表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
西日本特別諜報班 NST 影の特命  作者: スパイク


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

86/240

餘部の断崖、最後の布石

豊岡で取り逃がした夜から、NSTの空気は変わった。

悔しさは静かな怒りに変わり、怒りは計算へと沈んでいった。


城崎温泉の老舗旅館の一室。

波田顧問は地図の一点を叩く。


「餘部だ。逃げ道は海しかねぇ。断崖の裏に隠れりゃ、レーダーも目も届きにくい」


餘部。

兵庫県香美町。

山陰本線の餘部鉄橋から見下ろす日本海の絶景で知られる場所。空と海が溶け合うような眺め。観光客がカメラを構える名所。


だがNSTにとっては、絶景は逃走路にしか見えなかった。


断崖の下に旧倉庫群。

海上搬送前の中継地点。


彩香の声は低く、迷いがない。


「挟み込みます。県警は外周封鎖。ツインズは高台から攪乱。あかりは通信遮断」


澪香が頷く。

澄香は風を読む。


日本海は荒れていなかった。

静かな海ほど、嫌な予感がする。


――餘部鉄橋下、旧施設。


鉄骨の影。潮の匂い。

断崖に打ち付ける波音。


澪香が先に動く。

高台からの監視カメラを無力化。澄香が倉庫脇の警備を引きつける。


彩香が突入。


薄暗い部屋の奥。

椅子に拘束された女性。


白いブーツ。

俯いた横顔。


玲奈。


息はある。意識もある。

彩香と目が合う。


言葉はいらない。

あと数十メートル。


その瞬間だった。


「本日は餘部鉄橋の絶景スポットをご紹介します」


上品で澄んだ声が、断崖に響いた。


さつきだった。


神戸放送の情報番組。

鉄道から見える絶景特集。取材クルーとともに鉄橋周辺へ。


カメラのライトが倉庫外壁を照らす。

ドローンが上空に上がる。


敵が警戒レベルを最大に引き上げる。


「一般人がいる。強行できません」


県警の無線が響く。


さつきは事情を知らない。

美しい夕日を背に、微笑みながら語る。


「こちら、餘部。海と空の境界が溶け合う瞬間です。列車からの眺めは圧巻ですよ」


ドローンが倉庫裏へ流れ込む。


敵が焦る。


「移送だ!」


玲奈を抱え、裏手の斜面を下る影。


彩香が駆ける。

だが、断崖下の臨時桟橋には既に小型船が待機していた。


エンジン音。

海面を切る白い波。


彩香の足が止まる。


玲奈が遠ざかる。


玲奈は振り返らない。

振り返れば、彩香が無茶をすると知っている。


船が沖へ。


「……終わった」


彩香の口から零れる。


波田顧問の声が無線で低く響く。


「まだだ。動きが荒い。逃げ足は速ぇが、必ず痕を残す」


だが今は、目の前で玲奈を失った事実だけが重い。


NSTは断崖の上で立ち尽くす。


日本海に夕日が沈む。


その光の中、さつきはカメラに向かって微笑む。


「夕日が海に溶ける瞬間、まるで時間が止まったようですね」


背後では、エンジン音が遠ざかっている。


彩香はその対比に眩暈を覚える。


ひとつの世界は、絶景を語る。

ひとつの世界は、仲間を奪われる。


交わらない二つの風景。


だが、完全な敗北ではなかった。


あかりが通信ログを掴む。


「出航前の暗号通信。最終集結地点が判明。日本海側の港湾座標」


布石は打たれた。


玲奈はまだ海の向こうへ出ていない。


彩香は拳を握る。


夕日が沈む。


さつきは知らない。

自分の背後で何が失われたのか。


NSTも知らない。

自分たちが見せられた“失敗”が、敵の最後の焦りだったことを。


餘部の断崖は静かだった。

だが、嵐は確実に近づいている。


次は、本当の最終局面。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ