表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
西日本特別諜報班 NST 影の特命  作者: スパイク


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

87/240

波を裂く者 ― 日本海追撃線

餘部の断崖は、静かすぎた。


日本海に沈む夕日が、不審船の船影を朱に染めている。

その船に玲奈がいる。

わかっているのに、手が届かない。


彩香は崖の上に立ち尽くしていた。

潮風が頬を叩く。視界が滲む。


涙だった。


臨時リーダーになってから、泣く暇などなかった。

悔しさは怒りに変え、怒りは判断に変え、判断は命令に変えてきた。


だが今は違う。


「……ごめん」


誰に向けたのか分からない呟きが、波音に消える。


遠ざかる船。

エンジン音が小さくなる。


少し離れた場所では、上品な声が海風に乗って響いていた。


「こちら餘部。夕日が日本海に沈む瞬間は、まさに絶景です――」


さつきのレポートだ。

カメラのライトが灯り、笑顔が映る。

絶景と敗北が、同じ空の下にある。


彩香は拳を握る。

涙を拭う。


そのとき、無線が震えた。


「彩香、行くぞ」


波田顧問の声。

それだけだった。


迷う余地はない。


崖下の港の影に、一隻の漁船があった。

漁具は下ろされ、燃料が満タンに積まれている。どうやって手配したのかは聞かない。波田が動けば、船は出る。


船の操舵席に立っていたのは、河合美音。


静岡県浜松市出身。

かつて浜名湖ボートレース場でのイベントで、現役モーターボートレーサーとガチンコ勝負をして勝利した女。


その日、実況が叫んだ。


“遠州の勇者!”


今、その勇者が日本海に立っている。


「エンジン、問題なし。行けるよ」


美音の声は落ち着いている。

目だけが、獲物を狙う猛禽のように鋭い。


NSTが乗り込む。


エンジンが唸る。

船体が震える。


「掴まって」


美音がスロットルを押し込む。


船首が浮く。

日本海の荒波が牙を剥く。


だが美音は恐れない。


「波を正面から受けない。横を使う」


舵が切られる。

船体がうねりを滑る。


漁船とは思えない速度で、海を裂く。


彩香は甲板で目を凝らす。

遠く、小さな灯り。


「あれや……」


不審船。


距離はまだある。

だが縮まっている。


潮風が顔を打つ。

塩の匂いが肺に入る。


あかりが甲板で声を上げる。


「うわ、速っ!すごい!」


まるで遠足に来た子どものように、潮風に吹かれてはしゃいでいる。

その無邪気さが、逆に救いだった。


「落ちるなよ!」


澪香が叫ぶ。


美音は無言で舵を握る。

波の癖を読む。

風の角度を感じる。


エンジン音が低く唸り続ける。


距離、三百メートル。


敵はまだ気づいていない。


「近づく。灯りを消す」


美音がスイッチを落とす。

闇に溶ける。


距離、二百。


敵が進路を変える。

気づいた。


「逃げるで」


彩香の声。


美音の口元が僅かに上がる。


「逃がさない」


スロットル全開。


船体が跳ねる。

波頭を飛び越える。


日本海の荒波が、船底を叩く。

だが舵はぶれない。


遠州の勇者。

今は、日本海の刃。


距離、百メートル。


不審船の船尾が見える。

黒い影。金属の匂い。


玲奈は、あの中にいる。


彩香の目が光る。


「追いついた……」


まだ奪還はしていない。

だが、逃げられてはいない。


船尾を掴む。

日本海の真ん中で、二隻が並ぶ。


海鳴りが、戦いの始まりを告げていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ