雪はすべてを覆い隠すが、消しはしない
珍しく、大阪に雪が降っていた。
ヒロ室西日本分室の窓ガラスに、白い粒が静かに当たっては溶ける。
街の喧騒も今日は鈍い。灰色の空が低く垂れ込め、室内には重たい沈黙が沈殿していた。
宍粟の爆発から三日。
県警の詳細な現場検証結果が届いた。
爆薬量は想定以上。
爆心地周辺は高温で焼失。
遺体、遺留品、衣服の繊維片すら確認できず。
報告書の最後の一文は冷酷だった。
――状況から判断して、生存の可能性は極めて低い。
彩香はその紙を机に置いた。
紙は軽い。
だが、言葉は重かった。
会議室に県警幹部と波田顧問が並ぶ。窓の外では雪が舞う。
「残念だった」
幹部の声は事務的だった。
「正式にNSTのリーダーは西川彩香君だ。手続き上の話だがな」
波田顧問は腕を組んだまま、低く言う。
「玲奈の件は……痛い。しかし組織は止められん」
彩香は黙っていた。
諦めた顔はしていない。
ただ、静かだった。
「玲奈の生存は、絶望的だと考えている」
幹部が言葉を重ねる。
彩香はゆっくりと顔を上げる。
「証拠は?」
「状況証拠は十分だ」
「遺体は?」
「……確認できていない」
「なら、絶望的というのは推測や」
空気が張り詰める。
幹部は目を細める。
「現実を見ろ」
彩香は首を振った。
「現実は、まだ確定してません」
会議はそれ以上続かなかった。
正式にリーダー任命。
だが彩香の胸に重みは増すばかりだ。
窓の外の雪を見つめながら、父の背中を思い出す。
俊足巧打の名外野手。
在京のパ・リーグ球団からドラフト五位で指名予定と言われていた。
だが、名前は呼ばれなかった。
後日、担当スカウトが頭を下げた。
「会議では強く推しました。ですが……体が小さい。パワーが足りない、と」
父はその夜、黙っていた。
野球を辞めると言いかけたこともあったらしい。
だが、目標を変えた。
プロではなく、都市対抗野球優勝。
黒獅子旗を姫路に持ち帰る。
プロ入りという夢を失っても、戦う理由を失わなかった。
やがて“ミスター広畑”と呼ばれた。
彩香は現役時代を知らない。
だが、噂は何度も聞いた。
最後まで走る背中。
点差が開いても声を出し続けた姿。
勝負が決まるまで諦めるな。
雪が強くなる。
玲奈がいなくても。
姫路を、兵庫を守る。
それはもう、誰かの影ではない。
自分の責任だ。
そのとき、ドアが勢いよく開いた。
「冬の味覚やで!」
明るい声。
明るめのハーフツインテールが揺れる。
美月と、上品な黒髪のさつき。
手には小さな箱。
「やっぱこの時期はメル◯ィー◯ッスや。雪みたいにとろけるんやで。最高や」
雪の日に溶けるチョコレート。
「ガッキーが言うてたみたいに、降る雪が全部これやったらええのになぁ」
重苦しい空気など気づいていない。
さつきも穏やかに頷きながら、口に運ぶ。
「あら、美味しい。プレミアムショコラ味、上品ね」
NSTの面々は複雑な顔で見守る。
美月が彩香の前に箱を差し出す。
「ほら、食べてみぃ。プレミアムショコラ味、うまいで」
彩香は腕を組む。
「ウチは抹茶味しかいらん」
「なんでや。たまにはええやん」
「抹茶味しか認めん」
「なんでや!」
ヒロ室名物、不毛な喧嘩が始まる。
横であかりと美咲が小声で。
「どっちも美味しい……」
迫田ツインズは意見が割れながらも、黙々と食べている。
「ショコラが王道でしょ」
「抹茶は日本の誇りよ」
雪は静かに降り続ける。
笑い声が、わずかに室内を温める。
彩香は抹茶味を一粒口に入れた。
甘さが広がる。
目を閉じる。
玲奈は、まだ終わっていない。
雪はすべてを覆い隠す。
だが、消しはしない。
白い世界の向こうで、
何かがまだ動いている。
彩香は窓の外を見つめたまま、小さく呟く。
「……絶対に、見つける。」
雪は、静かに降り続いていた。




