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西日本特別諜報班 NST 影の特命  作者: スパイク


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黒い法廷に吊るされた舌――正義は黙らない

大阪の空は低く、鉛みたいな雲が街を押しつぶしていた。ヒロ室西日本分室の窓ガラスに、薄い雨粒がだらしなく流れる。彩香はコーヒーをひと口飲んで、苦味だけを喉に通した。


玲奈は戻らない。――少なくとも「戻らない前提」で県警は動いている。

その現実が、彩香の胸の奥で釘みたいに刺さったまま抜けない。


だが今夜の任務は、哀しみのためにあるんじゃない。

哀しみを利用して、世の中をひっくり返そうとする連中を止めるためにある。


標的は、弁護士。

テレビに出て、泣きそうな顔で弱者の味方を語る男だ。

言葉は丁寧、ネクタイは清潔、笑顔は優しい。――優しすぎる。


「法は人を救うためにあるんです」


その舌が、どれだけの人間を“処分”してきたか。彩香は資料を一枚ずつめくった。元県知事の周辺に張りつき、政治資金の流れを“合法”に整え、反対派の口を封じ、権威主義国家のフロント企業と密約を交わす。

この男は、銃を持たない暗殺者だった。


彩香は、こういうのが一番嫌いだった。

真っ黒なくせに、白い手袋をして握手してくるタイプ。

汚れは全部、他人に擦り付ける。


「証拠は?」

男はいつもそう言う。

「証拠がないなら罪はない。感情で裁くな」


だから彩香は、証拠で殴る。感情は、引き金じゃなく照準にする。


「澄香、入れる?」

「入れる。相手は“清潔”を売ってる。汚点が一個でも見えたら終わり」


迫田澄香の声は冷たい。氷の刃みたいに整っている。

澪香が続ける。「この男、海外の法律事務所と常時回線つないでる。日本語の“綺麗事”は表。裏は英語と数字」


あかりは画面の暗号ログを指で追い、無邪気に言った。

「この人、いっぱい嘘ついてる。嘘って、パターンある」

彩香は少し笑いかけて、すぐに顔を戻した。笑うところは後でいい。


美咲が、静かな声で付け足す。

「契約書の条項が変です。“人的資源の移送”って、医療でも労務でも使わない書き方。人を物にしている」


その一文を見た瞬間、彩香の胃がきゅっと縮んだ。

玲奈の影がよぎる。濃紺のジャケット、ミニスカート、白いパレードブーツ。

街を照らす制服のはずなのに、闇に沈んでいく白。


「やる」

彩香はそれだけ言って、立ち上がった。


会場は神戸。地元の独立系放送局――通称“ヨンテレビ”の公開討論会。

市民参加型、正義を語るにはちょうどいい舞台。男はそこで「国家転覆疑惑は陰謀論だ」と断じる予定だった。笑顔で。丁寧に。完璧に。


彩香たちは表には出ない。出るのは“事実”だ。

証拠が必要なら、証拠のほうから歩いて来させればいい。


討論会が始まる。スポットライトの下、男は白い歯を見せた。


「皆さん。感情で社会を壊してはいけません。法は冷静です。理性です」


拍手が少し起きた。

彩香は暗い控室のモニターを見つめた。指先が冷える。心臓はうるさい。だが目は静かだった。


男が続ける。

「私はこの街の平和を守りたい。だから――」


その瞬間。背後の大型スクリーンが、予定と違う映像を映した。

討論会用のスライドじゃない。契約書。送金記録。音声波形。


会場が凍った。

男の声だけが、空回りして響く。


「……これは、誰が――」


司会者が青ざめる。観客がざわつく。カメラが寄る。

男は取り繕おうとした。舌を回し、理屈を積む。


「この文書が本物だという証拠は――」


そこで次の映像。

“権威主義国家フロント企業”との委任契約。

“人的資源輸送に関する法的補助”。

そして、元県知事側の資金洗浄ルート。


男の顔から血が引いた。

焦りが、口を滑らせる。


「違法ではない……いや、違法性の立証が困難で――」


自分で言った。

“違法”。

会場が一段、騒がしくなる。記者の目が獣みたいに光る。


さらに追撃。

税務調査の通知。海外口座残高。関連会社の架空請求の一覧。

男の“綺麗事”が、数字で腐っていく。


男は水を飲もうとしてグラスを倒した。

書類が濡れる。手が震えて紙をつかめない。

マイクがハウリングして、会場に甲高い悲鳴が走る。


そして――足元。

磨き上げた革靴が、水で滑った。


「っ……!」


尻もち。

完璧な髪型が崩れ、眼鏡がずれて、笑顔の仮面が割れた。

“言葉の支配者”は、その場でただの狼狽した男に戻った。


残酷で、間抜けで、完璧な終わり方だった。


その瞬間を、別のカメラが抜いていた。

ヨンテレビ情報番組のレポーター、三好さつき。

討論会の“地域問題特集”で現場に来ていた彼女は、目を丸くしてマイクを握りしめた。


「え、えっと……いま、えっと……正義の味方が、正義の味方みたいな顔で……あの、座りました……」


スタッフが小声で叫ぶ。「さつき!言い方!」

さつきは上品に咳払いして、妙に落ち着いた声で言い直した。


「本日は、市民が“真実”を目撃する日になったようです。……なお、転倒には十分ご注意ください」


カメラの後ろで、誰かが吹き出した。

会場の空気が少しだけ緩む。

だが彩香は笑わなかった。


男が失脚しても、玲奈は戻らない。

ただ、男のPCから抜き取った暗号フォルダに、短い文字列が残っていた。


“J-Route Sea”


日本海側。第三国経由。権威主義国家――。


彩香はモニターを切って、暗い部屋の中で息を吐いた。

怒りはまだ燃えている。悲しみも、まだ居座っている。

それでも、前へ進む理由が増えた。


「玲奈さん。まだ、終わってへん」


播州の女は、静かに拳を握った。

舌を吊るしたのは第一歩だ。次は――闇そのものを吊るす番だ。

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