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西日本特別諜報班 NST 影の特命  作者: スパイク


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無菌室に漂う黒いメス ――NST「白衣の無菌室」

白い壁は、清潔という名の沈黙をまとっていた。

光が強いほど、影は濃くなる。兵庫県内でも指折りの先端医療センター――最新鋭の手術室、ガラス張りのICU、ロビーの巨大モニターに流れる「救命の奇跡」のPR映像。ここは“命の砦”と呼ばれている。だが、砦ほど内部の腐敗は目立たない。


ヒロ室西日本分室。

彩香は机上の資料を閉じ、息を吐いた。暫定リーダーという肩書きは、紙の上では軽い。背中に乗る重さは、鉛みたいに重い。玲奈の不在は、いまだに埋まらない穴だった。


「行くで。今日は“白衣”が相手や」


彩香の声は静かだった。静かな声ほど、怖い。

迫田澄香は頷くだけで答えた。澄香はいつも余計な熱を出さない。だが、冷たいわけじゃない。火は胸の奥に隠している。必要な時だけ抜く、刃物みたいな女だ。


任務は二つ。

ひとつは、医療センター長――カリスマ外科医・センター長の裏金ルートの摘発。

もうひとつは、玲奈につながる痕跡の回収。失踪直前の玲奈の端末ログが、このセンターの内部ネットワークに触れていた形跡がある。


「センター長、県知事一派の金の流れに噛んどる。治験データも弄っとる可能性が高い」

彩香が言うと、澄香が低く返した。

「命を材料にするタイプね。いちばん嫌い」


美咲は表の動線を、あかりは裏の搬入口を、澪香は周辺の監視と逃走経路を押さえる。澄香は単独で“無菌室側”に入る。

白衣の中に紛れるのは、澄香がいちばん上手い。顔が華やかで、所作が静かで、目が冷たい。医療関係者は、こういう“出来る女”を勝手に味方だと思い込む。


センター内は、音が少なかった。

足音が吸い込まれ、会話は小声で消える。そこに流れる空気だけが、妙に重い。澄香は受付で身分証を提示し、淡々と問診エリアへ進む。

狙いは地下のデータ室。治験関連のログは、オフラインに見せかけて“別ライン”で出ていく。金の匂いがする流れは、必ず残る。


エレベーターの扉が閉まる直前、澄香は白衣の裾から小型のピックを滑らせた。無音でロックを崩す。

完璧に“無菌”。完璧に“不正”。


地下の通路は低温で、骨に来る冷たさがあった。

澄香は配管の影に身体を寄せ、警備員の動線を読む。顔色の悪い警備員が二人――医療センターの警備は、外注の皮を被った“内輪”だ。ここはすでに半分、県知事一派の庭。


澄香がデータ室前のカードリーダーに偽装カードを当てる。緑のランプ。

扉が開いた瞬間、機械の熱気とファンの低音が押し寄せた。


ラックの列、ケーブルの森。

澄香は迷わない。目的のスイッチへ。ログの抽出。暗号化。転送――。


その時だった。背後の気配が、空気の密度を変えた。

「……誰だ」


センター長の声。

テレビで聞く“救命の英雄”の声とは違う。乾いている。苛立っている。人間の命を扱う者の声じゃない。数字の声だ。


澄香は振り向かない。

「点検です。あなたの“神話”を守るための」


センター長が笑った。

「神話? 君もわかってるだろ。県の上も、新聞も、スポンサーも、皆これを望んでる。奇跡が欲しいんだ。現実なんか誰も見たくない」


澄香はようやく振り返った。目が鋼になる。

「奇跡は演出できる。でも、犠牲は消えない」


センター長の横に、黒服が二人。医療センターに似合わない、街の匂いのする連中。

県知事一派の影が、ここに現物として立っていた。


――撃つな。ここは病院だ。

NSTに拳銃はない。だからこそ、やり方がある。


澄香は一歩も引かない。

引いた瞬間、“ただの女”になる。ここは自分の舞台だと、身体で告げた。


「センター長。あなた、治験データを改ざんしてる。死亡例を統計から外して、成功率を98%に見せてる。そこに県知事一派の資金が入ってる」

「証拠は?」

「今、ここに作ってる」


澄香は端末をタップし、転送を開始した。

センター長の顔色が変わる。

「止めろ!」


黒服が澄香に手を伸ばす。

その瞬間、澄香の肘が無音で跳ねた。手首を切るように払って、相手の体勢を崩す。

派手じゃない。だが、確実に痛い。確実に倒れる。

澄香は“脅しに屈しない”というより、“脅しが成立しない人間”だった。


上階――フォーラム会場。

センター長が“未来の医療”を語る壇上は、すでに用意されていた。

彩香の作戦は冷酷だった。敵をその場で捕まえない。逃げ道を塞いで、観衆の前に引きずり出す。ハングマンの流儀だ。


そして、運命の時間。

会場の巨大スクリーンに映し出されたのは、センター長の輝かしい経歴――ではない。

改ざん前のデータ。隠された死亡例。内部会議の録音ログ。送金履歴。

“県知事側のダミー口座”に流れる数字。


壇上のセンター長は、言葉を失った。

笑顔を作ろうとして、顔の筋肉が固まる。

マイクを掴んで言い訳しようとするが、音が出ない。

誰かが、音声ラインを落としていた。


会場は静かだった。

無菌室より静かだった。


その静けさの中で、センター長の口だけが動く。

必死な金魚みたいに、空気を食むだけ。


その瞬間、観覧席の端から、やたら明るい声が飛ぶ。


「えっ、なにこれ! すごい! 健康番組って、こういう“検証”もやるんですねぇ!」


美月だった。

CS放送の健康番組のレポーター。白衣風の上着に、にこにこ顔。

スタッフが止めようとするが、美月は止まらない。止まる理由がない。


「センター長先生、さっきまで“奇跡の医療”言うてはったのに、急に“数字の話”ばっかりになってますやん! これも健康に大事なんですか!?」


会場の空気が、噴き出す寸前で震えた。

笑ってはいけない場所で、笑いは一番強い毒になる。


センター長は、スクリーンに映る自分の送金履歴と、観衆の視線に挟まれて、完全に終わった。

メディアは回り始める。

“命の砦”の英雄が、“金の牢屋”に落ちていく瞬間だった。


任務終了。

澄香は裏口から出て、冷たい外気を吸った。

彩香が待っていた。目の下に影がある。それでも目だけは、折れていない。


「澄香、ようやった」

「……玲奈さんの手がかりは?」

彩香は一瞬だけ視線を落とした。

「端末ログの断片は取れた。でも、居場所はまだや」


澄香は黙って頷く。

諦めないのは、彩香だけじゃない。NST全員の共通言語になっていた。


遠くで、美月の声がまだ響いていた。

「いやぁ~今日の健康特集、情報量多すぎますわ! みなさん、数字は嘘つかへん言いますけど、人が嘘つくんですねぇ!」


彩香は小さく呟いた。

「……なんで、あいつは毎回おるねん」


無菌の白は、黒を隠すためにある。

だが黒は、光の下に出た瞬間、もう戻れない。


玲奈の影はまだ遠い。

それでもNSTは、今日も歩く。

白衣の奥に潜む“黒い脚本”を、一本ずつ切り裂くために。

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