静寂を裂くマーチ――行進曲は止まらない
神戸の夜は、整いすぎている。
港の灯りも、ビルの窓も、どこか規則正しい。
だが規律というものは、ときに腐る。内側から。
兵庫県警音楽隊・定期演奏会。
会場は満席。
舞台には青と白の照明。
ブラスが唸り、ドラムが刻む。
そして、カラーガード隊が旗を翻す。
玲奈が立つはずだった位置には、別の隊員がいる。
彩香は客席後方の暗がりで腕を組んだ。
今日の主役は自分ではない。
「美咲、任せたで」
イヤーピースの向こうで、低い声。
「……了解」
美咲は舞台裏にいる。
地味で目立たない存在。
だがNSTの中で一番、静かに怒る女だ。
今回の標的は、カラーガード隊のエース格。
華やかな笑顔。完璧なフォーメーション。
警察広報の顔としてテレビにも出る。
だが裏では――
玲奈の失踪に関与。
内部情報を流し、元県知事派に捜査動向を渡していた。
「裏切りは、制服の内側で起きる」
美咲はそう呟いた。
演奏は第二部へ。
マーチングナンバー。
軽快な行進曲。
悪党は中央で旗を掲げる。
観客の拍手を浴びる。
観覧席。
美月が身を乗り出す。
「やっぱカラーガードかっこええなぁ!」
さつきが小声で言う。
「でも、玲奈さんがいないのは寂しいですね」
美月は一瞬だけ黙る。
舞台裏。
澄香が通信をつなぐ。
「内部サーバー侵入完了。
玲奈失踪当日の通信ログ、映像データ確保」
美咲が深呼吸。
「……いくで」
演奏がクライマックスへ向かう。
その瞬間。
ステージ後方の大型スクリーンが、暗転。
ざわめき。
指揮者が振り返る。
映し出されたのは――
カラーガード控室の監視映像。
玲奈の姿。
そして、悪党が誰かと電話している映像。
「玲奈は邪魔。今日で終わりや」
音声が会場に響く。
演奏が止まる。
観客が息を呑む。
舞台中央で、旗を掲げたまま固まる悪党。
「な……何これ……」
さらに映る。
元県知事側とのメッセージ履歴。
捜査資料の写真。
美咲が舞台袖から現れる。
制服姿ではない。
黒いパンツスーツ。
静かに一歩、中央へ。
「玲奈のこと、覚えてるやろ」
悪党が後ずさる。
「違う! 私は――」
観客のざわめきが怒号に変わる。
「裏切り者や!」
「警察がこれか!」
美咲の声は低い。
「玲奈が消えた夜、あんたは何してた」
スクリーンに時刻。
通話記録。
位置情報。
逃げ場はない。
悪党は旗を落とす。
白い手袋が震える。
そのまま後退し、
マーチング用の段差に足を取られる。
――ガタン。
制服姿のまま、ステージに尻もち。
観客席からどよめき。
美月がぽつり。
「うわ……」
さつきは真顔。
「これは……放送事故レベルですね」
悪党は立ち上がろうとするが、
旗の布が脚に絡まる。
さらに転ぶ。
行進曲の楽譜が床に散らばる。
まるで“断罪の演出”。
美咲は見下ろす。
「玲奈の行方はまだ分からん。
でも、あんたの行方は決まったな」
警察幹部が舞台へ駆け上がる。
観客の前で、
カラーガード隊制服のまま拘束。
制服は誇りだ。
その誇りを裏切った者の末路。
客席。
美月が腕を組む。
「なんか、すごい演出やったな……」
さつきが苦笑。
「演出ではないでしょうね」
舞台上では、演奏が再開される。
指揮者が棒を振る。
金管が鳴る。
行進曲は、止まらない。
玲奈の空席は埋まらない。
だが隊列は崩れない。
ヒロ室西日本分室。
彩香が静かに報告を受ける。
「……これで一つ」
美咲の声は淡々。
「まだ終わらん」
夜の神戸。
港の汽笛が鳴る。
裏切り者は晒され、
制服の威厳は守られた。
だが玲奈は戻らない。
行進曲は止まらない。
止めたら、負けや。
NSTは影のまま、
次の音を待つ。




