第12話
店は、動き始めていた。
だが、それは“成功”ではない。
ただ、止まっていた歯車が回り始めただけだ。
「……昨日より人が多いな」
ロイドが店の入口を見ながら呟く。
昼前。
すでに数人の客が出入りしていた。
目当ては一つ。
灯り石。
「増えています」
セドが静かに答える。
「昨日の購入者が、周囲に話している可能性が高い」
「口コミか」
「はい」
ロイドは鼻で笑う。
「そんな上等なもんじゃねぇだろ」
「結果として同じです」
「……まぁな」
否定はしない。
現に客は増えている。
だが――
「問題はここからだ」
ロイドの声が低くなる。
「続くかどうか、だろ」
「はい」
セドは頷いた。
「初動はあくまで“試し”です」
「試しで終わったら意味がねぇ」
「その通りです」
ミラはカウンターの端で、灯り石をいじっていた。
昨日と同じようで、少し違う。
微調整。
癖の修正。
細かい部分の詰め。
「……まだ触るのか」
ロイドが言う。
「当然」
ミラは顔も上げずに答える。
「昨日のは完成じゃない」
「売れてるぞ」
「だから何」
「……」
「売れるのと、良いものは違う」
ロイドは一瞬言葉を失う。
「お前、怖ぇな」
「普通」
ミラは淡々としていた。
「売れたから終わり、じゃ伸びない」
「……まぁ、それはそうだな」
ロイドは苦笑した。
納得はしている。
だからこそ、反論できない。
「セド」
「はい」
「仕入れはどうする」
「調整中です」
「調整って何だ」
「現状の価格では、量を確保できません」
「……やっぱりか」
ロイドが顔をしかめる。
「値段下げてんだ、そりゃそうなる」
「はい」
「で、どうすんだ」
セドは少しだけ間を置いた。
「仕入れ先を分散します」
「分散?」
「複数の小口から集める」
「……手間だな」
「ですが、安定します」
「安定するまでに潰れるぞ」
ロイドの言葉は鋭い。
現実だ。
セドは否定しない。
「そのために時間を作りました」
「三十日か」
「はい」
「短ぇな」
「承知しています」
ロイドは腕を組む。
しばらく考える。
「……ミラ」
「何」
「お前、どれくらい作れる」
「材料次第」
「最大で」
「今の倍」
「……少ねぇな」
「職人は機械じゃない」
即答だった。
「質落とすなら増やせる」
「それは却下だ」
ロイドが即座に言う。
「意味ねぇ」
ミラは頷いた。
「同意」
セドが口を開く。
「なら、数を増やすしかない」
「誰を使う」
「まだいません」
「……だよな」
ロイドは苦く笑う。
「そこが一番足りてねぇ」
「はい」
「職人か」
「それもあります」
「それも?」
「売る側もです」
ロイドが眉を上げる。
「……どういう意味だ」
「今はロイドさん一人で回しています」
「……あぁ」
「限界があります」
「分かってる」
ロイドは吐き捨てるように言う。
「だが、人雇う余裕ねぇんだよ」
「承知しています」
「じゃあどうする」
セドは視線を店内に向ける。
客の動き。
商品の流れ。
空間の使い方。
「……一つ、提案があります」
「言え」
「時間を区切る」
「……は?」
「販売時間を限定します」
ロイドが顔をしかめる。
「馬鹿か。客逃がすだけだろ」
「逆です」
セドは静かに言う。
「“その時間に来ないと買えない”状況を作る」
「……」
「集中させることで、効率を上げる」
ロイドは黙る。
考える。
「……行列できたらどうすんだ」
「その場合は整理します」
「誰が」
「私が」
「……お前、そこまでやるのか」
「必要ですので」
ロイドは少しだけ笑った。
「ほんと、変わってるな」
「よく言われます」
ミラが口を挟む。
「それ、悪くない」
「お前もか」
「流れを作るなら必要」
「……」
ロイドはしばらく考えた。
そして。
「やるか」
決めた。
「時間はどうする」
「昼と夕方」
セドが即答する。
「人が動く時間です」
「……分かった」
ロイドは頷いた。
「やってみる」
その時だった。
店の扉が開く。
鈴が鳴る。
入ってきたのは、昨日とは違う空気を持つ男だった。
服は整っている。
だが、商人ではない。
もっと――
裏の匂いがする。
「……いらっしゃい」
ロイドの声が少しだけ変わる。
警戒。
男は店内をゆっくり見回す。
灯り石を見る。
客を見る。
そして、セドに視線を止めた。
「……なるほど」
小さく呟く。
「面白いことをしているな」
セドは何も言わない。
ただ、見返す。
男が一歩近づく。
「少し、話をいいか?」
ロイドが口を開こうとする。
だが、それより先に。
「内容次第です」
セドが答えた。
短く。
冷静に。
男は笑う。
「そう構えるな」
「構える理由があります」
「……いい目だ」
男は楽しそうに言う。
「ダリオ様が気にするわけだ」
空気が変わる。
ロイドの顔が強張る。
ミラの手が止まる。
セドだけが、変わらない。
「……ご用件を」
淡々とした声。
男は肩をすくめた。
「簡単だ」
一歩、距離を詰める。
「その灯り石」
机を軽く叩く。
「いくらで回すつもりだ?」
探り。
明確な。
セドは答えない。
「言えないか」
「言う必要がありません」
「……なるほど」
男は笑う。
「じゃあ聞き方を変える」
視線が鋭くなる。
「どこまでやるつもりだ?」
ロイドが息を呑む。
ミラは無言。
セドは、ほんのわずかに間を置いた。
そして。
「必要な分だけです」
そう答えた。
男はしばらくセドを見ていた。
数秒。
やがて。
「……いい」
満足したように頷く。
「伝えておく」
「何をですか」
「“止まる気はない”とな」
男は踵を返す。
そのまま店を出ていく。
鈴が鳴る。
静寂が戻る。
「……おい」
ロイドが低く言う。
「今の、完全にダリオの人間だぞ」
「はい」
「どうすんだ」
セドは静かに言った。
「予定通りです」
「……本気か」
「はい」
迷いはない。
「なら」
ロイドが笑う。
少しだけ。
「やるしかねぇな」
ミラも小さく呟く。
「面白くなってきた」
店は動いている。
だが、同時に――
見られている。
流れは、もう止まらない。
戻ることもできない。
セドは静かにそれを受け止めた。
そして、次の一手を考えていた。




