだったな」


「はい」


 客は欲しい。


 材料も欲しい。


 だが、一気に広がれば潰される。


 今はまだ細い流れでいい。


 細く、確実に。


 切られても別へ繋げられるように。


 その時、裏口が小さく叩かれた。


 全員の動きが止まる。


「……早いな」


 ロイドが呟く。


 セドは扉の前へ向かい、静かに声をかけた。


「誰ですか」


「……昨日の、ニコ」


 少年の声。


 セドは扉を開けた。


 そこには、昨日より少し緊張した顔のニコがいた。


 そして、その後ろに二人の子供が隠れるように立っている。


 一人は小柄な少女。


 もう一人は、ニコより少し年上の少年。


 三人とも、手に小さな袋を抱えていた。


「……連れてきたのですか」


 セドが言うと、ニコはびくりと肩を揺らした。


「駄目だった?」


「駄目とは言っていません」


「でも、怒ってる顔」


「確認しているだけです」


「それ、怒ってる大人もよく言う」


 ロイドが後ろで小さく噴き出した。


 セドは少しだけ目を伏せる。


「……では、怒っていません」


「本当?」


「本当です」


 ニコはようやく少しだけ肩の力を抜いた。


 少女が袋を抱え直す。


「これ、買ってくれるって聞いた」


 声は小さい。


 警戒している。


「買えるものなら買います」


 セドは屈んで視線を合わせた。


「ですが、先に聞きます。どこで拾いましたか」


 少女はニコを見る。


 ニコが頷く。


「東工房街の裏」


 少女が答える。


「捨て場の外に落ちてた」


「中には入りましたか」


「入ってない」


「本当ですか」


「本当」


 少女の声が少し強くなる。


「中は怒られるから入らない」


「危ないからでもあります」


 セドは静かに言った。


「怒られるだけなら入る人がいます。危ないから入らないでください」


 少女は少し黙った。


「……魔石って、危ないの?」


「ものによります」


 ミラが近づいてきて、少女の袋を覗く。


「割れ方が悪いと、手を切る。魔力が残りすぎてると、熱を持つものもある」


「熱?」


「火傷する」


 少女が袋をぎゅっと握った。


「……知らなかった」


「だから、持ってくる時は布に包んで」


 ミラは作業台から古布を一枚持ってきて、少女へ渡した。


「袋の底にも敷く」


「くれるの?」


「うん」


「……ありがとう」


 少女は少しだけ驚いた顔をした。


 ガルドが横から言う。


「あと、尖ってるやつは素手で触るな。割れた瓶より質悪いぞ」


 年上の少年が眉をひそめる。


「瓶より?」


「ああ。見えにくい傷になる。あとで痛む」


「……知ってるの?」


「何度もやった」


「馬鹿なの?」


「おい」


 ロイドが吹き出した。


 ガルドは顔をしかめるが、怒りはしなかった。


「馬鹿だったから教えてやってんだよ」


 少年は少しだけ目を丸くした。


「……ふうん」


 セドは三人を順に見た。


「名前を聞きます」


「名前?」


 ニコが警戒する。


「記録します。誰から買ったかを残すためです」


「それ、役人に渡す?」


「渡しません」


「本当?」


「盗品や危険なものが混ざった場合は別です」


「……」


「ですが、普通に拾ったものを持ってきたなら、守るための記録です」


 ニコは唇を結ぶ。


 まだ完全には信じていない。


 それでいい。


 簡単に大人を信じる子供の方が危うい。


「……僕はニコ」


「知っています」


「こっちはリナ」


 少女が小さく頷く。


「こっちはトマ」


 年上の少年が視線を逸らす。


「別に、名前なんてどうでもいいだろ」


「どうでもよくありません」


 セドは即答した。


「名前が分からない相手からは、買いません」


「なんで」


「責任を持てないからです」


 トマは黙った。


 分かったような、分からないような顔をしている。


 ロイドが柔らかく言った。


「名前があれば、次に来た時も分かる。危ない場所に行ってないかも確認できる。変な大人に持ってこさせられてないかもな」


「……変な大人?」


「いるんだよ、そういうのが」


 ロイドの声には実感があった。


 トマは少しだけ表情を硬くした。


「俺たちは、別に使われてない」


「なら、それでいい」


 ロイドは頷く。


「そうじゃない奴が来た時に止めるためだ」


 トマはようやく小さく頷いた。


 買い取りが始まった。


 ミラが品質を見る。


 ガルドが危険な割れ方を除ける。


 ロイドが金額を伝える。


 セドが記録する。


 最初はぎこちなかった。


 子供たちは緊張していたし、大人たちも慣れていない。


 だが、少しずつ形になっていく。


「これは低額」


 ミラが言う。


「え、なんで?」


 リナが聞く。


「濁りが強い。灯りが弱くなる」


「じゃあ駄目?」


「駄目じゃない。小さいものなら使える」


 ガルドが別の石を拾う。


「これは良い。割れ方も悪くねぇ」


 トマが少し得意げになる。


「それ、俺が見つけた」


「見る目あるな」


「本当?」


「ああ。ただし、調子に乗って奥まで行くなよ」


「……分かってる」


「今の間は怪しい」


「分かってるってば」


 ロイドが金を渡す。


 多すぎず、少なすぎず。


 子供たちの目が少し輝く。


 ニコが小さく言う。


「……本当に買ってくれた」


「昨日も買いました」


「でも、昨日だけかと思った」


「条件を守るなら、買います」


 セドが答える。


「ただし、危険な場所へ行ったら買いません」


「分かった」


「人から盗んだものも買いません」


「盗まないよ」


「誰かに無理に持ってこさせられたものも買いません」


 そこで、トマが少しだけ目を伏せた。


 セドは見逃さない。


「何かありますか」


「……別に」


「トマ」


 ニコが小さく言う。


 トマは舌打ちした。


「近所の大人が聞いてきたんだよ」


 空気が変わる。


 ロイドの目が鋭くなる。


「何をだ」


「ここで魔石買ってくれるのかって。いくらかって。どこで拾えるのかって」


「答えたのか」


「言ってない」


 トマは少しむっとしたように言った。


「ニコが、変な大人には言うなって言ったから」


 ニコは気まずそうに視線を逸らす。


 セドはニコを見る。


「良い判断です」


「……そう?」


「はい」


 ニコの表情が、ほんの少しだけ明るくなる。


「次に聞かれたら、場所は言わないでください」


 セドは三人に言う。


「この店のことも、必要以上に広げなくていい」


「でも、人に話したら来るよ?」


 リナが不思議そうに聞く。


「今は、来すぎると危険です」


「危険?」


「悪い大人も来ます」


 分かりやすく言う。


 三人は黙った。


 子供でも、それは理解できる。


「だから、決まりを守れる人だけ連れてきてください」


 セドは続ける。


「拾う場所を隠さないこと。危ない場所に入らないこと。盗まないこと。夜に出歩かないこと」


 ニコが頷く。


「分かった」


 リナも頷く。


「うん」


 トマは少し遅れて、ぼそりと言った。


「……分かったよ」


 買い取りが終わり、三人は裏口から帰っていった。


 その背中を見送りながら、ロイドが低く言う。


「……もう匂いを嗅ぎつけてる大人がいるな」


「はい」


「早すぎる」


「金の匂いは早いです」


 ガルドが苛立ったように言う。


「子供を使う奴が出るぞ」


「だから先に線を引きました」


 セドは記録用紙を見下ろす。


 ニコ。


 リナ。


 トマ。


 三つの名前。


 ただの買い取りではない。


 これは、流れの入口だ。


 守らなければ、すぐに濁る。


 その時だった。


 店の表側から、ざわめきが聞こえた。


 ロイドが眉をひそめる。


「……今度は何だ」


 セドが表へ向かう。


 店先に、一人の男が立っていた。


 服装は整っている。


 商人風。


 だが、その後ろには二人の男が控えている。


 護衛というより、威圧のための人間。


 男はにこりと笑った。


「こちらが、最近評判の灯り石を扱っているお店ですかな」


 ロイドが前に出る。


「そうだが、何か用か」


「ええ。少々、お話を」


 男は懐から一枚の紙を出した。


「王都商業組合より、確認に参りました」


 空気が、冷えた。


 ついに来た。


 ロイドの顔が険しくなる。


 ガルドが奥で舌打ちする。


 ミラは無言で工具を置いた。


 セドは静かに男を見る。


「確認とは」


「新規魔道具の販売に関する届け出」


 男は笑みを崩さない。


「および、材料入手経路の確認です」


 言葉は丁寧。


 だが、明確な圧。


「特に」


 男の視線が店内を滑る。


「魔石片の買い取りを始めたと聞きまして」


 ロイドが低く言う。


「ずいぶん耳が早いな」


「組合ですので」


 男は笑った。


「市場の健全化は我々の務めです」


 セドは一歩前に出た。


「確認だけでしょうか」


「ええ、もちろん」


 男は笑みを深める。


「今は、確認だけです」


 今は。


 その言葉に、全員が気づいた。


 これは警告だ。


 買い取り窓口。


 材料の別経路。


 そこへ組合が早速手を伸ばしてきた。


 だが、ここで退けば終わる。


 セドは静かに言った。


「では、確認に必要な範囲で対応します」


 男の目がわずかに細くなる。


「随分と落ち着いていますね」


「必要ですので」


 ロイドが後ろで小さく息を吐いた。


 また出た、と言いたげだった。


 男は笑った。


「では、拝見しましょうか」


 組合の最初の圧力。


 それは、静かな笑顔でやってきた。


 小さな灯りを消すために。


 だが、その灯りはもう、一つではない。


 店の中には、作る者がいる。


 売る者がいる。


 拾う者がいる。


 そして、王城の奥には、まだ誰にも知られていない選び手がいる。


 セドは男を見据えた。


 ここから先は、商売だけでは済まない。


 それでも。


 止まる理由にはならなかった。

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