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西日本特別諜報班 NST 影の特命  作者: スパイク


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盃は交わさない ――港の霧は嘘を飲み込む

神戸の夜は、湿り気を帯びている。

港に立てば、海の匂いより先に“金”の匂いがする。見えない流れが、コンテナの影を渡り歩く。


大幹部が失脚してから数日。

任侠団体の空気は静かだった。嵐のあとの凪だ。

だが凪は、海が死んだわけじゃない。


ヒロ室西日本分室。

彩香は地図を広げたまま言った。


「敵やない。味方でもない。

ただ、今は同じ方向を向いとる」


澄香は無言で頷いた。

双子の姉、迫田澄香。華やかな顔立ちと長い睫毛。

だがその瞳には色気よりも冷気が宿る。


怖いか、と問われれば、怖い。

だが怖さに屈しない。抱えたまま歩く。

それが彼女のやり方だった。


港湾倉庫の奥。

若頭が待っていた。

失脚した大幹部とは違う。目が濁っていない。

背広の襟は整い、声は低い。


「借りは返す」


澄香は首を横に振る。


「借りちゃいます。利害です」


若頭は一瞬だけ口元を緩めた。


「……只者やないな。

あんた、ヤクザより肝が据わっとる」


脅しはない。

だが緊張はある。

任侠団体は冷酷だ。裏切れば容赦はない。

それを知った上で、澄香は目を逸らさない。


「元県知事派が港から人を出す。

その資金と人物、止めたいのはそっちも同じでしょう」


若頭は黙る。

背後の海鳴りが、低く響いた。


「うちの庭を荒らす連中は、許さん。

仁義を売る真似も、もうせん」


敵でも味方でもない。

ただ、線が一瞬だけ重なる。


盃は交わさない。

写真も撮らない。

口約束もない。だが嘘もない。


深夜の港。

霧がコンテナを飲み込む。


NSTは影で動く。

澪香が通信を握り、美咲が裏動線を封じ、あかりが逃走経路を削る。

澄香は中央。


元県知事派の幹部が黒塗りの車に乗り込む寸前、

トラックが静かに道を塞ぐ。


組員が言う。


「通行止めや」


拳は振るわない。

銃も抜かれない。

だが空気は、撃鉄より重い。


澄香が近づく。


「逃げ道は、もうない」


幹部は吐き捨てる。


「ヤクザと手を組むとはな」


澄香は即座に返す。


「組んでない。

ただ、あんたを止める方向が同じなだけ」


あかりが車の制御を無力化。

澄香が幹部のPCを奪う。


画面に浮かぶデータ。

資金移動。

収容場所変更の記録。


そして――

玲奈の名。


澄香の呼吸が、わずかに止まる。


若頭が背後から低く言う。


「その名、探しとるんやろ」


澄香は振り返らない。


「知ってるんですか」


若頭は曖昧に笑う。


「全部は知らん。

けど、消す気なら、あの連中はもっと早く消しとる」


消していない。

隠している。


それだけで十分だった。


「生きとる可能性は、高い」


若頭の言葉は断定ではない。

だが嘘の匂いはしなかった。


澄香は静かに言う。


「情報は、利害が一致した分だけもらいます」


若頭は頷く。


「あんたは怖いな。

美人やのに、情に流されん」


澄香の声は淡い。


「情はあります。

でも、優先順位は決めてます」


幹部は県警の“公式ルート”で摘発される。

任侠団体の名は出ない。

NSTも出ない。


夜は何事もなかったように閉じる。


翌朝。


港近くのカフェ。


さつきが、プライベートで知人と紅茶を飲んでいる。


「昨日、この辺ちょっと騒がしかったですよね」


知人が小声で。


「何かあったらしいで」


ちょうどテレビに速報。


「元県知事側幹部、脱税容疑で逮捕」


さつきは上品に微笑む。


「神戸って、朝もドラマチックですね」


隣の席の常連が呟く。


「夜はもっと深いで」


さつきは気づかない。

それでいい。


ヒロ室西日本分室。


彩香が報告を聞く。


「……玲奈は?」


澄香は静かに答える。


「消されてない。

場所は絞れる」


彩香の拳が握られる。


敵でも味方でもない任侠団体。

だが若頭の最後の言葉が、耳に残る。


「庭を荒らすもんは、許さん。

あんたらもな」


共闘は一時。

盃は交わさない。

だが影は、同じ方向を向いた。


港の霧は、何も語らない。

だが嘘もつかない。


澄香は窓の外を見た。


玲奈は、まだ終わっていない。


そして神戸の夜は、

次の火種を静かに抱えている。

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