命の値段を決めた男の、静かな最期
雨の神戸は、やけに重い。
港から吹き上げる湿った風が、三宮のビル群にまとわりつく。
その一角に、古くから“人生の安心”を売ってきた巨大な生命保険会社の県内拠点がある。
全国トップクラスの契約高を誇り、営業職員の数も桁違い。
地域に根を張り、冠婚葬祭から老後設計まで、人生の節目に必ず顔を出す――そんな会社だ。
「保険は、希望の先払いです」
彩香が読み上げた社内パンフレットの一節に、澄香が静かに眉を動かす。
「希望の、ですか」
ヒロ室西日本分室。
テーブルの上に並ぶのは、事故報告書と保険金支払履歴。
そして、不自然に重なる“偶然”。
交通事故。
転落事故。
工場内の機械トラブル。
死亡保険金は、いずれも高額。
受取人は関連企業の役員や、その家族。
「元県知事側の資金源やな」
彩香が低く言う。
副社長の名前が浮かび上がる。
“地域貢献”の顔で知られる男。
テレビにもよく出る。
笑顔は柔らかく、言葉は丁寧。
だが裏では、保険を“資金洗浄の道具”に変えていた。
「今回は澄香と……美咲や」
美咲は派手ではない。
声も低く、動きも静か。
だがNSTの中で最も“粘る”。
「……了解」
短い返事。
その目は、揺れない。
数日後。
県内支店主催の大規模顧客説明会。
ホテルのボールルームに数百人。
テーマは“人生100年時代の備え”。
壇上には副社長。
ネイビーのスーツ。
胸元に光る社章。
「命は尊い。しかし備えがなければ、残された家族は――」
拍手が起きる。
その会場の一角で、美咲は営業職員の制服姿。
澄香は裏方のITサポートとして潜入。
副社長は続ける。
「当社は、どんなときもお客様の味方です」
味方。
その言葉が、やけに軽い。
澄香が小声で通信する。
「内部データ接続成功。事故調査書と支払承認ログ、紐づけ可能」
美咲が頷く。
「……いける」
壇上のスクリーンに、グラフが映る。
契約件数の増加。
保険金支払実績。
その瞬間、画面が切り替わる。
事故発生日時と、保険金承認日時。
異常な速さで承認された案件。
ざわめき。
副社長の笑顔が固まる。
「これは……技術的なエラーです」
次に映るのは内部メール。
「この案件は優先処理。例の口座へ」
副社長の署名。
会場の空気が凍る。
美咲が静かに前へ出る。
「優先処理、ですか」
副社長が睨む。
「君は誰だ」
「営業担当です」
声は淡々。
「事故現場の写真、見ました。
ブレーキ痕、ありませんでしたよね」
会場がざわつく。
澄香がさらに投影する。
事故車両整備記録。
直前の不審な整備指示。
副社長の顔色が変わる。
「それは……推測だ!」
美咲の声は低い。
「推測ちゃいます。
証拠です」
スクリーンに映る、海外口座への保険金の流れ。
会場後方から怒号。
「うちの旦那の事故もそうなんか!」
「命を金に変えたんか!」
副社長は後退する。
演台に手をつくが、汗で滑る。
そのとき、会場横から軽快な声。
「はい、こちらCS金融情報チャンネル!
“保険の見直し特集”でお邪魔しております!」
美月。
新番組のキャスターに抜擢され、保険特集の取材で偶然この会場へ。
カメラが副社長の顔を捉える。
美月は無邪気に笑う。
「今の時代、備えは大事やで!
でも透明性も大事やんなぁ?」
副社長の額から汗が滴る。
美咲が最後の資料を出す。
死亡事故と同日、関連企業株価が急騰しているグラフ。
「偶然、にしては多すぎます」
副社長は叫ぶ。
「私は会社のために!」
澄香が冷静に言う。
「会社の理念、読まれました?」
スクリーンに企業理念が映る。
“お客様第一”。
その下に、副社長の不正メール。
会場は怒りに包まれる。
副社長は退路を探し、演台から降りようとしてコードに足を取られる。
――バサッ。
資料が宙を舞う。
まるで紙吹雪。
保険金の契約書が床に散らばる。
副社長はその上に尻もちをつく。
カメラの前で。
美月が思わず声を上げる。
「うわ、派手にいったな……」
スタッフが慌てる。
副社長は立ち上がろうとするが、散らばった契約書に足を滑らせ、また転ぶ。
ハードボイルドな舞台に、滑稽な転倒。
“保険金という名の棺”は、彼自身を閉じた。
数日後、副社長は辞任。
金融庁の調査開始。
ヒロ室西日本分室。
彩香が報告書を閉じる。
「……命で遊んだら、こうなる」
美咲は静かに窓の外を見る。
「まだ、終わりちゃう」
玲奈の影は消えない。
だが資金の流れはまた一つ断たれた。
夜の神戸。
街灯が雨に滲む。
保険は未来のための約束だ。
それを棺桶に変えた男は、
自分の嘘に埋められた。
NSTは影のまま、
次の命を守るために動く。




