港湾都市に鳴る黒い汽笛
夜の姫路港は、光が低く、風が重い。
播磨臨海工業地帯の煙突が赤く瞬き、海面には鈍い油膜が揺れている。コンテナヤードの隅で、黒塗りのトレーラーが静かにエンジンを止めた。
元県知事一派の新たな密輸ルート。
武器と爆薬がコンテナ単位で搬入される――。
NSTは兵庫県警と合同張り込みに入っていた。
彩香はヘルメットを深く被り、双眼鏡を下ろす。
「対象車両確認。積み替え開始」
隣で県警幹部が低く頷く。
「今回は合同だ。先走るな」
「承知してます」
だが、NSTの役割は“観察”ではない。
止めることだ。
コンテナクレーンが軋む音を立てる。巨大な鉄骨が夜空に影を落とす。
その瞬間、合図もなく発砲音。
乾いた銃声が港に響いた。
敵が気づいた。
「動くで!」
彩香の声と同時に、NSTが走る。
コンテナの影を縫い、鉄階段を駆け上がる。クレーン上部へ。
高さ数十メートル。風が強い。足場は細い。
上で待ち構えていたのは、違法拳銃を持った男たち。
銃口が閃く。
弾丸が鉄骨を弾き、火花が散る。
拳銃を持てないNSTは接近戦しかない。
あかりが真っ先に飛び込んだ。
銃を持つ腕を蹴り上げ、体をひねって相手を足場の端に叩きつける。落としはしない。だが動けなくする。
「銃は使わせへん!」
肉弾戦はあかりの領域だった。
澄香が背後を取り、澪香が無線機を叩き落とす。美咲がクレーン操作室へ走る。
彩香は中央で指示を飛ばす。
「コンテナ固定止めろ!県警、下から包囲!」
一人が拳銃を乱射する。弾が鉄板を掠め、夜に金属音が響く。
その時だった。
遠くから明るい声。
「わぁ~!今の音、花火ですかね!?ちょっと行ってみましょう~!」
彩香が固まる。
視線の先、港湾エリアの入り口からライトとカメラ。
明るい色のハーフツインテールが風に揺れている。
美月。
しかも、CS放送の「海鮮フェス特集」のロケ中。
「こちら姫路港からお届けしておりまーす!なんか向こうで派手な音がしてますよ~!」
発砲音を花火と勘違いしている。
スタッフを引き連れ、ノリノリでコンテナヤードに突入。
「おい止めろ!」と警官が叫ぶ間もない。
だがその“乱入”が事態を変えた。
ライトが敵の逃走トラックを照らす。
カメラの赤ランプが回っている。
逃走を図っていた男たちが一瞬ためらう。
美月は気づいていない。
「こちらのトラック、なに運んでるんでしょうね~?」
荷台の陰にいた見張りが、突然のカメラに動揺し身を乗り出す。
その隙を、県警が見逃さなかった。
「確保!」
地上で一斉制圧。
上では、あかりが最後の一人を足場に押さえつける。
コンテナのロックが外れかけていたが、美咲が操作を止める。
巨大な箱は、海へ落ちずに済んだ。
数分後、港はパトカーと赤色灯で埋まる。
押収されたコンテナからは、拳銃と爆薬、そして現金の束。
マネー・ローンダリングの証拠。
摘発成功。
だが美月は、何も知らない。
「いやぁ~!港ってドラマチックですね~!今の音、やっぱり花火ですかね?フェスの前夜祭とか?」
スタッフが小声で「違うと思います」と囁くが、放送は続く。
彩香はヘルメットを外し、深く息を吐く。
「……なんであいつ毎回居るねん」
あきれ顔。
あかりが苦笑する。
「結果オーライ……ですね」
県警幹部が彩香を見る。
「君たちの知り合いか?」
「……偶然です」
夜の港に、遠く黒い汽笛が鳴る。
敵の幹部は逃げた。
だが資金ルートの一部は断ち切った。
玲奈の痕跡はなかった。
それでも、彩香はクレーンの上から海を見下ろす。
黒い水面は静かだ。
まだ終わっていない。
港湾都市に鳴る汽笛は、
次の嵐を告げる音のように、低く響いていた。




