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西日本特別諜報班 NST 影の特命  作者: スパイク


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静寂の講壇 ――暫定リーダー彩香、学府の闇を撃つ

上品な街並みの端に、白い壁と深い緑がよく似合う学府がある。

古い石段、手入れの行き届いた芝、礼儀正しい学生たち。言葉の端々に育ちがにじむ、そういう空気。関西の名門、と呼ばれる理由がそこら中に落ちていた。


彩香にとって、ここはただの「通学先」じゃない。

戦隊ヒロインとしての顔を脱いでも、播州の烈火である前に、ひとりの学生として積み上げた時間がある。自分の場所だ。


だから――汚されるのは許せなかった。


発端は、一本の内部メモだった。

「公開シンポジウム」の実行委員会に、外部協賛金が流れ込んでいる。しかもその金が、例の元県知事派の資金洗浄ルートと“匂い”が一致する。

表向きは学術振興。中身は、大学の看板を使った政治的世論工作。

仕掛け人は、学内の重鎮教授。学部をまたいで影響力を持ち、学長室にも顔が利く。口癖は「学問の中立」。だがその中立は、都合のいい色にしか染まらない。


彩香はNSTの会議室で、深く息を吸った。


「大学は、逃げ道になったらあかん。悪党の隠れ蓑にも、金の通り道にも。」


迫田ツインズは無言で頷き、あかりが少しだけ眉を寄せた。美咲はいつもの控えめな表情のまま、メモに目を落とす。


彩香は続ける。


「県警は動けへん。学内は“自治”が強い。表から突っ込んだら、こっちが悪者にされる。だから――裏から切る。」


NSTは表に出ない。

出るのは“事実”だけだ。


公開シンポジウム当日。

大講義室は、静かな熱気で満ちていた。背筋の伸びた聴衆、落ち着いた司会、拍手も品がある。学問の場らしい、端正な呼吸。


最前列から数列後ろ。さつきが座っていた。

清楚で上品、なのに足の速さだけは阿波の暴風。今日は脚ではなく耳を使う日らしく、メモ帳を膝に置いている。

彩香は少し離れた後方から会場を見渡し、視線だけで周囲を確認した。


壇上に、重鎮教授が現れる。

背広の色もネクタイの柄も、過剰に“偉い人”仕様。笑顔はあるが、目が笑っていない。

マイクを握る手つきが、支配のそれだった。


「本日は――知性の灯を守るために、お集まりいただきありがとうございます」


声は滑らかで、言葉は正しい。

だが正しさだけで世界が回るなら、世の中はもっと静かだ。


教授は“分断の危険”を語り、“メディアの混乱”を嘆き、“成熟した市民”を持ち上げる。

その語り口はまるで、誰かの台本を丁寧に朗読しているようだった。


彩香は、歯の奥で小さく舌打ちした。


(台本の匂いが濃い。しかも、金の匂いと混ざっとる)


合図は、澪香の短い報告だった。


《講壇裏、プロジェクター回線。入れた》


澄香が別ルートで、協賛金の帳簿とメールのログを“第三者監査資料”の形に整えていた。

美咲は学内の規程と照合し、どの条文に引っかかるかを正確に刺す準備をしている。

あかりは非常口付近で、万が一の騒ぎに備え、人の流れを読んでいた。派手なことはしない。今日は“冷静さの授業”だ。


教授の講演が佳境に入った瞬間、スクリーンが切り替わる。


「……次に、資料をご覧ください」


教授がそう言ったのと同時に、映ったのは教授が用意したスライドではなかった。


画面いっぱいに広がったのは、協賛金の流入表。

企業名は伏せられているのに、ルートが鮮明にわかる。迂回、分割、架空名義。

次のスライドで、教授名義のメール。

“この話は表では大学の名誉のため、裏では政治のため”

そう書いてあった。


大講義室が、しんと静まり返った。

さっきまでの“上品な空気”が、真空みたいに固まる。


教授は一瞬、言葉を失う。

すぐに笑顔を作り直し、マイクを握り直した。


「……これは、悪質な妨害です。学問の自由への――」


そこで、追撃が入った。

司会者のタブレットに、監査資料が“事前配布資料”として自動送信される。

しかも、会場の受付にいる学内職員、来賓の企業関係者、学外の記者の端末にも同時に。


逃げ道がない。

「妨害」ではなく「資料」になった瞬間、教授はただの当事者になる。


司会者が、真面目な声で言った。


「ええと……資料の整合性を確認します。先生、こちらのメールについて、ご説明いただけますか」


教授の顔が、わずかに引きつった。


「……私の名を騙った捏造でしょう。こんな、下品な――」


そのとき、スクリーンに“送信元サーバーのログ”が映る。

学内の研究室IP。

教授のID。

“最終アクセス:本日午前”。


会場がざわつく。

上品なざわつきは、逆に怖い。静かな刃物みたいに人を追い詰める。


さらに、追い打ち。

教授が協賛金の一部を「研究費」として個人口座に移していた明細。

そこから、例の元県知事派の“関連団体”へ寄付という名の送金。


教授は、喉を鳴らした。

言葉が出ない。


「先生?」


司会者の声が、もう一度。

会場の沈黙が、講壇の上だけを孤立させる。


教授は立て直そうとする。

だが焦りは、態度に出る。

マイクがハウリングし、慌てて手を引っ込めた拍子に、足元のケーブルに引っかかる。


――ガタン。


講壇の脇に置かれていた水差しが倒れ、机の上に水が広がった。

教授の資料が、じわっとにじむ。

“偉い人”の紙が、ただの紙に戻っていく。


会場のあちこちから、小さな笑いが漏れた。

それが伝染するまで、時間はいらなかった。


最前列から数列後ろ。

さつきが、肩を震わせた。


「……っ、ふふっ……」


上品な彼女が、堪えきれない時の顔をしている。

目を細め、口元を押さえ、でも漏れる。

珍しい。ほんとに珍しい。


教授が顔を真っ赤にして叫ぶ。


「笑うところではない! これは――」


だがその瞬間、さつきがついに限界を超えた。


「はっ……ははっ、先生、講壇が……講壇が、じわじわ沈んでいくみたいで……っ」


“静寂の講壇”が、笑いで崩れた。

教授の権威が、音もなく落ちた。


シンポジウムは中断。

大学は即日、調査委員会を設置。教授は職務停止。

外部協賛金は凍結。関連団体との取引も全面見直し。


そしてNSTは、いつものように痕跡を残さず引き上げる。

表に出るのは大学の声明だけ。

だが内側では、一本の毒血管が切れた。


彩香は、校舎を出る前に一度だけ振り返った。

白い壁は変わらない。芝も、風も。

守れた。今日は守れた。


さつきが隣で、まだ少し笑いを引きずった声で言う。


「彩香……あの先生、ほんとに嫌いだったから……ごめん、今日だけは……最高……」


彩香は小さく息を吐き、口角をほんの少しだけ上げる。


「……笑うな。上品さどこ行ったん」


「上品は、非常時に置いてきた」


「阿波の快速、適当言いよるな」


二人の足音が、静かなキャンパスに溶ける。


玲奈はまだ戻らない。

元県知事派の影も、まだ濃い。

だが彩香は、自分の居場所を守った。


戦う理由は、いつも“誰かのため”だけじゃない。

自分の誇りのために立つ夜もある。


講壇は静寂を失った。

代わりに、真実が残った。

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