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『価値なしと呼ばれた第二王子は、王都の裏側で灯りを灯す』  作者: 伊佐波瑞樹


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第13話



 王城の書庫は静かだった。


 静かすぎる、とルイスは思う。


 紙をめくる音さえ妙に響く。


 誰かの咳払い。


 椅子が擦れる音。


 遠くで司書が歩く靴音。


 それ以外は、何もない。


「……っ」


 ルイスは小さく眉を寄せた。


 目が痛い。


 同じ文字を何度も追い続けたせいだ。


 机の上には、本が積まれている。


 商業記録。


 流通経路。


 王都税率。


 魔石加工技術。


 昨日より増えていた。


「……難しすぎる」


 思わず漏れる。


 王子として勉強はしてきた。


 けれど、それは“与えられる知識”だった。


 歴史。


 礼法。


 政治。


 王族として必要なもの。


 だが今読んでいるのは違う。


 現場だ。


 生きた金の流れ。


 利益。


 損失。


 市場。


 人。


 綺麗じゃない。


 むしろ泥臭い。


「……だから、分からなかったんだな」


 小さく呟く。


 ロイドの店。


 あの空気。


 止まりかけた場所。


 今なら少しだけ理解できる。


 売れないんじゃない。


 売れない構造の中に押し込められている。


「商業組合……」


 ページをめくる。


 古い記録。


 数十年前。


 王都の魔道具市場の再編。


 大型商会への優遇。


 小規模店舗への税率変更。


「……これか」


 指が止まる。


「ロイドさんの店が苦しい理由」


 小さい店ほど、流通で不利になる。


 大量仕入れができない。


 価格競争で負ける。


 組合への発言力もない。


「……そりゃ潰れる」


 ぽつりと漏れた。


 努力不足じゃない。


 構造だ。


 もちろん全部じゃない。


 だが、それだけでもない。


「じゃあ、どうする」


 ルイスは目を閉じる。


 考える。


 構造を変える?


 無理だ。


 今の自分には。


「なら」


 目を開く。


「その中で戦うしかない」


 答えは単純だった。


 変えられないなら、利用する。


 穴を探す。


 通れる道を見つける。


「……でも、そのためには」


 知識がいる。


 もっと。


 今のままじゃ足りない。


「っ……」


 頭が痛む。


 文字がぼやける。


 眠気もある。


 だが、閉じない。


 閉じたら止まりそうだった。


「……負けたくない」


 誰に、とは言わなかった。


 兄か。


 王族か。


 自分か。


 それとも、この世界そのものか。


 自分でも分からない。


 でも。


 ここで止まりたくない。


 その時だった。


 足元の影が、わずかに揺れる。


 ルイスは視線を落とした。


「……ノクス」


 呼ぶ。


 静かに。


 影が濃くなる。


 声が落ちる。


 ――無理をしている。


「……してるよ」


 苦笑した。


「でも、やらないと」


 ――急ぎすぎ。


「急がないと間に合わない」


 即答だった。


 ノクスは少し沈黙する。


 影が揺れる。


 ――焦りは、視界を狭める。


「分かってる」


 ルイスは本を閉じた。


「でもさ」


 一度、息を吐く。


「知らないままの方が怖いんだ」


 静かに言う。


「何も知らないまま、誰かに決められて、気づいた時には全部終わってる」


 それが怖い。


 追放されかけた時。


 精霊なしと笑われた時。


 全部、自分が知らない場所で決められていた。


「だから知りたい」


 ルイスは影を見る。


「どういう仕組みで動いてるのか」


「どうして苦しむ人がいるのか」


「どうして埋もれる人がいるのか」


 一拍。


「……どうすれば、変えられるのか」


 影が静かに揺れる。


 ノクスの気配が少しだけ近づく。


 ――王になりたい?


 その問いに、ルイスはすぐ答えなかった。


 考える。


 数秒。


 やがて。


「……前は、違った」


 小さく言う。


「王なんて兄上がなるものだと思ってた」


 実際、その通りだった。


 光の精霊。


 優秀な兄。


 誰からも期待される王子。


 それに比べて自分は。


 何もない。


 そう思っていた。


「でも」


 ルイスは本に触れる。


「今は少し違う」


 静かな声。


「必要とされる王には、なりたい」


 ノクスは答えない。


 ただ、影が少しだけ揺れた。


 それが否定ではないことだけは、分かった。


 


 一方その頃。


 王都の裏通り。


 そこは表とは違う空気だった。


 石畳は割れ、建物は古い。


 人の目も違う。


 警戒。


 諦め。


 苛立ち。


 そういうものが混ざっている。


 セドはその中を歩いていた。


 視線を流す。


 工房。


 店。


 人。


 全部を見る。


「……やはり多い」


 小さく呟く。


 潰れた工房。


 閉じた店。


 道端に積まれた使われない工具。


 技術が死んでいる。


 いや、正確には。


 殺されている。


「組合か」


 独占。


 価格操作。


 仕事の偏り。


 大手だけが生き残る構造。


「……効率的ではある」


 だが、それだけだ。


 切り捨てられる側は終わる。


 その時。


 カン、と乾いた音が響いた。


 セドの足が止まる。


 視線の先。


 小さな工房。


 半分壊れた看板。


 扉は開いている。


 中では、一人の男が石を削っていた。


 粗末な服。


 無精髭。


 だが、手だけは違う。


 正確だ。


 迷いがない。


 石を削る角度。


 力加減。


 全部が洗練されている。


「……それ」


 セドが口を開く。


「売り物ですか」


 男が顔を上げた。


「……あぁ?」


 不機嫌そうな声。


 だが、目は死んでいない。


「そうだが」


「見せてください」


「金は?」


「見てからです」


 男は眉をひそめた。


「冷やかしか?」


「違います」


「じゃあ何だ」


「探しています」


「何を」


「使われていない技術を」


 男の目が細くなる。


「……面白ぇこと言うな」


 石を放る。


 セドが受け取る。


 見る。


 加工精度が高い。


 かなり。


「名前は」


「聞いてどうする」


「必要だから聞いています」


 男は数秒黙った。


「……ガルド」


「セドです」


「で?」


 ガルドが椅子にもたれた。


「そのセド様は、俺みたいな潰れかけの職人に何の用だ」


「仕事です」


 即答。


 ガルドが鼻で笑う。


「仕事ぉ?」


「灯り石を作ってもらいます」


「断る」


 早い。


 即答だった。


 セドは動じない。


「理由を聞いても?」


「面倒だからだ」


「それだけですか」


「それだけで十分だろ」


 ガルドの目が鋭くなる。


「どうせどっかの商会だろ」


「……」


「最初だけ甘い話して、後から買い叩く」


「違います」


「違わねぇよ」


 吐き捨てる。


「俺は何回も見た」


 空気が少し重くなる。


「技術だけ抜いて、使えなくなったら終わり」


「……」


「だから断る」


 セドはしばらく黙っていた。


 そして。


「では、一つだけ訂正を」


「何だ」


「私は商会の人間ではありません」


 ガルドの眉が動く。


「……は?」


「現状は協力関係です」


「意味分からんな」


「よく言われます」


 ガルドは舌打ちした。


「余計怪しいわ」


「否定はしません」


「する気もねぇのか」


「今必要なのは信用ではなく確認です」


「確認?」


「あなたが使えるかどうか」


 空気が変わる。


 ガルドの目が細くなる。


「……喧嘩売ってるか?」


「違います」


「なら何だ」


「見極めです」


 セドは淡々と言った。


「こちらも命を懸けていますので」


 ガルドが黙る。


 数秒。


「……命?」


「はい」


「灯り石ごときで?」


「灯り石だからです」


 セドは静かに言う。


「誰でも使うものだから、奪える」


 ガルドの表情が少し変わった。


 興味。


 ほんの少し。


「……続けろ」


「今、大手が握っているのは“高価な魔道具”です」


「……」


「ですが、日用品は隙がある」


「灯り石か」


「はい」


「安く、質を上げ、流通を回す」


「簡単に言うな」


「簡単ではありません」


「だろうな」


 ガルドは笑った。


 少しだけ。


「だから職人探しか」


「はい」


「……面白ぇ」


 肘をつく。


「だが、まだ信用はしねぇ」


「構いません」


「普通そこで困るだろ」


「必要なのは契約です」


 セドは即答する。


「感情ではなく条件で構いません」


 ガルドは数秒黙った。


 そして。


「……条件は?」


「技術を安売りしない」


 セドは言った。


「あなたの仕事には相応の対価を払います」


「……」


「その代わり、こちらも妥協しません」


「……は」


 ガルドが笑う。


 今度は少し大きく。


「変なガキだな、お前」


「よく言われます」


「二回目だぞそれ」


「便利ですので」


 ガルドはしばらく笑っていた。


 やがて。


「……いい」


 立ち上がる。


「少しだけ乗ってやる」


 セドは静かに頷いた。


「助かります」


「勘違いすんな」


 ガルドが指を向ける。


「まだ信用してねぇ」


「承知しています」


「気に入らなきゃすぐ抜ける」


「問題ありません」


「……ほんと変だなお前」


「ありがとうございます」


「褒めてねぇよ」


 ガルドは呆れたように笑った。


 その瞬間だった。


 工房の外。


 誰かの気配。


 セドの視線が動く。


 ガルドも気づいた。


「……客か?」


「いえ」


 セドは静かに言う。


「見られています」


 空気が変わる。


 外。


 路地の奥。


 一瞬だけ、人影が消えた。


「……チッ」


 ガルドが舌打ちする。


「組合か?」


「可能性は高いです」


「早ぇな」


「こちらも目立ち始めていますので」


 ガルドは頭を掻いた。


「面倒な話だ」


「はい」


「でも」


 セドが言う。


「ここからです」


 止まれない。


 もう、動き始めている。


 静かに。


 だが確実に。


 王都の流れが変わり始めていた。

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