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『価値なしと呼ばれた第二王子は、王都の裏側で灯りを灯す』  作者: 伊佐波瑞樹


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第19話



 王都商業組合。


 その名を聞いた瞬間、ロイドの店の空気は変わった。


 客が来た時の慌ただしさでもない。


 ダリオの使いが来た時の、裏の匂いとも違う。


 もっと表向きで。


 もっと正しくて。


 だからこそ、厄介な圧だった。


「王都商業組合より、確認に参りました」


 男は笑っていた。


 穏やかに。


 丁寧に。


 まるで、自分は当然の仕事をしているだけだと言わんばかりに。


 しかし、その背後に控える二人の男は違う。


 店内を見ている。


 商品を。


 作業台を。


 奥へ続く扉を。


 そして、人を。


 ロイドはカウンターの内側で、ゆっくりと息を吐いた。


「確認ねぇ」


 声は低い。


「ずいぶん早い確認だな」


「市場で新しい商品が流れ始めれば、確認は必要です」


 組合の男は微笑みを崩さない。


「特に魔道具は、取り扱いを誤れば事故に繋がりますので」


「事故?」


 ガルドが奥から低く言った。


「灯り石だぞ。爆裂魔道具でも作ってると思ってんのか」


「安全であることを確認するためです」


「便利な言葉だな」


 ガルドが鼻で笑う。


「安全、安全って言っとけば、何でも覗けるってわけだ」


「ガルドさん」


 セドが静かに声をかける。


 それだけで、ガルドは舌打ちしつつも一歩下がった。


 組合の男は、そのやり取りを見逃さなかった。


「……そちらの方は?」


「職人です」


 セドが答える。


「こちらの灯り石の加工に協力しています」


「なるほど。では、組合登録は?」


「現在確認中です」


 セドは即答した。


 嘘ではない。


 ガルドが組合から外れていることも、ミラがまともに組合と付き合っていないことも、こちらは把握している。


 だが、この場で弱点として差し出す必要はない。


 男の笑みが少しだけ深くなる。


「確認中、ですか」


「はい」


「登録外の職人による魔道具加工は、場合によっては問題になります」


「場合によっては、ですね」


 セドは静かに返す。


 男の目が細くなる。


「……お詳しいようで」


「必要な範囲では」


 ロイドが横目でセドを見る。


 相変わらずだ。


 相手がどれだけ表向きの権威を持っていても、セドの声はほとんど揺れない。


 だが、その落ち着きが逆に怖い。


 ロイドには分かる。


 今この瞬間も、セドは相手の言葉、視線、動き、後ろの二人の立ち位置まで全部見ている。


「確認に必要な書類を拝見できますか」


 男が言った。


「販売許可、仕入れ記録、加工者の確認、買い取り記録。特に、魔石片の持ち込みについては詳しく」


 ロイドの眉が動く。


 買い取り記録。


 そこにはニコ、リナ、トマの名前がある。


 子供たちの名前だ。


 セドは一歩前に出た。


「買い取り記録は個人情報を含みます」


「組合確認に必要です」


「必要な範囲であれば、項目を伏せた写しを用意します」


「伏せる?」


 男の笑みが薄くなる。


「何か見られて困るものでも?」


「あります」


 セドははっきりと言った。


 ロイドが一瞬、息を止めた。


 ガルドの目が鋭くなる。


 ミラもわずかに顔を上げる。


 組合の男は、少しだけ意外そうに瞬いた。


「……それは、どういう意味でしょう」


「子供の名前です」


 セドの声は変わらない。


「持ち込み者の中には未成年がいます。盗品や危険区域からの持ち込みを防ぐため、こちらで確認記録を作っていますが、それを無条件に外部へ出すつもりはありません」


「組合を外部と?」


「はい」


 即答だった。


 空気が一段冷える。


 男の後ろに控える一人が、わずかに前へ出ようとした。


 だが男が片手で制する。


「なるほど」


 男は笑みを戻した。


「ずいぶん慎重ですね」


「慎重でなければ、子供を巻き込みます」


「ご立派なことです」


「立派かどうかは関係ありません」


 セドは言った。


「必要ですので」


 ロイドが心の中で、またそれか、と呟いた。


 だが今回は、少し違った。


 その言葉が、ただの口癖ではないことを、この場の全員が分かっている。


 ミラが静かに作業台へ手を置いた。


「子供の名前は出さない」


 短い言葉。


 しかし、はっきりした意思があった。


 ガルドも低く言う。


「俺も同意だ。組合に名前なんざ渡したら、どこに流れるか分かったもんじゃねぇ」


「随分な言いようですね」


 組合の男が笑う。


 ガルドは鼻で笑い返した。


「言われる心当たりがねぇなら、笑って流せよ」


「ガルド」


 ロイドが低く止める。


「今はやめろ」


「……分かってるよ」


 ガルドは不満そうに黙った。


 だが、その目は一切下がっていない。


 男は店内をゆっくりと見回した。


「では、加工場を確認させていただきましょう」


「範囲を限定します」


 セドが言う。


「作業台、完成品、見本用の材料。それ以外は不可です」


「不可?」


「はい」


「組合の確認ですよ?」


「権限外の確認には応じません」


 男の笑みが、今度こそ少しだけ崩れた。


「……貴方、何者ですか」


「セドと申します」


「それは伺いました」


「それ以上は、この店の確認に必要ありません」


 沈黙。


 ロイドは思わず、喉を鳴らしそうになった。


 強い。


 だが、無茶ではない。


 セドは相手を怒らせているのではない。


 線を引いている。


 ここまでなら対応する。


 ここから先は入れない。


 その線を、静かに、淡々と提示している。


 男は数秒、セドを見ていた。


 そして、ふっと笑った。


「分かりました。では、必要範囲で結構です」


「ありがとうございます」


「ただし」


 男は一枚の紙を取り出した。


「後日、正式な書面を提出していただきます。新規魔道具販売に関する届け出、加工者の登録状況、材料入手経路の概要」


 セドは紙を受け取る。


 ざっと目を通す。


「期限は」


「五日以内に」


「承知しました」


 ロイドが思わず口を挟んだ。


「五日って、短くねぇか」


「通常の範囲です」


「嘘つけ」


 ガルドがぼそりと言う。


「普通は十日は見る」


 男の視線がガルドへ向く。


「組合に詳しいのですね」


「昔、嫌になるくらい関わったからな」


「では、規則もご存じでしょう」


「規則を都合よく使う連中もな」


 また空気が尖る。


 セドが静かに紙を畳んだ。


「五日で提出します」


「セド」


 ロイドが低く言う。


「大丈夫なのか」


「大丈夫にします」


「……」


 ロイドはそれ以上言わなかった。


 その返答が、セドの精一杯の事実だと分かったからだ。


 組合の男は満足そうに頷いた。


「では、確認を始めましょう」


 その言葉とともに、店の中の空気がまた変わった。


 


 確認は長かった。


 作業台。


 完成品。


 不良品。


 材料の箱。


 買い取り表の一部。


 男は丁寧に見ていく。


 丁寧すぎるほどに。


 そして、時折質問を挟む。


「この加工は誰が?」


「私」


 ミラが答える。


「登録名は?」


「ミラ・カートン」


「所属工房は?」


「なし」


「なし?」


「個人」


「個人職人による加工ですか」


「そう」


 男は何かを書き込む。


 ガルドが小さく舌打ちする。


「では、こちらの調整は?」


「俺だ」


「お名前は?」


「ガルド」


「姓は」


「ねぇよ」


「組合登録は」


「昔はあった」


「現在は?」


「ない」


 男の筆が止まる。


「理由は?」


「必要か?」


「確認です」


「揉めた」


「組合と?」


「工房とだ」


「詳しく」


「灯り石の確認に関係ねぇ」


 ガルドの声が低くなる。


 男は笑みを浮かべたまま、セドを見る。


「関係ありますか?」


「現時点ではありません」


 セドが答える。


「加工品の安全性と品質確認には、現在の作業内容が重要です。過去の所属工房との係争は、別件です」


 男の目が細くなる。


「本当にお詳しい」


「必要ですので」


「便利な言葉ですね」


「はい」


 ロイドが横で小さく咳払いした。


 笑いを堪えたのかもしれない。


 ミラは真顔だった。


 ガルドは少しだけ口元を歪めていた。


 確認が終わる頃には、昼を過ぎていた。


 男は最後に店内を見回し、静かに言った。


「現時点で、販売停止を命じるものではありません」


 ロイドの肩がわずかに下がる。


 だが、安堵するにはまだ早い。


「ただし、書類提出後に追加確認を行う可能性があります」


「承知しました」


 セドが答える。


「それと」


 男は出口へ向かいながら、振り返った。


「市場には秩序があります」


 笑み。


「秩序を乱すつもりがないなら、組合との関係は大切にした方がよろしいかと」


 ロイドが眉をひそめる。


 ガルドが今にも何か言いそうになる。


 だが、セドが先に答えた。


「秩序は必要です」


 男の笑みが深くなる。


「分かっていただけて何よりです」


「ただし」


 セドは静かに続けた。


「人を潰すための秩序なら、見直す必要があります」


 空気が止まった。


 男の目から笑みが消える。


 ほんの一瞬だけ。


 それから、また笑った。


「……若いですね」


「よく言われます」


「それは褒め言葉ではありませんよ」


「承知しています」


 男はそれ以上何も言わず、店を出ていった。


 後ろの二人も続く。


 鈴の音が鳴る。


 静けさが戻る。


 数秒後。


 ロイドが深く、深く息を吐いた。


「……疲れた」


 ガルドが工具を机に置く。


「胸糞悪ぃ」


 ミラは淡々と不良品を分け始める。


「でも、止まってない」


「そうだな」


 ロイドが顔を上げる。


「止められてはねぇ」


 セドは受け取った書面を見下ろしていた。


 五日。


 短い。


 だが、無理ではない。


「ロイドさん」


「何だ」


「書類を作ります」


「今からか?」


「はい」


「販売は?」


「続けます」


「買い取りは?」


「続けます」


「材料探しは?」


「続けます」


「……お前、寝る気あるか?」


「必要なら」


「必要だろ」


 ロイドが呆れたように言う。


 ガルドも頷いた。


「倒れられたら困るぞ」


 ミラも短く言う。


「休むのも仕事」


 セドは三人を見る。


 少しだけ、意外そうに。


 ロイドが目を細めた。


「何だよ」


「いえ」


「言え」


「心配されるとは思っていませんでした」


 ロイドが顔をしかめる。


「お前なぁ……」


 ガルドが鼻で笑う。


「道具扱いされるの嫌がるくせに、自分は道具みたいに動くんだな」


 ミラが頷いた。


「矛盾」


「……」


 セドは少しだけ黙った。


 そして、静かに言う。


「気をつけます」


「本当にか?」


 ロイドが疑う。


「はい」


「じゃあ今日は途中で休め」


「書類が」


「休め」


 ロイドの声が強くなる。


「店主命令だ」


「……」


 セドは少しだけ考えた。


「分かりました」


「よし」


 ロイドは満足そうに頷く。


「で、休む前に書類の項目だけ出せ」


「結局働かせるんですね」


「休ませるための準備だ」


 ロイドが笑う。


 少しだけ空気が戻った。


 だが、全員分かっている。


 組合は引いていない。


 これは始まりだ。


 五日後、次の圧が来る。


 その前に、こちらも形を整えなければならない。


 


 その頃。


 王城の書庫で、ルイスは別の書類に目を通していた。


 王城廃棄魔石管理記録。


 閲覧には許可が必要だった。


 だが、第二王子という立場は、こういう時だけは役に立つ。


 誰も理由を深く聞かなかった。


 どうせ気まぐれだと思われているのだろう。


 それでいい。


「……多い」


 ルイスは小さく呟いた。


 記録には、魔石の使用量、破棄量、再利用分が書かれている。


 驚くほど多くの欠片が廃棄扱いになっていた。


 訓練用。


 儀式用。


 照明調整。


 研究失敗分。


 完全に使えないものもある。


 だが、すべてがそうではない。


「これだけあれば……」


 言いかけて、止める。


 簡単ではない。


 王城の廃棄品を外へ出すには手続きが必要だ。


 しかも、誰が何に使うのかを説明しなければならない。


 今のルイスが表で動けば、すぐに目立つ。


 それは避けるべきだ。


「……直接は無理」


 ルイスは紙に書き込む。


 直接取得は危険。


 管理部署確認。


 廃棄委託先。


 払い下げ制度。


「払い下げ……」


 そこで手が止まる。


 王城の廃棄物は、一部が外部業者へまとめて払い下げられる。


 価値がないと判断されたもの。


 再利用に手間がかかるもの。


 それらは安価で処理される。


「ここだ」


 ルイスの声が少しだけ強くなった。


 直接持ち出すのではない。


 払い下げ先を調べる。


 そこから流れを作る。


 王城の中にいながら、外の材料へ繋がる道。


 まだ細い。


 でも、ある。


 足元の影が揺れた。


 ノクスの気配。


 ――見つけた?


「まだ」


 ルイスは答える。


「でも、入口は見えた」


 ――入口は、扉ではない。


「……どういう意味?」


 ――選ばなければ、壁のまま。


 ルイスは少し黙った。


 それから、小さく笑う。


「本当に、分かりやすくは教えてくれないね」


 ――答えは、あなたのもの。


「うん」


 ルイスは記録を閉じる。


「じゃあ、選ぶために調べる」


 静かな書庫。


 遠くから、司書の足音が聞こえる。


 ルイスはもう一枚紙を取り出した。


 廃棄委託先。


 払い下げ記録。


 担当部署。


 それらを書き写す。


 自分は外へ出ない。


 表には立たない。


 だが、城の中からでもできることはある。


 捨てられた石が灯りになるなら。


 王城の奥で眠る欠片もまた、誰かの夜を照らせるかもしれない。


 その考えに至った時、ルイスの胸の奥に小さな熱が灯った。


「……セド」


 小さく呟く。


「たぶん、そっちに繋げられる」


 もちろん、今すぐではない。


 伝える手段も選ばなければならない。


 けれど、道は見えた。


 外ではセドが組合と向き合っている。


 店ではロイドたちが踏みとどまっている。


 なら、自分も。


 王城の中で、進む。


 表に出ないまま。


 何もしていない王子の顔をしたまま。


 それでも確かに。


 ルイスは、次の一手を見つけ始めていた。

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